帰路
「……最後に言い残す言葉はないか?」
その言葉にはいつものアンラ・マンユ特有の嫌味ったらしさや侮蔑の心は全くなく、敬意に溢れていた。
なので、佐利羽秀樹も素直な思いを口にすることにした。
「さっきお前を……最初に見た時……直感で……今のワシでは……いや全盛期のワシでも……勝てないと思った……」
「……だから部下を犠牲にしてまで、私の動きを観察することにしたのか」
「あとスタミナ削りな……我ながら小賢しい手よ……そこまでしておいて、結局無駄に終わった……ワシは昔から嫌な予感は……当たるんだ……部下には悪いことをした……よりによって渡辺と同じ殺られ方をしたのも……天罰なのかもな……」
「私が言うべきことではないが、組員達が誇りに思うような勇猛な戦いぶりだったと思うぞ」
「……それならいいんだが……まぁ、地獄でどう思ったか……訊いてみるさ……」
「それもいいかもな……」
「お前のことも……待っているぞ、アーリマン……お前もワシと同類……いや、ワシ以上の……」
「それでも生きていくよ、私は」
「ならば……いずれ奴とぶつかり合うことになるだろう……できることなら……この目で見届けたかったな……」
「奴とは誰だ?……と訊いてもあなたは応えてくれないんだろうな」
「あぁ……答えは自分で……見つけろ……」
「言われなくとも。ここまで来て、手を引くつもりはない」
「フッ……そう来なくちゃな……それでこそワシの最期の相手に相応しい……」
「私もあなたと戦えて良かったよ」
「……裏社会に足を踏み入れた時に……ろくな死に方は……できないと思ったが……大分マシな方か……ただの喧嘩屋に戻って……逝けるのは……とても……ワシらしい……」
「……佐利羽秀樹?」
「…………」
「逝ったか……」
そうアンラ・マンユが言い放つと同時にザリチュが待機状態の指輪に戻る。だが、機械鎧を脱いだ後も、佐利羽秀樹は倒れることはなかった。
「その命が潰えても、倒れないか……つくづく予想以上の男だ、佐利羽秀樹」
「……何、感傷的になっているんですか」
いつの間にか背後にフレデリック・カーンズが立っていた。その顔は見るからに不満げだ。
「無事だったか。元気そうで何よりだ」
アンラ・マンユは佐利羽からザリチュの指輪を外すと、彼の方を振り返った。
「おかげさまで……なんて言いませんよ。今回のピンチは前の二回と違って、あなたの指示に従ったせいなんですから」
「わかっている。恩を着せるつもりなんて更々ない」
「自覚があるのはいいことなのか、わかっていて、無茶やらせるなんて余計タチが悪いと責めるべきか……」
「お説教なら、今日は勘弁してくれ。さすがの私も疲れた……」
そう言いながら、アンラ・マンユはとぼとぼと歩き始める。それにフレデリックもついて行った。
「で、ここからどうやって帰るんですか?あなたが乗って来たバイクはお釈迦になっちゃいましたし。あれがあれば、こんなこと考えなくても済んだのに」
「適当に佐利羽組の奴らが乗って来た車をパクればいいだろ」
「……木原さん、ぼくが刑事だってこと忘れてません?」
「それを言うなら、そもそもバイクだって盗品だったが?」
「と、とにかく!帰宅手段を考えなくては!近くに電車かバスの駅があるといいんですが……」
「せめてタクシーにならんか?今の疲弊した状態で満員の箱詰めなんて……想像しただけで卒倒しそうだ」
「ワガママ言わない。節約ですよ、節約。あっ!それよりも木原さん、ぼくがチンピラと戦わされていたところ見てたでしょ!!」
「あぁ、それがどうした?」
「助けてくださいよ!何でのんきに観戦しているんですか!!」
「いい試合だったぞ」
「褒められても、嬉しくない!!」
マフィアを一つ潰す大太刀回りをしたとは思えない会話を続けながら、木原とフレデリックは帰路についた。