オリジンズ駆除 その④
「あれはとある休日の日でした……ジムで汗を流した帰り道、自分は偶然火事の現場に出くわしたんです」
「火事……」
「少年が一人、取り残されていて、救助も暫く来そうにない……そう思ったら自然に身体が動いていました。自分は少年の救助を試みたんです……試みたんですけど……」
「ま、まさか助けられなかったのか……?」
言葉を絞り出す飯山の姿に、フジミは最悪の結末を予想し、思わず声が漏れ出てしまう。けれどそうではないと飯山は首を横に振った。
「いえ……少年は火事の現場からは救い出すことはできました……」
「そうか……良かった……」
息を吐き、胸を撫で下ろすフジミ。完全に話に入り込んでいる。
「でも、救助する際に自分が抱き抱える力が強過ぎて、骨折していました」
「……へっ?」
あまりに唐突な展開に理解が追い付かない。まぬけな顔でまぬけな声を上げる。
「わ、悪い、飯山……もう一度言ってもらっていいかな……?」
「自分の力が強過ぎて、助けるはずの少年を怪我をさせてしまったんです」
「ええ……」
耳を疑ったが、正常だった模様。それは彼女が予想していた全てのパターンを裏切る結末だった。
「そんな哀しきモンスターみたいな………あっ!?違っ!?」
つい心の声が口から漏れ出てしまう。慌ててフジミは自らの口を両手で塞ぐが、文字通り手遅れだった。
「いいですよ、神代さん……その通りなんですから……」
飯山はフジミの言葉に怒りはしなかった。ただただ自嘲した。彼自身も同じように思い続けてきたのだから。
「本当にモンスターですよね……自分の身体なのに力の加減もできずに……」
「それが……あなたが敵を攻撃できなくなった原因……?」
飯山は寂しそうに、そして情けなさそうにゆっくりと頷いた。
「最初は力を入れるのが怖くなったんです。何気なく物を掴んだりするのも、神経を使うようになっていって……それでもオリジンズとはなんとか戦えてたんですけど、いつしかそれもできなくなって……当然、前の職場では役立たずですよ」
「飯山……」
「環境を変えたら、何か変わるかもってこのシュヴァンツに参加したんですけど……やっぱり駄目だったみたいです」
悲しげに笑う飯山に、フジミは心の底から申し訳なく思った。先ほどの言葉はやはり言うべきじゃなかったと。
「改めて悪かったよ……茶化すような言い方して」
「いえ……本当にいいんです。気にしてませんから……」
「そうか……」
「…………」
「…………」
両者の間に重い沈黙の時間が流れる。ただ何も言えずに黙っているわけではない。少なくともフジミはこの先のことを考えていた。シュヴァンツの隊長として考えなければいけなかった。
「よし!決めた!」
フジミはパンと左手で膝を叩き、立ち上がった。これからの方針、そして覚悟が決まったのだ。
「飯山」
「はい……」
「あんたは戻れ」
「えっ……」
思わず聞き返してしまう。これまでの流れを考えれば当然の決断だと理解できるが、それでもやはり飯山にはショックだった。
「そ、そうですよね……自分なんかいらないですよね……」
「あまり自分を卑下するな、飯山。あんたは間違ってないよ」
フジミは飯山の目を真っ直ぐ見つめ微笑んだ。優しく、まるで愛する子供を見守る母親のように。
「間違って……ない?」
「あぁ。怪我はさせてしまったけど少年の命は助かったわけだし、力を使うことを恐れるのも正しい」
「恐れることが……正しい?」
「力を振るうことに恐れを持たなくなったら、それこそモンスターだよ。相手を傷つける恐怖を持ちながら、それでも人を助けるために戦える……ワタシ達の仕事っていうのは、そうじゃなきゃ駄目なんだよ」
「神代……さん」
自分のことを肯定してくれるフジミの言葉に、飯山は思わず泣き出してしまいそうになる。けれど、後半の部分は不甲斐ないことに全く実行できていない。だから、こんな状況に陥ってしまっているのだ。
「でも……でも!自分は恐れてばかりで戦えていない!!」
「まぁ、人間だからさ……どうやっても上手くいかない時もあるよ」
「なら……自分は一体……!」
「ゆっくり進んで行けばいい……自分のペースでゆっくりとね。個人的に部下が本当にやりたくないことを、無理矢理やらせるようなブラックな上司にはなりたくないし。だから……飯山、あんたは戻りなさい。我那覇副長と交代よ」
優しい笑みを浮かべていた顔が一変、真剣な表情になった。一人の人間フジミとしての言葉からシュヴァンツの隊長、神代藤美の命令に切り替わったのだ。
「話はわかりました……でも、神代さんはどうするんですか……?」
飯山もそのことが理解できた。今、この任務に自分は必要ない、むしろ邪魔だってことは自分でも痛いほどわかっている。
それでも飯山はその指示に大人しく従うことはしなかった。自分のプライドのためではない。ひとえに上司のことを心配しているからだ。
「ワタシは……残ってあいつを足止めするよ」
フジミの顔にまた満面の笑みが戻った。しかし、それが強がりだということは誰の目にも明らかだ。
「残るって……神代さんの……ルシャットの攻撃は全く通じなかったじゃないですか!?」
「だから足止めだって言ってるでしょ。倒すつもりはないよ。あんたの言う通り、ワタシの力じゃどうにもできないからね」
「だったら!?」
「けれど、あいつの注意を引くことはできる。恐ろしい破壊力だったけど、攻撃自体は回避できないわけじゃなかったし……まぁ、なるようになるでしょ」
「しかし……」
「大丈夫だっ………痛ッ!?」
元気のアピールのために右腕を上げようとしたが、フジミにはできなかった。とっさに逆の手で抑える。
「フジミさん……まさかキマティースの攻撃をガードした時に……!?」
「心配しないで……少し痛めただけよ。回避に専念する分には問題ない」
「そんなわけないでしょう!!」
飯山は声を荒げる。気弱な彼らしくないように思える行為だが、それだけ目の前で起きていることが許せなかった。
飯山力という男が怒りを燃やすのは、自分ではなく他人が蔑ろにされた時だ。例えそれが本人が本人の確固たる意志によって行われていたとしてもだ。
「神代さん!もっと自分を大切にしてください!」
「大切にしてるから、やるんだよ。ワタシは……後悔したくないからね」
「後悔……」
「あぁ、そうだ。自分の信じたこと、やりたいことをやってるだけ……大義とか使命じゃなく大層なもんじゃなく、ただそれだけなのさ」
「自分の信じたこと……」
「あとから考えればああすれば良かった、こうすれば良かったって色々考えられるけど、そんなもの結果論でしかない。人間は壁にぶつかった時、その時ある最善だと思える選択肢を選ぶしかないんだよ。あの時の……火事に飛び込んだ時のあんたもワタシと同じだったんじゃないの?」
「あっ……」
「やめろ!兄ちゃん!消防車が来るまで待つんだ!!」
「それじゃあ間に合わない!自分があの子を助けに行きます!それが自分の正しいと思うことだから!!」
過去の自分とフジミの姿が重なった。そうなってしまっては飯山には彼女を止めることはできなかった。
ならば、選ぶ道は一つ……。
「神代さん……やっぱり自分……自分は!!」
「キリィィ………!!」
「「!!?」」
先ほどの甲高い鳴き声とは打って変わり、低く唸るような声が森に響いた。それはまるで怒りを必死に抑え込んでいるよう……いや、きっとその通りなのだろう。
キマティースが再びフジミ達の前に姿を現した。