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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
128/194

嘘八百

「人は……いないな……」

 エルザ市警本部、そのトップに立つ者に宛がわれる署長室の前で新人刑事と清掃員という場違いな二人が忙しなく眼球を動かし、人の気配がないことを確認していた。

 お互いの得た情報を交換した日、そして情報を得るためにこの署長室に侵入すると決めた日から三日後、ついに決行の時が来たのだ。

「大丈夫そうですよ、木原さん……!」

「では、ロックを解除して……」

 ひそひそ声で会話しながら、木原はドアの横の機械に、なにやら得体のしれない道具を当てた。

「そんなもので開くんですか?」

「まぁ見てろ」


ガチャン!


「うおっ!」

「ほらな」

 木原は自慢げに微笑みかけると、そのままドアを開け、中に入って行った。フレデリックもその後に忍び足で続く。

「お邪魔しま~す……」

「ここがエルザ市警のトップの部屋か……中々ご立派、そしてきれいじゃないか」

 言葉の通り、署長室は派手ではないが、小綺麗でお金がかかっているのがわかる作りで、清掃も隅々まで行き届いていた。

「できることなら、ここを掃除するという名目で入れれば、一番良かったんだがな」

「プロウライト署長はきれい好きで有名ですからね。自分の使っている部屋は自分できれいにするって、年末の大掃除の時以外は清掃員の人は入れないですよね」

「本当にただのきれい好きかそれとも隠したいことがあるのか……」

「…………」

 木原の言葉にフレデリックは思わず目を伏せた。

「そんなことはないって、否定しないのか?」

「まだできませんね。それを心の底から言えるようになるためにこうしてあなたに協力しているんです」

「ふーん」

 神妙な面持ちの刑事を見て、清掃員はニヤニヤと笑った。

「……何ですか?ぼく、変なこと言いました?」

「いや、私的には至極正しいことを言っていると思うよ。目的のためなら手段は選ぶべきじゃない。君は正しい」

「そこまで言われるほどのことをしているつもりはないのですが……」

「そう思えていることが凄いんだよ。迷いがないことが」

「はぁ……なんかよくわからないですけど、褒めてもらえるのは嬉しい……です」

 フレデリックは戸惑いを滲ませながらも、ペコリと軽く頭を下げた。

「こうしてこのまま君とおしゃべりして痛いところだが、要件を済まして、場所を変えてからにしよう」

「そうだそうだ!こんなことをしている場合じゃない!署長がいない間に早く終わらせましょう!」

「パソコンは……あれか」

 二人は部屋の奥にある机に向かい、その上に置いてあるパソコンの前に立った。

「これのロックも解除できるんですか?」

「もちのろんさ」

 木原はパソコンのスイッチを入れると、また謎の機械を懐から取り出し、ストレージに差し込んだ。

「今、パスワードを解析している。少し時間がかかるぞ」

「すごく時間が長く感じる……」

「署長は後二時間は帰って来ないんだろ?なら、もっと余裕を持ってもいいんじゃないか?」

「他の人が異変に気付く可能性だってあるでしょうに。ましてやここは警察署で、そういうのに敏感な人が多いんですから」

「なるほど。気を抜き過ぎていたか」

「そうですよ。もっと緊張感を持って、素早く仕事を終えないと……」

「ならば神にでも祈るんだな。早くこの作業が終わることを。最近巷で流行っている『グナーデ協会』の『ジーモン・シュパーマー』教祖様でもいいぞ」

「祈りませんよ、あんなカルト宗教なんかに。高い金を取られるだけ取られて、何も救ってくれません」

「結局は自分を救えるのは、自分だけか」

「そこまで達観もしてませんけどね。というか警察官がそれ言ったら駄目でしょ」

「確かに」


プゥン……


 二人の話が一段落したのを見計らったように、解析が終わり、パソコンの画面が切り替わった。

「思いのほか早く終わったな」

「ぼくの祈りが天に届いたんですかね?」

「やっぱ祈ってるじゃないか」

「目に見えない神様には祈りますよ。その言葉を聞いたと偉そうにインタビューを受ける人には決してしませんけど。それよりも早く」

「はいはい……」

 フレデリックに急かされた木原は小気味よくキーボードを叩き続けた。

「署長様はえげつないエロサイトなんか覗いてないですか……」

「ぼく、たまに出る木原さんのそういう俗っぽいノリ好きじゃありません」

「では、真面目に……欲しい情報は二つ。ムージュン刑務所の警備態勢と、とある人物の居場所だ」

「とある人物?安堂ヒナ以外にも助けたい人がいるんですか?」

「助けるかどうかはわからんが、少し話を聞いてみたい人物がいる。それに今回のミッションはうまいこと侵入しても、そもそも一番の目的である安堂ヒナが刑務所内にいるかもわからない……空振りに終わる可能性も高いんだよ」

「今、この時間も骨折り損のくたびれ儲けで終わるかも……ってことですか」

「そうならないように、安堂ヒナ以外のお土産になりそうなものを見つけておきたい」

「お土産ですか……それは一体誰なんですか?」

「……秘密」

「うわぁ……」

 フレデリックはドン引きしながら、木原の横顔を見つめた。

「不満か?」

「不満に決まってるじゃないですか。ここまで危ない橋を渡らせられているのに……」

「だからだよ。今回の相手はチンピラではなく、君の所属する組織。下手に色々知ると、バレた時にめんどうなことになるからな」

「お気遣いはありがたいですけど、もうこの部屋に入った時点で、アウトな気もしますが……」

「だな」

「やっぱただ言いたくないだけだ!この人!!」

「うまくそいつに会えたら、家でゆっくり話すよ……よし、警備の配置図見つけた」

 そう言うと木原史生は顔の前に手を翳した、指輪を嵌めた手を。

「アンラ・マンユ」

 そして愛機の名を呼ぶ。指輪は光と共に戦闘形態へと変化し、主人の全身を包んだ。

「え?急にどうしたんですか?」

「いや、ただアンラ・マンユのカメラで記録しておこうと思っただけだ。そっちの方が侵入する時にも便利だから」

「なるほど」

 そこからしばらく紫の悪魔はパソコンの画面とひたすらにらめっこを続けた。

「……これで警備の方は十分かな」

「お次はぼくにとっては謎の人物Xの居場所ですね」

「まぁ、あれほどの人物なら、なんとなくどこら辺に収容されているかも見当がつくがな」

「そんな凄い人なんですか?」

「……さぁ?」

「頑なだな……」

 さらに受刑者名簿を呼び出すと、それも上から下まで、見て愛機の中に記録した。

「ミッションコンプリート」

「お疲れ様です。本当に何でもできるんですね」

「何でもはできないさ」

「じゃじゃ馬女をしつけることと、国を乗っ取ることはできないんですよね」

「……余計なことを覚えているな」

「これでも刑事なんで、記憶力はね」

 新人刑事はこれ見よがしに、こめかみを指でノックした。

「なんかとてつもなくムカつくが、今は忙しいから見逃してやろう」

「そうそう。とっととおさらばしましょう」


ブウゥゥゥッ!!


「!!?」

 突然の振動音!すると、アンラ・マンユは慌ててスマホを取り出した。

「どうしたんですか、急に?」

「デズモンド・プロウライトが帰って来た……!」

「えっ!?」

 フレデリックは首を伸ばし、スマホを覗き込むと、エレベーターに乗る署長の姿が映っていた。

「これって……署のエレベーターですよね!?」

「あぁ、もしもの時のために備え付けのカメラに細工をして、署長が乗ったら知らしてくれるようにしておいたんだ」

「で、それが功を奏したと……なんて言っている場合じゃない!!早く逃げないと!!」

「わかっている!!」

 アンラ・マンユはスマホをフレデリックに渡すと、急いでパソコンの電源を切り、特製の機械を引き抜く。

「よし!逃げるぞ!!」

「逃げるって、もう……エレベーターがこの階に……」

 突き出された画面で再生されていたのは、デズモンドがエレベーターの扉から出てくるところであった。

「これだと逃げる途中でバッティングしてしまいますよ!?どうすればいいんですか!?」

 フレデリックは涙目になって、必死に訴えた。

 それに対する木原史生の答えは……。

「……頑張れ」

「え?」



「……ん?」

 デズモンド・プロウライトは思わず眉間にシワを寄せた。

 署長室の前に何故か新人刑事が直立不動でいるのが見えたからだ。

「……フレデリック・カーンズ刑事?」

「はいっ!お帰りなさいませ、プロウライト署長!!」

 新人刑事は虚空を見つめながら敬礼した。

「ず、ずいぶんとお早いお帰りでしたね……」

「先方が急用ができたとかで、早々に切り上げてきたんだ」

「そうでしたか……」

(くそ先方が!!)

 フレデリックは心の中で、全力で顔も名前も知らない先方とやらを蔑んだ。

「それで君はここで何をしているのかね?」

「えーと、その……」

「何か言い辛いことなのかな?」

「あの、その……」

 熟練の刑事でもあるデズモンドに詰め寄られると、ぺーぺーで気弱なフレデリックなどあっさり気圧され、全力で目をスイミングさせることしかできなかった。いや……。

(ビビるな!フレデリック・カーンズ!仮に怪しまれても、この場で即殺されるようなことはない!そう思えば……オッキーニに絡まれた時や佐利羽の連中にリンチされそうになった時より遥かにマシだ!!)

 幸か不幸か、木原の野望に巻き込まれ、理不尽な目に会い続けたことで、彼には“度胸”というものが培われていた。

「じ、実はロニー先輩のことで……」

「マクルーア刑事のことか……最近のドタバタで彼の事件についてあまり進展がないようだな。申し訳ない」

「いえ、自分も刑事だから事情はわかっています」

「だとしたら今日は何を……?」

「えーと……ぼく個人の勘なんですけど……ロニー先輩の件が最近のマフィアの事件の発端になったんじゃないかな……と」

「ほう……」

 デズモンドの目の色が変わった。目の前にいる新人刑事を疑うのではなく、彼の口から出る言葉に興味を持った目に。

(食いついた!!)

 フレデリックは今度は心の中でガッツポーズをした。そしてさらに畳み掛けるために口を開く。

「思い返してみれば、ロニーさんが殺されてから、一気に事態が動いたじゃないですか!ずっとたまたまだと思っていたんですけど、もしかしたらあれが引き金だったんじゃないのか、もしかしてマフィアの抗争に先輩は……!」

「その言い分だと、マクルーア刑事とマフィアが関係があったようにも聞こえるのだが?」

「……はい。信じたくありませんが、その可能性もあるのかなと……」

 信じていた先輩に裏切られて、ショックを受ける新人刑事……みたいな演技をした。実際にロニーに裏切られているのだから、その時を思い出して、嫌な感情を蒸し返せばいいだけなので、簡単だった。

「わたしも……そうであって欲しくないな……」

「ええ、他の人もそうでしょう。だから署長にだけお話に来たんです」

「確かに、あまりべちゃくちゃと表立って話すような内容ではないな」

「そもそもぼくの勝手な推測ですしね。でも、一回そうかもって思ってしまったら、居ても立ってもいられなくて……ですから署長にそれとなくロニー先輩とマフィアの関係を皆さんに調べてもらえるようにうまく誘導してもらえれば……と」

「ふむ……難題だな」

「それが不可能なら、ぼくが一人で……!!」

 覚悟はすでに完了しています!……的な顔をした。

「それはいかん!彼と関係深かったから、色々と思い詰める気持ちもわからんでもないが、決して無茶をするんじゃない!」

「署長……」

 プロウライトの分厚い手が優しく肩におかれると、フレデリックはありがたがるような、申し訳ないように思っているような、とにかく自分でもよくわからない切ない表情をしてみせた。

「マクルーア刑事とマフィアの関係はわたしの方でなんとかするから、君はいつも通りに仕事をこなしなさい。それがこのエルザにとって一番いいことだ」

「……わかりました。今日はいきなりこんな混乱するようなことを言いに来て……すいませんでした」

 新人刑事はペコリと頭を下げた。

「気にするな。わたしとしても貴重な話を聞けて良かったよ。改めて決して無茶はするんじゃないぞ」

「はい。お約束します。それでは失礼させていただきます」

 また敬礼をすると、くるりと横を向き、フレデリックは署長室から離れていった。

 そして、そのまま階段を下り、自動販売機の並んでいる休憩所に入ると、甘めの缶コーヒーを買い、一息に飲み干した。

「んぐ……ぷはっ!ふぅ……人もいませんし、出て来たらどうです?そこにいるんでしょ?」

 演技ではなく、心から湧き上がる怒りに満ちた表情で、フレデリックは何もない左隣を睨んだ。

「残念、こっちだ」

 すると右隣の何もない空間に輪郭が浮かび上がり、それが下から上に紫色に染まっていき、遂には見慣れたアンラ・マンユの姿が出現した。

「……出て来たらどうです?そこにいるんでしょ?」

「やり直さんでいい。余計恥ずかしくなるぞ」

 アンラ・マンユの一言で、向き直した時には真っ赤だったフレデリックの顔にさらに紅が差した。

「……便利そうですね、ステルスケイル」

「私も今まさにそう思っていたところだ」

 清掃員はアンラ・マンユを待機状態に戻すと、新人刑事と同じく缶コーヒーを購入した。

「それにしても、よくあの土壇場であれだけ口が回るな。アドリブだろ?」

「違いますよ。もしもの時のために事前に言い訳を考えていたんです」

「なるほど、用意周到だな」

「多分、下手に嘘をついても熟練の刑事であるプロウライト署長にはすぐバレると思ったんで、本当のことを言おうと。ぼくの知っている情報をお伝えしようと思ってました。ただ……」

「肝心なところはあえて言わない」

「……ちょっと言い忘れただけですよ」

「フッ……嘘つきめ」

 木原はとても愉快そうな笑みを浮かべながら、缶コーヒーに口をつけた。

「寿命はかなり縮まりましたけど、欲しいものは手に入りましたね」

「あぁ、後はこれを活用するだけだ」

「毎度のことながら、自信がおありなようで……」

 口には出さないが、フレデリックは木原のこういうところが羨ましかった。

 だが、彼は少し勘違いしている。

「私は別に自信があるわけではないぞ」

「え?そうなんですか?」

「やるだけのことをやったのだから、なるようになるだろうと開き直り、もしくはそう言い聞かせているだけだ」

「その境地に至れるのが、自信ってことなんじゃないですか?」

「君がそう思うなら、まぁそう思えばいいさ」

「どっちなんですか」

「何だっていいんだよ。前に歩ける力になるなら、喜びだって悲しみだって怒りだって……大切なのは前に進み続けること、これが俺の美学だ」

 そう語る名も無き悪の顔はとても晴れやかで、そして力強かった。

「木原さん……」

「だから行って来るよ、ムージュン刑務所に。まぁ、なるようになるだろ」

 木原はビシッと親指を立てた。


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