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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
131/194

忍び寄る悪③

「さてと……」

 タルウィは赤熱化するワイヤーの上を何事もないように、巨大な足でぴょんぴょんと軽く飛び跳ねた。感触を確かめているのだ。自分のマックスを出せる身体とワイヤーが出来上がっているのか。

「うん……いい感じだな。では……」

 ワイヤーが今まで以上に沈み込む。すると次の瞬間!

「行こうか!!」


ブゥン!!


(――速ッ!?)

 ワイヤーの反動を利用し、目にも止まらぬスピードで移動した!

「ここからは地獄だぜ、アーリマン……!!」


ブゥン!ブゥン!ブゥン!!


 灼熱のワイヤーが揺れる音が聞こえ、そちらを向くとすでにタルウィの姿はなく、別の方からまたワイヤーの音が……。

 アンラ・マンユはタルウィを視界にさえ捉えることができなかった。

(速い……というより俊敏と表した方が正確か。加速力もトップスピードもサルワ並みかそれ以上だが、その独特の移動法のおかげで小回りが利いているのが、何より厄介……!なんとか動きを止めなければ……)

「動きを止めないととか思ってる?」

「!!?」

「やっぱ図星だった!わかりやすすぎだよ、アーリマン!!そしてバカ過ぎ……そんなこと考えても無駄なんだよ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「――くうぅ!?」

 遂に本格的な攻撃開始!ワイヤーで高速移動しながら、前後左右、そして上からパンチにキック!そしてすぐさま離脱……お手本のようなヒットアンドアウェイであった。

(くそ!?好き勝手やりやがって……!!だが、どうすることもできない。この状況では反撃することも……)

 アンラ・マンユは後ろに下がった。すると……。


ジュウ……


「――ッ!!?」

 背中に熱を感じ、慌てて元のポジションに。そんなことをしていると……。

「何やってんの!!お馬鹿さん!!」


ガァン!!


「ぐっ!?」

「はっ!!」

 タルウィのパンチが飛んでくる!そして攻撃を当てるとまたワイヤーの群れの中へ……。

 それをアンラ・マンユは見送ることしかできなかった。

(反撃することもできない、そして……逃げることさえも……!)

 自由に動き回れる者と、身動き取れない者……どちらが有利かは言うまでもなかった。

「オイラがなぜ刑務所の所長をやっているのか、わかるかい?」

「……わからない。なろうと思ったことがないからな」

「だろうね。基本的に人気がある職業じゃない。オイラから言わせれば、こんな楽しい仕事ないのに!」

「ずいぶんと満喫しているようだな……」

「あぁ……檻の中で、腐り、蔑まれ、ついには生気をなくして心のない人形のように無表情になっていく囚人の顔を見るのは最高だ!あれ以上の娯楽はない!!」

「貴様……!」

「あの顔を見ていると“生きてる”って思えるんだ!こいつらなんかよりよっぽどマシに“生きてる”ってね!!」

 そして今現在、仮面の下でアナクレト・メルカドはその最高の時間を享受している時と、同じ顔をしていた。

「今のあんたも囚人達と同じだ!檻に閉じ込められ、自由を奪われ、いつか絶望で目から光が失われる……そんな最高の場面を!オイラに見せてくれよアーリマン!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐうぅ……!?」

 再びの全方向からのヒットアンドアウェイ攻撃!何もできないアンラ・マンユは身体を丸め、耐えるしかできない。いや……。

(アナクレト・メルカド……お前程度じゃ、俺の心は殺せない……!!)

 紫の悪魔は攻撃を受けながらも、完全に姿を捉えられなくとも、ガードの隙間から真っ赤な二つの眼でタルウィの動きを虎視眈々と観察し続けていた。いや、彼が見ているのは、タルウィの動きだけではない。

(お前のスピードには私でも対応できない。だが、そのスピードがこの狭い空間に張り巡らされたワイヤーによるものなら……ある程度予測はできる……!)

 アンラ・マンユはワイヤーの位置も把握しようとしていた。それこそが勝利に繋がると信じて。

(見えてきた。無数にあるワイヤーだが、私への攻撃のために使えるのは、配置的には数本。それ以外は私を混乱させるためと、助走のためのものだ。そいつらは無視でいい。攻撃のための数本だけに……いや、一本に的を絞る……!)

 アンラ・マンユはタルウィに気づかれないように自分の左方向にある一本のワイヤーに意識を集中させた。そこなら、攻撃に来た瞬間に身体を捻り、渾身の右ストレートをカウンターでお見舞いできると思ったからだ。

(さぁ、来い!くそ刑務所長!!お前の努力も快楽も一撃で終わらせてやる……!!)

「どうした!どうした!もう心が折れちまったか!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


(まだだ……まだ耐えろ……!!)

 悪魔は待った。叩かれながらも、嘲笑されながらも、その時が来るのを。自身のうちに燃える怒りをぶつける時が来るのを!そして遂にその時が……!

「ウリャア!!」

(来た!!)

 タルウィが通る軌道上に拳を伸ばす。すると、凄まじい移動速度が仇となり、一撃KO……そうなるはずだった。

「おっと」


ガシッ!ブゥン!


「――な!?」

 アンラ・マンユの拳は当たらなかった。タルウィは目の前にあるワイヤーをその巨大な手で掴み、急停止したのだ。

「やっぱり狙ってやがったな」

「くっ!?」

「改めて言うが、オイラはこのムージュン刑務所の所長として、数え切れないほどの受刑者を見てきた。絶望して思考停止してる奴と、腹の中に一物隠している奴の区別くらい……できるつーの!!」


ドゴォン!!


「――ッ!!?」

 ワイヤーを軸に回転!その勢いを利用して紫の悪魔の顎を蹴り上げた!

「く……そ!!?」

 吹き飛ばされたアンラ・マンユの目に映ったのは、近づいてくる真っ赤なワイヤーであった。

「死刑と言ったら撲殺より、斬首だよな!!」

「俺の首を……お前ごときにやるか!フリーズブレス!!」


ブオォォォォォォォォッ!!


「何!?」

 アンラ・マンユは口から冷却ガスを放出し、ワイヤーに吹きかけた!すると、みるみる赤みが消えていき、同時に破壊力も……。

「これなら!!」

 アンラ・マンユは熱を失ったワイヤーに背中をこすりつけながら、すり抜け、事なきを得た。

(予想通り、フリーズブレスで一時的に冷ますことはできるか、一時的に……)

 冷えたワイヤーはまた赤みを、熱を帯びていき、アンラ・マンユを囲う檻に戻った。

「まさかそんな攻撃方法を隠し持っていたとはな。だが、タルウィの灼熱の糸の前では、まさしく焼け石に水!」

「らしいな……」

「さぁアーリマンよ、この暑い中、必死に捻り出した作戦が破られたわけだが、次の手はあるのかい?」

「………」

「その様子だと残念ながらなさそうだな。そしてさらに残念なお知らせ……オイラはそれが出てくるまで待ってやるほど気が長くない!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「この……!?」

 再びの高速ヒットアンドアウェイ戦法!そしてこれまたアンラ・マンユは防御一辺倒!

「どうだ!手も足も出ない気分は!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「悔しいだろうな!佐利羽秀樹や武斉を倒していい気になってたもんな!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「せっかく積み上げてきた自信もボロボロ!聞かせておくれよ、心が折れる音を!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「もう口を動かすのも億劫になったか?なら、心臓や脳ミソを動かすのも億劫だろう!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「だったら、優しい刑務所長様が……止めてやるよ!!」


ガギィン!!


「ぐうぅ!?」

 ドロップキック炸裂!アンラ・マンユは吹き飛ばされ、さらに……。


ビィン!


「――!!?」

 吹き飛ばされた先にあった“熱していない”ワイヤーに足が引っかかり……。


ドサッ!!


 ずっこける!

「そのワイヤーには気づかなかっただろ!攻撃力のある赤いワイヤーにばかりに意識を向けていただろ!そもそも個別に熱をオンオフできると思ってなかっただろ!アーリマン!文字通り足を掬われたな!!」


ポキッ……


(あっ……)

 アナクレトは聞いた。何かが折れる音を。他人には聞こえないだろうが、確かに彼の耳には聞こえたのだ!ずっと待ち望んでいた音を!

「折れたかアーリマン!!」

 仮面の下でアナクレトは今日一番の笑顔を浮かべながら、倒れるアンラ・マンユに突進!そして……。

「さぁ!さぁ!さぁ!!」

 倒れるアンラ・マンユの上方にあるワイヤーを両手で掴み、ぶら下がり……。

「オイラに絶望に歪む顔を見しておくれ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


 踏みつけ!踏みつけ!ストンピング!ストンピング!両足でただひたすらに紫の悪魔を踏みつけた!


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「………」

 アンラ・マンユはただそれに耐え忍ぶ。身体を丸め、両腕で急所を覆い、ただひたすらに耐え続ける。

「どうだ!アーリマン!苦しいか?楽になりたいか?ダメに決まってるだろ!!まだオイラが満足していないんだから!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


 紫の装甲に降り注ぐ踏みつけの雨。いつまでも続くかに思われたその時間は突然終わりを迎えることになる。

 そして、それこそがこの戦いの決着の瞬間でもあった。

「この!!」


ブゥン!!


「おっと」

 沈黙を続けていたアンラ・マンユが突然腕を振った。けれどもそれはあっさりと躱され、タルウィは体操選手のように掴んでいたワイヤーを軸に一回転、また別のワイヤーに飛んでいった。

「苦し紛れの反撃など当たるかよ。つーか、もうこの戦いは終わってんの!この戦いはオイラの……」

「私の勝ちだ」


ザシュウッ!!


「……え?」

 何が起きたか理解できなかった。

 ワイヤーの上に着地したのに、足に感触を感じなかった。

 その足下から煙が立ち上ってきた。初めてのことだった。

 自然と視線が下に動いた。

 両足がワイヤーによって溶断されていた。

「――ッ!?ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 断面が焼かれ、幸か不幸か血を噴き出せない足に変わり、アナクレトは喉が裂けんばかりに叫んだ。

「あ、足がぁっ!!?」


ドサッ!!


「ぐあっ!?ぐぎゃあぁぁっ!!?」

 そのままワイヤーをすり抜け、床に落ちるが、半分になった足ではバランスが取れずに、先ほどのアンラ・マンユのように地べたを転がり、のたうち回った。そんなことをしていると……。


ジュウ……


「あ……熱ッ!!?」

 背中が熱したワイヤーに触れ、さらに悶え苦しむことになった。

「やはり手と足以外では、お前もワイヤーには触れられないようだな」

 対照的にアンラ・マンユは悠々と立ち上がり、無様なタルウィを見下ろした。

 先ほど宣言したように、彼はすでに勝利を手中に収めていると確信しているのだ。

「き、貴様……!?何をした!?」

「お前のこれ見よがしに巨大化した手と足だけが耐熱能力があると推測したから、それを破壊するためにわざと倒れて、踏みつけを誘発した」

「足下のワイヤーに気づいていたのか……?」

「もちろん。そして、反撃できないふりをしながら、ひたすらお前の足裏にカウンターで肘を叩き込んだ」

 アンラ・マンユは勝ち誇ったように、自らの肘を人差し指でノックした。

「あの時……そんなことを……!?」

「ワイヤーに乗るために、耐熱素材で底を分厚くしたのが、仇になったな。他のマシンならすぐに気づいたはずだ」

「まんまとオイラはお前の手のひらで踊らされていたというわけか……!!」

 悔しさで下唇を強く噛み締めるアナクレト。そんな彼にさらに絶望的な事実が語られる。

「まぁ、わざわざこんな面倒な真似しなくても、勝てたんだけどな」

「……え?」

「ワイヤーの攻略法なんて……最初からわかっている」

 そう言うと、紫の悪魔は両手を拳銃の形にして人差し指の先をワイヤーに、いやワイヤーの刺さっている壁に向けた。

「フィンガービーム」


バシュウッ!バシュウッ!ガララ……


 壁が崩れると、ワイヤーもまた張力を失い、力なく床に落下した。

「壁や天井に刺さっている部分まで熱くなっていたら、そこを溶かし、破壊してしまうので、ワイヤーを張れない。ゆえに基部は熱もなく普通に破壊できる。仮にそれが無理だとしても壁や天井そのものを壊せばいいだけだ、こんな風にね」


バシュウッ!バシュウッ!ガララ……


 アンラ・マンユはタルウィにとって屈辱的でしかない説明を続けながら、さらに目の前にある邪魔なワイヤーを落としていき、彼に近づいていった。

「なぜだ……」

「ん?」

「なぜ、それがわかっていながら、こんなまどろっこしい方法を取った!何のためにわざわざ!!」

「お前と一緒だよ。最近フラストレーションがたまってたからさ……人が絶望する顔でも見て、ストレス解消しようかと思って」

 アナクレト・メルカドには見えた、仮面の奥で満面の笑みを浮かべている男の顔が。その顔は自分がするはずだったのに……そう思った瞬間。

「て……てめえぇッ!!」

 彼は紫の悪魔に飛びかかっていた!爪先はなくなったが、立つことはできる!そして腕は健在!ワイヤー以上の熱を放つ怒りの炎をのせてパンチを撃ち込んだ。


パン!


 小気味良い炸裂音が部屋中に響き渡った。

 タルウィが全身全霊を込めて放った拳は、アンラ・マンユにあっさりと受け止められてしまったのだ。

「ど、どうして……!?」

「まずそもそも単純に機体スペックの問題。いかにも強そうな手足をしているが、ワイヤー移動のためのものだから、見た目よりパワーがない。次に装着者の問題。単純にただ未熟」

「くっ!?」

「それに加え、今のお前には爪先がない。パンチに腰が入っているだの、入っていないだの言うが、私から言わせれば大事なのは足の指だ。指で地面を掴むことで強いパンチが撃てる。お手本を見せてやろう」


ドゴォン!!


「………がはっ!!?」

 タルウィの身体が“く”の字に曲がる!アンラ・マンユのボディーブローが鳩尾に突き刺さったのだ。たまらず膝から崩れ落ち、まるで許しを乞うように悪魔に頭を垂れる。

「まぁ、空中に浮ける今の私が何を言ってるんだって、感じだが……で、続けるか?」

「ひっ!?」

 自分を見下ろす真っ赤な二つの眼と視線が交差した瞬間、アナクレトの全細胞が恐怖で震え、ワイヤーの熱でサウナ状態になっているのに、凍えるような寒さを感じた。そして……。


ポキッ……


(あっ……)

 アナクレトは聞いた。他人には聞こえないだろうが、確かに彼の耳には聞こえた……自分の心が折れる音を。そして理解する先ほど聞いた音の正体を。

(あの時聞いたのは、アーリマンの心が折れる音じゃなくて、オイラの勝利フラグが砕けた音だったんだな……)

 もはや彼に戦う意志は残ってなかった。となれば、やることは一つしかない。

「タルウィ解除」

 武装を解除して……。

「アーリマン様!オイラの負けです!どうかペンダントをお納めください!!」

 所謂命乞いだ。必死にへりくだり、献上品を捧げるしか彼にはできなかった。

「では、遠慮なくもらおうか」

「はい!」

 アンラ・マンユはペンダントを受け取った。

「お前のマシンも」

「タルウィですね!どうぞどうぞ!!」

 さらに指輪もいただく。

「あとは情報か……」

「ええ何でも話しますよ!何が訊きた……」

「それはいいや」


プスッ!プスッ!!


「――い!?」

 アンラ・マンユは手の甲から針をアナクレトの首元に撃ち込んだ。

 瞬時に刑務所長の身体は硬直し、彼の心に反して、勝手に倒れ込んだ。

「な……なんで!?」

「私だったら、そんなすぐに口を割るような奴に重要な情報は渡さない。それにこの先に安堂ヒナがいるんだろ?だったら彼女に訊けばいい」

「そ、そん……」

「うるさいぞ」


プスッ!プスッ!!


「――がっ!?い、いきが……!?」

 さらに筋弛緩剤を撃ち込まれ、呼吸さえままならなくなる。

「お前のように囚人をいたぶって悦に浸っているようなクズは命乞いはもちろん断末魔を上げる資格もない」

「ひ、ひど……」

「まだしゃべれるか。やはりこのレベルの筋弛緩剤だと、もうちょっと打たないと死なんか」

「ひぃっ!!?」

 アンラ・マンユが改めて拳を向けると、アナクレトのひきつった顔がさらに青ざめていった。

「そうだ……その顔が、絶望に歪む顔が見たかったんだ……!」

 マスクの下で木原史生は満足そうに、微笑んだ。


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