救出?
アンラ・マンユは“処分”を終え、さらに次の部屋に進む。そこは至って普通の部屋であって拍子抜けした。
そしてさらに奥へ、次の部屋には牢があった。その中に一人、つい先日フレデリックのスマホで見た顔が、今回の目的である女、安堂ヒナが本を読んでいた。
「……アナクレト程度に結構時間がかかったね、アンラ・マンユ。いや、アーリマンと言った方がいいかな?」
そう言いながら、彼女は本を閉じ、不敵な笑みを浮かべた。
アンラ・マンユは返事をすることなく、ゆっくりと近づき、牢の前で止まった。
「ここまで来れたなら、この程度の牢屋の鍵なんて余裕でしょ?早く開けて……」
ギィッ……
「ワァオ……」
紫の悪魔は力任せに鉄格子を開き、牢の中に足を踏みいれた。
「意外とワイルドなんだね。想像と違ってびっくりしたよ。アタシもまだまだだね」
そう言いながらも安堂ヒナの顔は笑顔だった。自分の作ったマシンが十二分に力を発揮できていることが嬉しかった。
「………」
そんな彼女にアンラ・マンユは無言で手を差し出した。
「素晴らしいマシンを作ったアタシと握手したいのかい?」
「………」
「フッ、わかっているよ、ただ手を貸そうとしているだけだろ。それにしても無口なんだね。これも想像と違ったよ」
ヒナは彼の手を取ろうと腕を伸ばし……。
バチン!!
「――ぐへぇ!?」
ビンタ炸裂!アンラ・マンユは伸ばしていた手を最小限にして最適なモーションで女科学者の左頬に叩きつけた。
「な、何をするんだ、君は!!?」
「ビンタしたのだが?」
「当然のことをしただけですけどみたいに言ってるけど、普通初対面の人間にしないから!!」
「でも、ずっとお前と会ったらそうしようと決めていたから」
「ヤバいなお前!!?ビンタするのを決めていたって何!?性癖!?可愛くて賢いレディを屈服させたい願望でもあるの!?」
「そんな癖はない。むしろビンタなどせずとも、人間は老若男女問わず、私に屈服すべきだと思っている」
「それはそれでヤバいな!!つーか、本当に何でアタシをビンタしようと思ったの!!?」
「お前はこいつの開発者なのだろ?」
紫の悪魔は自分を指差した。
「そうだよ!アンラ・マンユはアタシの最高傑作だ!!」
「確かに素晴らしいマシンだ。私も気に入ってる」
「だったら!!」
「だが、一つだけどうしても気に入らないことがある」
「え?」
「何で全ての武装を最初から使えない?何ゆえ不完全で不便な状態での戦いを強いる?」
「あぁ、そのことね……」
騒々しかったヒナはその言葉を聞くと、急に落ち着き、真剣な顔つきになった。
「……その雰囲気……考えがあってのことなのだな?」
「もちろんさ。そいつはどこの誰が手に入れるかわからなかったからね。素人が拾って装着した場合、下手に武装が多いと、混乱するかもしれないと思って、段階を踏んで武装が解禁されるように設定したんだ」
「なるほど……わからなくもない考えだ」
木原史生はその意見に関しては素直に納得した。
「ただ個人的理由は別にある」
「何?」
「実はアンラ・マンユの武装に制限をかけたのは……」
「かけたのは……」
その妙な迫力に木原は思わず息を飲み、牢の中に緊張が走った。
そんな中、静かに安堂ヒナは口を開く……。
「……なんかゲームのレベルアップみたいで面白いかなって思って」
バチン!!
「――ぎゃひぃッ!!?」
再びのビンタ!気持ちのいい炸裂音を響かせながら、今度は女科学者の右頬を叩いた。
「な、何で!!?」
「貴様の答えが私の想定していた中で、最低のものだったからだ」
「ゲーム嫌いなの!!?」
「私“が”するのは好きだ。私“で”やられるのは、この世で最も腹が立つ」
「うぐっ!?確かに自分を駒みたいに扱われるのは嫌かも……」
「理解できたか、私のどうしようもない怒りが」
「だとしても完全武装状態で女の頬をはたく!?」
「性別なんかで私は人を区別しない。男だろうと女だろうと、私の役に立つなら飴をやるし、立たないなら鞭で叩く。何度でもな……!」
紫の悪魔はまた手を振り上げたと思ったら、すぐさままた目の前の女の頬に!
「それじゃあプロトタイプのアンラ・マンユの装着者と同じじゃないか!!」
ピタッ!!
「……プロトタイプだと?」
アンラ・マンユはビンタを寸止めすると、手を安堂ヒナの肩に置いた。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」
「詳しくって、プロトタイプに会ったから、ここにやって来たんでしょ?あれと遭遇したら、メッセージが流れるように設定しておいたんだけど」
「どうりで……」
「じゃあ、奴の正体は?知ってる?アタシは知ってるよ」
主導権を取り返せると思ったのか、安堂ヒナはニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべながら、悪魔に語りかけた。しかし……。
「このエルザシティの市長、フリーダ・クラルヴァインだろ?」
「そうそう!よくわかっ……え?」
その目論見はあっさり瓦解し、世にも間抜けな顔を晒した。
「やっぱりな……」
対してアンラ・マンユは腰に手を当て、天を仰いだ。彼にとって、このクイズの正解を当てることは決して喜ばしいことではなかったのだ。
「よ、よくわかったね。どうやって突き止めたの?」
「いや、それこそ想定した中で、一番最悪だと思われる名前をとりあえず言ってみただけだ」
「あぁ……カマをかけたってことね。このことが性悪市長にバレたら、即刻処分されるね、アタシ」
「では、そうならないように早くここから脱出しよう」
「賛成~!!」
両手を上げて、はしゃぐ安堂ヒナ。その姿を見て、アンラ・マンユは……再び手を振りかぶった。
「何でまたビンタの構え!?」
「なんか無性にしたくなって」
「だからってダメだよ!したくなったからって人をバカスカ叩いちゃ絶対にダメ!!」
「この暴力で構成されたような犯罪都市で、それを言うか?」
「だからこそだよ!こんな終わってる街だからこそ、大きな声で道徳を叫んでいかないと!!」
「確かにその通りかもしれん」
「でしょ!!」
「それがまたムカつく」
「うぎゃ~!逆効果だった!!」
悪魔が下げた手をまた振り上げたのを見て、女科学者は悲鳴を上げた。
「……と、冗談はさておき」
「冗談だったんだ……」
「別に手間もかからないから、やってもいいぞ?」
「いえいえ!早く脱出しましょう!!こんなところ、長居する場所じゃないですよ!!」
「だな。私も脛に傷がある身、居心地が悪い」
「では……」
「だが、その前にやることがある」
「へ?」
小首を傾げる安堂ヒナに、マスクの裏で見るからに悪巧みをしているような顔で微笑みかけた。
「先の選挙で、性悪市長の対抗馬だったベンジャミン・マクナルティを解放する。話を聞くだけのつもりだったが……私をボコってくれた彼女への些細な復讐だ」