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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
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情報交換

「……ひ、久しぶりに帰って来れた……」

 奏月が壊滅してから一週間、一人の刑事としてその後処理に追われ、全然家に戻れなかったフレデリック・カーンズは漸く自宅のドアの前まで帰って来ることができた。

「とにかく……まずはお風呂に……」


 ガチャリ……


「……お帰り」

「……は?」

 ドアを開けた疲労困憊の彼の目に入って来たのは、あぐらをかきながらプカプカと浮かぶアンラ・マンユの姿であった。

「……何してるんですか?」

「君を出迎えているんだが?」

「いや、ぼくを出迎えるのに完全武装する必要ないでしょうに……」

「あぁ、これか。こいつの浮遊装置は独特だから慣れるためにやっていた。あと、どれくらい持つかの調査も兼ねてな」

「……なるほど」

「まぁ、確かに家主を出迎えるのに武装状態ってのは、あまり行儀が良くないな」

 そう言うとアンラ・マンユは浮かぶのを止め、指輪の形になり、木原史生に戻る。

 その顔は血色が良く、目には生気が溢れていて、フレデリックとは活力が漲っていた。

「お元気そうですね」

「あれから一週間も経ったからな。それだけあればさすがにな。ヴェノムニードルもあるし」

「……え?あの土壇場で解禁された新武器使ったんですか!?自分に!?」

「うん」

「うん。じゃないですよ!!ヴェノムってすごい毒って意味ですよね!?そんなもの打って大丈夫なんですか!?」

「大袈裟な名前がついてるが、あれは様々な薬剤を針にして飛ばす武装で、主な用途は睡眠薬や筋弛緩剤を発射して、人間やオリジンズを生きたまま捕らえるものっぽいから」

「名前とは逆の非致死性の武器だったんですか」

「毒と薬の違いなんて用法と用量の違いだけだから、何発も撃ち込めば殺せるだろうけどな。とにかく私はそれを少し調整し、痛み止めや、回復を早める薬剤として利用したわけだ」

「そうですか……お医者さんに行かないって固辞していたことを実はずっと心配していたんですよ」

 フレデリックはホッと胸を撫で下ろした。

「心配は無用さ。この木原史生、よく寝て、よく食べ、よくサブスクで映画やドラマを見て、よくバラエティで笑い、よくゲームし、鋭気を養いまくっていたからな……」

「……ぼくが奏月壊滅のあれやこれやでてんやわんやになっている時に、その合間にあなたに頼まれたことを調べていた時に、人生を謳歌していたんですか、あなたは……」

「いや療養だよ、療養。心身共に身体を労っていただけだ」

「そうですね……あなたの言っていることは正しい。だけど……正しいからって許せないこともある!!」

 フレデリックは靴を脱ぎ捨て、木原に飛びかかった!

「よっ」


ゴッ!ズザアァァァァァァァッ!


「ぐわあぁぁぁっ!!?」

 あっさりと避けられ、さらには足をかけられ、ずっこけさせられた。

「いいから風呂でも入って来い」

「……はい」



「ふぃ~!生き返った~」

 髪をタオルで拭きながら、満面の笑みでフレデリックは風呂場から出てきた。

「邪念や憎しみも洗い流して来たようだな」

「やっぱ人間、余裕を失うと駄目ですね。疲労は身体以上に心を磨耗させるって、痛感しました」

「休める時にしっかり休む。戦場でもそれができない奴から死んでいく」

「じゃあ、今日は飯を食って寝ましょうか……って、それを許してくれる感じじゃないですね」

 木原はジーッと冷たい視線でフレデリックを見つめていた。

「わかってますよ。寝るのはあのことを話してからにしますよ……」

 晴れやかだった顔が一転、刑事の顔に雲がかかった。

「そう嫌がるな。簡単だが、酒とつまみを用意したから、それでも食べながら話してくれればいいから」

 テーブルの上には水滴のついた缶と小皿に入った食べものが置かれていた。

 それを見て、フレデリックの顔は……余計に曇った。

「なんか自分でやったみたいな顔してますけど、ぼくが買って、冷蔵庫に入れていたものを勝手に出しただけですよね?」

「……知っているか?竜の家紋を持つ者は酒を飲まないらしいぞ」

「……わけのわからないことを言って誤魔化さないでください」

「じゃあ、飲まないのか?」

「……飲みますけど」

 フレデリックと木原はテーブルの前に座り、缶を一つ手に取って蓋を開けた。

「えーと……頑張ったフレデリックくんと私の完全復活に」

「乾杯」

 缶をぶつけ合うと、両者は一気に半分ほど飲み干す。

「ふぃ~!生き返った~」

「そればっかだな。語彙力ないのか」

「こういう時は無駄に難しい言葉で彩るほど、嘘臭くなるんですよ」

「そういうもんか」

「そういうもんです。それよりもぼくの話をする前に木原さんに一つ訊きたいことがあるんですけど」

「何だ?スリーサイズと年齢はNGだぞ」

「違いますよ!白いアンラ・マンユのことです!」

「あぁ、そっちか」

「なんだかんだ言って、休んでいる間も奴のことを考えていたんでしょ?」

「……まぁな」

 木原は話す準備にと、酒を一口含み、喉を潤した。

「私は最初あの白いアンラ・マンユ……便宜上“ホワイト”と呼ぼうか、そのホワイトは私のアンラ・マンユより性能が上の上位互換だと思っていた。完全に力負けしていたからな」

「形は同じでも性能に差があることはままありますからね、ピースプレイヤーの場合」

「だが、改めて奴との戦いを思い返して見ると、違う気がしてきた」

「何ゆえに?」

「もしお前がアンラ・マンユと戦うとして、姿が見えなくなったらどうする?」

「どうするって……辺りを探しますよ。どうせステルスケイルとかいう武装で……あっ!!」

 答えに気付き、見開いた目でこちらを見て来るフレデリックに、木原は力強く頷いた。

「そうだ。透明になっている能力があると知っていれば、周囲をくまなく探すはずだ」

「でも、ホワイトはあっさりとその場を後にした……」

「あまりにも軽率過ぎる。あの目から放つ熱線で消し飛ばしたと思っても、私ならしばらくそこにとどまり探す。ステルスケイルはそんなに長時間使い続けられるものではないしな」

「つまりそれをしなかったってことは、奴はステルスケイルの存在を知らなかった」

「今、思えばフリーズブレスを食らった時もやたら焦っていたし、存在を知っていたらあんな攻撃はしていないはず。きっと把握してなかったんだろう」

「つまり木原さんのアンラ・マンユには」

「ホワイトにはない武装が装備されている……!」

「ってことですね」

 フレデリックは酒を一口飲んだ。

「でも、単純に木原さんのように武装が封印されているだけの可能性は?」

「最もな意見だが……それはないと思う」

「根拠は?」

「私のアンラ・マンユの場合、武装が封印されていること自体は確認できていたからだ。奴も同じなら、自分の知らない武器が使って来る可能性を考え、もっと慎重に攻めてきたはず。奴にそんな素振りは見えなかった」

「なるほど。では、単純に装備されている武器に違いがある可能性は?」

「それはある。目からの熱線もホワイトにしか使えないのかもしれない。ただそうだとしても単純な上位下位互換ではないことは確かだ」

「木原さんは武装を減らした代わりに基本スペックを底上げしたパワー重視のホワイトと、武装が豊富なテクニカルな紫のアンラ・マンユ……両者は相互互換の関係にあると予想しているんですね」

「そういうことだ」

 木原はまた酒をぐびりと飲んで、乾いた喉に潤いを与えた。

「……以上が私が一週間考え抜いたホワイトに対する見解だ。納得できたか?」

「ホワイトについてはなんともですが、木原さんの顔が明るかった理由は理解できました」

「ほう……顔に出ていたか?」

「出まくりですよ。完全な上位モデル相手だときついけど、相手より優れている部分があるなら勝機はある……そんなことを考えているのが、一目でわかりました」

「その通りだ。私は悪巧みをするのは……大好きだからな」

 木原は口角を吊り上げ、悪魔のような邪悪な笑みを浮かべた。

「た、楽しそうで何よりです……」

「フッ……私の機嫌などどうでもいいさ。それよりも次は君の調査報告を聞かせてもらいたいのだが」

「はいはい、少しお待ちを……」

 フレデリックは身体を伸ばし、雑に投げ捨てられているカバンからスマホを取り出した。

「えーと、ご依頼の安堂ヒナさんとムージュン刑務所のことですが……とりあえず前者から。少し前のものですが、これが安堂ヒナの顔です」

 スマホをテーブルの上に置くと、そこには白衣を着た可憐な少女が写っていた。

「白衣……研究者か?いや、顔からして学生か?」

「残念。これは『エルザ・インダストリーズ』の社員だった時の写真です」

「エルザ・インダストリーズと言えば、ガルーベルを生産している企業だったな?」

「はい。この街で一番のピースプレイヤー開発している会社です」

「そこに入社できるということは、かなり優秀な人物なのだろうな」

「ええ、彼女は幼くして両親を亡くし、その保険金で暮らしていたようですが、とにかく勉強ができたみたいですね。特待生として大学に入り、どの教科もほとんどA判定。途中で興味を無くして、単位を落としたものもそれなりにありますけど。なんにせよ彼女はその才能を見込まれて、若くして新型機の開発に携わる部署に配属されたようです」

「新型のピースプレイヤーね……」

 そう言いながら、木原は怪訝な顔で顎を撫でた。

「何を考えているんですか?……って、察しはつきますけど」

「普通に考えれば、そういうことなのだろうな。アンラ・マンユから彼女の名前が出てきたってことは」

「でも、エルザ・インダストリーズで開発していたものではないですよ、アンラ・マンユは。あそこは特級は扱わない方針ですから」

「ということは、アンラ・マンユを造るためにに安堂ヒナは会社をやめたのか?」

「それはなんとも。ただ技術者がやめること自体は多々あったようで、同僚も特に不思議がってはいませんでした」

「所謂ブラック企業って奴なのか?」

「いえ、至って健全な会社です。ただエルザで一番と言っても、世界的に見たら、資金力も開発力もそこまでのものではないですから、優秀な人は海外のピースプレイヤーを開発販売しているもっと大きな企業に引き抜かれることが多かったようです」

「よくある話だな」

「安堂ヒナは特に何も言わずにやめたらしいですが、同僚は一様にみんなヘッドハンティングにあって、それを正直に言うのはバツが悪かったんだろうと語っていました」

「で、その同僚の中で今も連絡を取っている者は?」

 フレデリックは首を横に振った。

「皆無か」

「家にも行って見ましたが、案の定もぬけの殻でした」

「やはり本当にムージュン刑務所に囚われているのか……」

「囚人名簿には名前はなかったですし、彼女に犯罪歴はありません。なのに刑務所に入れられているとしたら、そんな法外な真似できる人物がいるとしたら……!」

 フレデリックの顔が自然と強ばり、拳に力がこもった。

「……君が戸惑い、憤る気持ちもわかるが、今は置いておこう。ただの思い過ごしの可能性もある。なんにせよいずれこの件を追っていけばわかることだ」

「……はい」

「では、ムージュン刑務所について、ご教授願おうか」

「ムージュン刑務所はこの街最大の刑務所で、現在あそこにいる受刑者は収容人数一杯の三千人あまり……お恥ずかしい限りです。はぁ……」

「エルザの警察が優秀ってことにしておこう」

「お気遣いどうも。で、その刑務所のトップにいるのが……この男です」

 テーブルの上のスマホを操作し、優しげな若者の画像を映し出した。

「これまたずいぶんと若いな」

「実際にこの男『アナクレト・メルカド』が八年前に所長に任命された時は、大幅に最年少記録を更新したようです。きっと彼もまた優れた能力を持っていたんでしょう」

「はたまた何か裏があるか」

「実はその裏というのに心当たりが……あったら良かったんですけど、奏月と安堂ヒナのことで手一杯で、それ以上のことは……」

「刑務所の中の図面や警備態勢、どこに誰が収容されているかは?」

「さっぱりです」

 フレデリックはお手上げだとジェスチャーした。

「そうか……」

「すいません」

「いや十分だ、よくやってくれたよ」

「そう言ってくれると救われますが、今の情報だけだと安堂ヒナを助けることどころか見つけることもできないんでは?下手したら図面にも載ってないような隠し部屋に囚われている可能性だってあるのに」

「そこは大丈夫。アンラ・マンユがなんとかしてくれると思う」

「ピースプレイヤーが?」

「わざわざ助けに来いなんてメッセージを仕込むくらいだから、正直図面なり、あるとしたら隠し部屋についての情報はある程度こいつの中に入ってると思う。毎度の如く、その時にならないと解放されないだろうが」

 期待とちょっとの苛立ちを込めて、木原は自らの指に嵌まっているアンラ・マンユをピンと指で弾いた。

「ずいぶんと希望的観測な気もしますが……」

「その通りだが、そこは信じて行くしかない。だが、警備態勢については少しでいいから情報が欲しい。ステルスケイルにも限界があるからな。どこに監視カメラと人員があるのか把握しときたい。詳しい奴からそれとなく訊き出せないか?警察官なんだから」

「一介の新人警察官であるぼくにそんなこと教える人がいたら、即刻クビにすべきですよ」

「だよな。では、知っている人間から情報を拝借するしかないか……」

「……木原さん、もしかして……また良からぬことを考えてませんか?」

 フレデリックが訝しげに睨むと、木原はニヤリと不敵に笑った。

「なんてことない。ちょっと署長室に侵入して、デズモンド・プロウライト署長のパソコンを弄らせてもらうだけだ」

「やっぱりろくなもんじゃない!この人!!」


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