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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
129/194

忍び寄る悪①

 署長室に忍び込んだ次の日の深夜、ムージュン刑務所侵入作戦は決行された。

「ん~!今日も平和だった」

 看守の一人が背筋を伸ばしながら、呟いた。

「不思議なもんで、外が騒々しくなるほど、このムージュン刑務所内はトラブルもなく穏やかに……昔からそうなんだよな」

 年老いた看守がしみじみと答えた。彼の長年かけて培った経験則は間違っていなかったのだろう。

 今日までは、いやあの悪魔がこの街にやって来るまでは……。


ガサッ……


「……ん?」

 背伸びしていた看守が窓の外に視線を移し、前のめりになった。

「どうした、急に?」

「いや……なんか外で何かが通ったような……」

「何?」

 そう言われた年老いた看守は窓まで歩いて、それを開き、そこから顔を出して、キョロキョロと漆黒の闇を見回した。しかし……。

「……何もいないぞ」

 人生の大半をこの仕事に費やして来たベテランの目は何も捉えることができなかった。

「マジっすか」

 もう一人の看守も隣に来て、同じように外を見てみるが、やはり何も見つけられない。

「ん~、見間違いだったんすかね~」

「風か、もしくは小さなオリジンズでも横切ったんだろ」

「そうか~、自分、感覚とか敏感な方だと思ってたんですけどね~」

 若い看守はバツが悪そうに後頭部を掻いた。

「実際敏感だから、些細な空気の変化に反応してしまったんじゃないか?今回は空振りだったけど、看守にとっては大事だと思うぞ」

「でも、無駄に騒いで、無駄に手間かけさせちゃって……」

「それが一番いいんだよ。調べてみたら、何もなかった、空振りだった、問題なかったが、一番な」

 年老いた看守は優しく微笑みかけながら、後輩の背中を軽く叩いた。

「……そうっすね。何もなかったが一番ですよね」

「おう!だから気にするな。これからも気になることがあったら、どんどん言ってけ!」

「うっす!!」

 二人は窓を閉め、踵を返し、先ほどまでの場所にのんきに戻った。

 このムージュン刑務所内に最悪のトラブルを侵入させてしまったというのに、のんきにも……。

(……さっきの看守、目が合ったが、見えていたのか?……いや、私の勘違いか)

 紫の悪魔改め透明の悪魔となったアンラ・マンユは深夜の刑務所内を疾走していた。真っ直ぐと目的地に向かって。

(刑務所内に入れば、何かしらアクションが起こると思ったがこれは予想以上だな)

 マスクの裏のディスプレイにはデカデカと矢印が表示されていた。進路をナビゲートする矢印が。

(これなら不要な探索をせずに済む。さすがに安堂ヒナも自分の生死がかかっていると、おふざけ無しか。もし今回の救出が失敗し、何者かが彼女を助けようとしていることが露見したら、良くて別の場所に移動、悪くて命を……)

 木原は思わず唾を飲み込んだ。安堂ヒナが心配で心配で……というわけでは、もちろんない。

(彼女のことは知らないから、別に煮られようが焼かれようが、どうでもいいんだが、彼女の持っている情報は欲しい。そして何より彼女がアンラ・マンユの製作者だとしたら……ビンタしなければ!!)

 彼はかつて心の中で固く決意したことを実行するためにこんな場所を駆け抜けているのだ!

(待ってろ、安堂ヒナ!私のアンラ・マンユにふざけたリミットをかけた罰、その頬に食らわしてやる!)

 アンラ・マンユは透明になっている右手のひらに力を込めながら、疾走し続けた。



「毎度思うけど、こんなところまで巡回する必要があるのかね?」

 懐中電灯を片手にけだるそうな看守が普段から思っている不満を漏らした。

「真面目にやってください、先輩。これも大事な仕事ですよ……と言いたいところですけど、正直自分も同意見ですね」

 もう一人の真面目そうな顔の看守が苦笑いを浮かべながら、返事をした。

「だよな~。こんな刑務所内の端にある物置小屋なんて、誰も忍び込んだりしないよな」

「侵入より脱走の心配でしょう、刑務所なんですから」

「そりゃそうか。刑務所に泥棒に入るバカなんていないか」

 いるのだ。そんなバカがすぐ側に……。

「脱走するにしてもこんな場所に隠れたりなんてしないと思いますけどね」

「やっぱそうだよな~。無駄だよな~これ」

「給料がもう少し高かったら、嬉々としてやるんですがね」

「だな。結局、給料が安いのがダメなんだ。犯罪都市と揶揄されるエルザシティの刑務所の看守なんだから、もっともらってもいいだろ!」

「まったくもってその通り……」


ガサッ……


「「!!?」」

 和やかだった空気が一変した。背後から聞こえた微かな物音に二人の看守の顔が一気に引き締まる。

「したよな?」

「はい、何かはわかりませんが……確かめますか?」

「そういう仕事だろ」

「ですよね。自分が前を見ておくんで」

「オレは後ろを警戒しておけばいいんだな?」

「ええ、では行きましょうか……!」

「おう……!」

 二人は来た道をゆっくりと、何が起こってもいいように腰を低く身構えたまま戻って行った。

「ここに来るまで何もなかったよな?」

「はい……隠れられる場所もなかったはずです」

「じゃあオレ達の後を追って入ってきたか……」

「何のために?」

「捕まえて、本人に訊け」

「そんな人間がいればの話ですけど……」

 二人は曲がり角の前で止まった。

「この先で音が鳴ったように聞こえましたけど……」

「確かめてみましょうよ、この目でね」

「……はい。いっせーのせで」

「了解」

「では、いっせーの……」

「せ!!」

 意を決して角を曲がった二人の看守を待ち受けていたのは……何もない空間だった。

「……勘違いだったか」

「まぁ、そうですよね。すきま風の音かなんかが聞こえたんですかね?」

「さぁな。まぁ、とにかく良かった良かった」

 ほっと胸を撫で下ろした先輩看守は後輩の背中から目を離し、何気なしに振り返った。その瞬間……。


ドサッ……


「!!?」

 また背後から音が聞こえ、慌てて振り返ると、さっきまでおしゃべりしていた後輩が倒れていた。

「おい!どうした!何があった!?」

「すぐにわかるさ」


プスッ!!


「……え?」

 首にチクリと痛みを感じたと思ったら、意識が朦朧とし、身体から力が抜けていった。そうなると当然……。


ドサッ……


 先輩も倒れ、夢の世界に旅立って行った。

「安心しろ。少し眠っていてもらうだけだ」

 聞こえていない看守達に語りかける言葉と共に、透明の鱗が剥がれ落ち、紫の悪魔が出現した。

「あいつに口酸っぱく言われたからな」



「絶対に看守さんを殺さないでくださいね!」

 ムージュン刑務所に出発直前の木原史生にフレデリック・カーンズは怒ったような顔で念押しした。

「……散々目の前で私が人を殺すのを見ておいて、今さらそんなこと言うのか?」

「今回は勝手が違います!反社の奴らなんか死んでもいい、いや死んだ方がいいから、何も言いませんでしたけど、看守さんは真面目に職務を全うしているだけです!」

「この街の看守なんだから、囚人から賄賂とかもらってるクズばかりなんじゃないか?ロニー先輩のように」

「うっ!?そんなことないって言い切れないのが、辛い……でも!そうじゃない人の方が多分……いや絶対に多いはず!だから殺人はノーです!」

 フレデリックは両腕でばってんを作った。

「そこまで言うなら……というかそもそも今回は殺しをするつもりはなかったけどな」

「そうだったんですか?」

「あぁ、無駄に騒ぎを起こすメリットがないからな。私がマフィア相手に暴れていたのは、それが必要だったからだ。もしや私が好き好んで戦っているとでも……?」

「思ってました」

「マジか……!」

 木原は本気でショックを受けた。

「そんなポンチオ・マラデッカや骸獣の末裔どもと同じ戦闘狂の類いだと思われていたなんて……」

「違うんですか?」

「違う!断じて違う!むしろ戦闘をしないで、もっとスムーズに事を運びたい人間だ!」

「そうは見えないけどな……」

「見えないだけだ」

「まぁ、本人がそう言い張るなら、そういうことにしておきましょう。でも、今までの傾向からやっぱり戦闘になる気がするんですけどね、ぼく」

「ただの勘だろ」

「そうなんですが……出会ってから今まで、“アーリマンが歩けば敵に当たる”みたいな状況続きだったわけじゃないですか。今回だけスムーズにバトル無しってのは……」

「心配し過ぎだ。そんなことにはならない」

「だといいですけど……」



「やはり心配し過ぎだったな、フレデリック」

 看守をヴェノムニードルで眠らせたアンラ・マンユは順調に奥へと進んで行った。

 そして遂に目的地である最奥の物置へとたどり着く。

「ここか……」


ギィ……


 ドアを開けると埃が舞った。どうやら最近は掃除をしてないようだった。しかし……。

(……人の足跡がある。ただ何か取りに来ただけか、それとも……)


ピッ!!


(ん?)

 部屋に足を踏み入れた瞬間、ディスプレイの矢印が下を向いた。

(下ということは地下があるのか。一見すると扉があるように見えないが……だとすると……)

 アンラ・マンユは真っ赤な二つの眼で足跡を辿っていった。

(あの端っこにある棚か)

 その棚に近づき、そして裏側を覗き込む。すると……。

(ビンゴ)

 壁にこの埃っぽい古い部屋に似つかわしくない最新鋭のパネルが設置されているのを見つけた。

(あのパネルの形だと、カードキーや指紋を認証するタイプだな。ここまでナビゲートできるなら、きっと……)

 紫の悪魔は隙間に手を伸ばし、パネルに触れた。


ピッ!ガゴオォォォォォ……


(またまたビンゴ)

 パネルはアンラ・マンユを正式な使用者だと誤認し、隠されていた地下室への道を解放した。床が開くと、先が見えないほど長い階段が姿を現した。

「この先にあるのは地獄か天国か……まぁ、どっちにしろ、なるようになるだろ」

 アンラ・マンユは臆することなく闇の中に足を踏み入れて行った。

(……長いな。五階分は下っているぞ。いつまで……なんて思っていたら、到着か)

 長く暗い階段の先にあったのは、一つの扉だった。アンラ・マンユはやはり恐れることなく、その扉を開け、中に入って行った。

(……こいつは)

 扉をくぐり抜けた先には、今までとは打って変わって真っ白で明るい部屋が広がっていた。

 しかし、アンラ・マンユのはその部屋ではなく、別のものに釘付けになっていた。

 部屋の最奥、出口と思われる扉の前で仁王立ちになっている……ついこないだ顔を見た男に。

「貴様は……『アナクレト・メルカド』……!」

「オイラを知っているか?アーリマン……!!」

 その男は先日フレデリックに見せられたこのムージュン刑務所の所長アナクレトであった。

 瞬間、木原の耳元で出発前に言われた言葉がリフレインする。


「出会ってから今まで、“アーリマンが歩けば敵に当たる”みたいな状況続きだったわけじゃないですか」


「……残念ながら、お前の言う通りになったようだ、フレデリック……!!」

 木原はマスクの下で苦虫を噛み潰したような顔をして、自分の運命を呪った。


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