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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
120/194

飛翔する悪②

 武斉がゆっくりと辺りを見回すと、残党連合はもちろん彼の部下達も後退りした。

「うっ!?」

 そして、遠くで観察しているフレデリックも目が合ったと感じ、たじろいだ。

「……双眼鏡越しに見てるだけでもきついですね……精神がゴリゴリ削られていく感じがします……」

 それに耐えられなくなったのか、双眼鏡を外し、深呼吸をして息を整えた。

「気持ちはわかる。佐利羽秀樹が鞘に収められた刀だとしたら、奴はさしずめ剥き出しの剣だ」

 アンラ・マンユはそう言いながら、淡々とストレッチを始めた。

「行くんですか?」

「いや。だが、いつでも行ける準備をしておかないと思ってな」

「やっぱり戦うことになるんですね」

「できることなら武斉の武勇伝は全部嘘で、本当のあいつはすぐに臆病風に吹かれて、逃げ惑うようなクズだったら良かったんだがな。そこを後ろから奇襲して、おしまい……私にとっての理想的なシナリオはこれだった。しかし……」

「悲しいかな完全にやる気スイッチ入ってますね。戦う気しかないですよ、あの人」

「こうなれば少しでも残党連合が奴のスタミナを削ってくれることを祈るばかりだ」

「あと情報ですね」

「あぁ、少しでも粘って、私を有利にしてくれよ……!」



「……お前達は下がれ」

 武斉の第一声は部下達への撤退命令であった。

「お、お待ちください!わたし達はまだやれます!!」

「そうです!ボスが出てくる必要などありません!!こんなアルティーリョと佐利羽の残りカスなど我らだけで十分!!」

 部下達は必死に食い下がった。プライドか武斉に失望されることを恐れてか、はたまた両方か、必死に自分達はまだやれると訴えた。けれど……。

「下がれと言ったのが聞こえなかったのか?」

「「「ひ!!?」」」

 たった一言で却下され、たった一睨みで心が折れた。

「す、すいませんでした、ボス……」

「あなたの仰せのままに……」

 機仙軍団は武器を下ろすと、ボスの命令に従い、後退していった。

 残党連合はそれを何もせずに静かに見送る。

「芝さん……マジであいつ、おれらを一人で相手するつもりなんですか?」

「さぁな。そのつもりなら、こっちも遠慮なくリンチしてやる。油断させておいて部下をけしかけるつもりなら、そのしょうもない策ごと叩き潰すだけだ……そう、それだけのことなんだ……!」

「芝さん……」

 芝刃風は威勢のいい台詞を吐くが、刀を握る手はプルプルと震えていた。目の前に仇が現れたというのに、それに対する怒りよりも恐怖心が勝っていたのである。

 その情けない姿を見て、武斉は心の底からがっかりした。

「トップを突然失ったことで、一皮剥ける奴が出てくると思っていたが……我の思い違いのようだったな」

「何!?」

「それに遅れを取る、我が軍のなんと情けないことよ」

「うっ!?」

「悲しいな……誰も我の期待に応えてくれない……」

 そして失意のまま、指輪を嵌めた手を顔の前に翳した。

「とっととこの茶番を終わらせよう……『サルワ』……!!」

 武斉の声に応じ、指輪が光に変わり、さらにその光が機械鎧に、それが彼の全身を一瞬で覆った。

 ザリチュよりも細身で装飾もシンプル、しかし禍々しいオーラは決して負けていない……それが武斉の愛機、サルワというマシンであった。

「さてと……まずは……」

「お命!」

「頂戴!!」

 装着直後のサルワに三方向から刃風が斬りかかった!上から横から下から、研ぎ澄まされた刃が襲いかかる!

「組長の仇ぃ!!」

「ふん」


ガギッ!ガギッ!ガギィン!!


「……え?」

 しかし一瞬で刀はへし折られてしまう。端から見るとほぼ同時に勝手に刀の方から砕けたようにしか見えなかった。

「な、何が……!?」

「わからんか?」

「ッ!!?」

「それがわからないレベルの相手などしたくない。見逃してやるから、尻尾を巻いて逃げろ」

「くそ!!舐めやがって!!刀がないなら、拳でぶん殴ればいいだけの話だ!!」

 刃風軍団は使えなくなった得物を投げ捨てると、また仲良く同時にパンチを繰り出した。

「喰らえぇぇぇッ!!」


ブォン!!


「「「!!?」」」

 パンチは当たらなかった。どういうわけか何もしていないサルワを避けるように、軌道がずれたのだ。

「一体何が……」

「だからその程度がわからないようでは、サルワと相対する資格がないと言っているのだ。もう諦めろ」

「くっ!?おれ達に命じていいのは!」

「組長だけなんだよ!!」


ブォン!ブォン!ブォン!!


 言葉だけは立派だったが結果は伴わなかった。ただ拳はサルワの横を空しく風切り音を鳴らしながら通過した。

「くっ!?なんで!?」

「なんで当たらないんだよ!?」

「これが我とお前らの差だ。もう一度言う、諦めろ」

「何度言われても!」

「てめえの命令なんて聞かねぇよ!!」

「そうか……ならば、死ね」


ザシュ!ザシュ!ザシュ!!


「「……?」」

「……な!?」

 これまた一瞬……サルワがくるりと一回転すると、周りにいた三体の刃風は突如として首筋から血を噴き出し、膝から崩れ落ちた。

「これで分をわきまえてくれるといいんだが……」


バシュン!バシュン!バシュン!!


「けだものに知性を求めても無駄か」

 エラヴァクトの狙撃!けれどこれもサルワには通じず、あっさりと回避されてしまった。

「もう弾の値段とか気にしないでいいから、ありったけの弾丸を撃ち込んじゃって」

「「「はっ!!」」」


バシュン!バシュン!バシュン!!


「は!?」

「なんだ、この動きは……!?」

 さらに攻撃は苛烈になっていったが、サルワはものともしなかった。まるでフィギュアスケートの如く地面を滑るように移動し、弾丸の隙間で華麗に舞った。

「ここまでやって無駄な足掻きだと理解できんとは。ならばもっと分かりやすく我と貴様らのいるステージが違うことを示してやろう」


ブォ……ブオォォォン!!


「な!?」

「何ぃ!!?」

 サルワが飛んだ!サルワがフワリと浮き上がったと思ったら、なんと夜空を縦横無尽に飛び回り始めたのである!

「我は高みにいるのだよ。貴様らでは一生たどり着くことのできない高みにな」

「ちっ!言わせておけば!!もう狙いなんてつけなくていい!とにかく撃ちまくれ!界雷もだ!」

「「「はっ!!」」」

「「「おおう!!」」」


バン!バシュン!バン!バン!バァン!


 漆黒の空に絶え間なく光が昇っていった。

「少しはマシな奴がいるみたいだな」

 けれども、やはり“高みにいる者”にそれが命中することはなかった。悠々と闇の中を泳ぎ、地べたに這いつくばり、自分を歯噛みしながら見上げる弱者どもを嘲笑う。

「適当な攻撃の方が多少躱し難い。多少だがな」

「ちいっ!!」

「恥じることはない、アルティーリョの後継者よ。お前はよくやっている。今も取り乱したふりをして……健気にも本命から目を逸らそうとしているな」

「!!?」

「……あ」

 サルワの鋭い眼光が捉えたのは、スピード自慢の機仙・乙を文字通り一網打尽にしたネットバズーカを構えるエラヴァクトであった。

「くそ!もういい撃て!!」

「手遅れだよ」

 サルワは軽く下から上に腕を振り上げた。すると……。

「あれ……視界が……?」


ゴトッ!!バシュ!!


 サルワの手の延長線上にあったエラヴァクトの首がずれ落ち、司令塔を失った胴体が倒れながら発射した網は明後日の方向で開いた。

「まぁ、あの程度の網ごときに捕まったところで我には問題ないが、だからといってわざわざ受けてやるのも癪だしな」

「くそ!?」

「では、そろそろ我も本格的に……殺しに興じるか」

 空中を移動しながら、サルワまた手を二回ほど振った。


ザン!!ザンッ!!


「……がっ!?」「――ッ!?」

 そのコンマ何秒か後、狙撃ライフルを持ったエラヴァクトと界雷、二人がこの世から旅立った。

「山籠りをした甲斐があったな。今年の調整もバッチリだ」


ザン!ザン!ザン!ザンッ!!


「ぐあっ!!?」

 手を振る度に命が失われていった。

 ただ当のサルワもとい武斉はそれについて何の感情も感じず、退屈な作業を繰り返しているとしか思っていなかった。

「ふむ……一方的だな。追い詰めれば、新たな手を打ってくると思ったが……もう手札が尽きたか」

「ちっ!アーリマンが出てくるまで温存したかったが……切り札を切るぞ、浜野!!」

「うす!!」

 芝に呼ばれ、フレデリックに無様に絞め落とされた大男、浜野が姿を現した。

「組長……あなたがオレらを気遣って封印したマシン……使わせてもらいます!!」

 浜松は怪しげな腕輪が嵌められた拳を高らかに突き上げた!天に召された組長に必ず仇を討つと誓いを立てるように!

「オレの全て……くれてやる!『覚脳鬼』!!」

 浜野が纏ったのは立派な角の生えたピースプレイヤーであった。

 特級ではないが、異様な雰囲気を纏っており、それに気付いたサルワも攻撃をやめて、真っ直ぐと見下ろし、注目した。

「少しだけ面白そうなのが出て来たな」

「面白そう?そんな風に思えるのは今だけだぜ……フィジカルブースト!!」

 発動コードを認識した覚脳鬼は内部から針を伸ばし、それを……。


ズブッ!!


「――ぐっ!?」

 装着者である浜野に突き刺した。さらにそこから自ら生成した薬剤を注入していく。

「ぐうぅ……ぐおぉぉぉぉぉぉっ!!」

 浜野の筋肉がクスリによって膨張!さらに神経が鋭敏になり、それに伴い覚脳鬼自体も僅かに大きくなった。

「完全適合……ではないよな。では、あれは……」

「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!!」

「何!?」

 覚脳鬼が地面を蹴ると、一瞬でサルワの眼前まで到達した。目の前に広がる予想外の光景に今日初めて武斉の心が波立った。

「ぐるあぁぁぁっ!!」


ドッ!!


「おっと!!」

 覚脳鬼は拳をハンマーのように撃ち下ろし、仇を容赦なく地面に叩き落とそうとした。

 しかし、サルワはそれをいとも容易くガードし、地面にぶつかる直前に急停止、何事もなかったように静かに着陸した。

「パワーもスピードも今までの奴らとは桁違い……切り札というだけはある」

「ぐるあぁぁぁっ!!」

 覚脳鬼は着地と同時に突撃し、サルワにラッシュを仕掛ける!


パンパンパンパンパンパン!!


「マジか……」

「あの連打を捌いているだと……」

 覚脳鬼の攻撃がはたき落とされる度に残党連合に絶望が広がった。それは戦いというより、稽古と呼ぶ方が近い……それだけ両者には力の差があるのだ。

「我に手を使わせたことだけは褒めてやる。だが……」

「ぐるあぁぁっ!!」

「力任せでは、サルワは倒せん」


ガシッ!ブゥン!!


「――ぐるあ!?」

 目と目があっていたはずなのに、手首を掴まれると、一瞬で覚脳鬼の視界は一変した。上下が反転し、何故かサルワの背中が遠ざかる。

 簡単に言うと、パンチの力を利用されてぶん投げられたのだ。

「ぐるあぁぁぁっ!!」

 なんとか空中で体勢を立て直し、手をつきながら着地する。顔を上げると再び手を上げているサルワと視線が交差した。

「はっ!」


ザンッ!!


「ぐるあぁぁぁっ!?」

 サルワが勢いよく手を振り下ろすと、先ほどの者達のように首筋が斬り裂かれ、血を噴き出した。

「ぐるぁ……!!」

「首を斬り落とすつもりだったんだが、よく反応した。また褒めてやる。しかし……。」

「ぐるあぁ!!」

 致命傷を避けているとはいえ、かなりの深手を負ったはずなのに、鬼は全く動じることなく、むしろ昂っているように見えた。

「どうやら痛みをあまり感じていないようだな。似たような経験を昔したことがあったような……そう思うと、どこかで……」

「ぐるあぁぁぁっ!!」

 武斉の考え事など知ったことかと、覚脳鬼は巨大な包丁のような得物を召喚する。

 だが、その行為が図らずも武斉の記憶の奥底から答えをサルベージすることになった。

「……思い出した。『AMOU』のドーピングマシンか。人の理性を消し、戦うだけの獣に落とす下品なピースプレイヤー」

「ぐるあぁぁぁっ!!」

 武斉の言葉に怒りを覚えた……わけではないだろうが、覚脳鬼は一気に間合いを詰め、包丁を振り下ろした。


ブゥン!!


 けれど、空振りに終わる……いや、まだだ。

「ぐるあっ!!」

 刃を力ずくで切り返し、斜め下からの斬り上げ攻撃!


ブゥン!!


「ぐるあぁっ!!?」

 だけどこれもやっぱり容易く回避されてしまった。

「理性を持って制御してこその力。クスリでラリっただけで強くなれると思っているなら、勘違いも甚だしい」

「ぐるあぁぁぁっ!!」

 また覚脳鬼は刃を切り返し、さっきから偉そうなマフィアのボス様の頭上に撃ち下ろした!


バキバキィン!!


「……ぐるあ?」

 包丁は敵を両断するどころか、自身が粉々に砕け散った。

(目にも止まらぬスピードで左右からサルワがパンチを撃ち込んだ……遠目で見ていたオレだから何をしたかかろうじて把握できたが、やられた本人には突然自壊したようにしか思えんだろうな……)

 プリニオはその一瞬の動きを見て、理解する。この戦いの勝敗を……。

「今のお前に理解できるかわからんが、見せてやろう……これが本当の“強さ”だ……!!」

 サルワは右手を掌底の形にすると、余計な力を抜いて、ゆっくりと引いた。

「ぐるあぁ!!」

 その一連の動作を見て、鬼は本能でまともに当たってはいけない攻撃だと、経験から、けれども回避は今の状態ではできないと判断し、腕を十字にして全力でガードの体勢を取った。

 その姿を見て、マスクの下で武斉は……笑みをこぼした。

「無駄だ……この技に防御は意味がない……!!」


ボォン!!


 撃ち込まれた掌底は鉄壁のガードの表面を叩いた。けれど装甲にひびも入らず、一見すると叩くというより、触ったと形容する方がしっくり来る。

 だというのに……。

「……ぐはっ!!?」

「は、浜野!!?」

 覚脳鬼は許容できないダメージを負い、膝から崩れ落ちた。

「ただの掌底なら、お前の選択は間違っていなかった。だが、我が厳しい修練の末に会得したこの技に対しては……最悪の一手だ」

 サルワは指をピンと伸ばすと、右手を振り被った。

「ラリっている間に苦痛もなく死ねるというのは、我らのような殺しが日常の外道にとっては、もしかしたら幸せなことなのかもな」

「させねぇ!!」


ザンッ!!


 サルワの右手は虚空を切り裂いた。

 手刀が当たる直前、芝刃風が覚脳鬼に飛びつき、彼を攻撃の射程外まで押し出したのだ!

「浜野!?大丈夫か浜野!!?」

「ぐる……」

「息はある。良かっ……はっ!?」

 部下の無事を確認した芝は一息つく暇もなく、背後からただならぬ殺気に襲われる。

 恐る恐る振り向くと、そこには今まで以上の重圧を放つサルワが仁王立ちになっていた。

「……雑魚が邪魔をするな。そいつは今年の調整の集大成に相応しい獲物なんだよ」

「わ、訳のわからないことを!!そんなに浜野を殺したいなら、まず俺を殺してみぃッ!!」

 覚脳鬼の盾になるように刀を構えるが、その刃はブルブルと小刻みに揺れていた。

「無理をするな。肉体が既に敗北を認めているじゃないか」

「うるせぇ!!俺だって、俺だってやれるんだ!!」


バギィン!!


「――ッ!?」

 世の中には気持ちだけではどうにもならないことがある。今回もそうだった。

 芝の渾身の一太刀はサルワの羽虫を追い払うかの如きの軽い裏拳で、彼の自信とプライドと共に粉々に砕かれた。

「ふん」

「くそ……!!」

 キラキラと舞い散る刀の破片ごしにサルワと目が合うと、芝は自分がこれから殺されるのだと悟った。

 そして、その時が来るのを待つようにそっと目を瞑った。

(すいません、兄貴、組長……!!)


バシン!!


「……あれ?」

 いつまで経っても幸いにも死の瞬間が訪れないことと、妙な音が聞こえたことで芝はまたゆっくりと目を開いてみた。すると!

「……はぁ!?」

 すると、彼の目に入って来たのは、憎き紫色の特級ピースプレイヤー、アーリマンの拳を受け止めるサルワの姿であった。

「……この街には無粋な奴しかおらんのか……アーリマン……!!」

「御託はいいから、とっとと私に殺されろ……ブサイク……!!」


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