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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
113/194

躍動する悪②

 エルザの空には厚い雲がかかり、まるでフレデリック・カーンズの心を投影しているようだった。

 何台もの車が人一人見当たらない港の倉庫の中に入り、中から出て来るのは大量の悪人面と一人の嘘つき。

 今からその嘘つきに対する非合法の裁判が行われようとしているのだ。

「うわぁ~、これまたあからさまなロケーションですね……」

 つい先日の河川敷の橋の下に続いて、ドラマで見たような場所に連れてこられたフレデリックはテンション爆上がり……はせず、むしろだだ下がりの状態であった。

 だってドラマの通りだとこの後、自分はひどい目に合うのだから……。

「楽しいドライブじゃったのう、オッキーニ」

「ぼくは生まれてから一番車に乗っていて楽しくなかったです。内心事故れって、祈っていました」

「こう見えてわしらはみんな安全運転やからの。残念じゃったの」

 渡辺の言葉で周りの組員達がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。

「楽しいおしゃべりを続けたいところじゃが、わしらも中々忙しい身でのう。だからお前さんが何を探っていたのか、正直に言ってくれると助かるんじゃが……」

「正直と言っても……何度も言っているように、あの盗聴器のことはぼくは知らないです!知らない間につけられていたんです!」

 これに関しては真実であった。フレデリックとしても、自分の責任でないことで痛い目を見るのは嫌なのか、必死に無実を訴える。

「じゃあ、お前は本当にアーリマンの情報を売りに来ただけか?」

「はい。ぼくは本当にお金が欲しかっただけです」

 これは当然、嘘。しかし、フレデリックの目は真っ直ぐ、一転の曇りもなかった。

「んん……わしには本当に嘘をついてないように見えるのう」

「だったら!」

「お前の処遇を決めるのは、わしやない。組長や」

 ここにいる視線が一点に、佐利羽秀樹に集中した。

「ワシも嘘をついてるようには見えんのう」

「そうです!ぼくは本当のことを言っているんです!!」

 もう一人の自分が「どの口が言っているんだ」と呆れているが、お構い無しにフレデリックは畳みかけた!その甲斐あって……。

「よし!ここは腕の一本でも折ってみるか」

「何でそうなるの!!」

 フレデリックの叫び声が倉庫内で反響した。なんか今日の彼は叫んでばかりである。

「いやいやマジで、どうしてそうなるんですか!?」

「それが一番手っ取り早いからだよ。痛みに耐え兼ねて、真実を話す者達をワシは何人も見て来た」

「もしぼくが無実だったら、どうするんですか!?腕の骨を折っておいて、ごめんなさいで済むとお思いか!!」

「思ってるよ。だってワシ……佐利羽組の組長だもん」

「――ッ!!?」

 フレデリックは戦慄した!佐利羽秀樹の放つ禍々しいプレッシャーに、そして今の言葉が何ら問題ないと心の底から思っている歪んだ人間性に底知れない恐怖を覚えた!

「あ、あの……」

「何だ?」

「もし、もしぼくが仮に嘘をついていて、あなたを嵌めようとしていたと判明したら、ぼくはどうなるんでしょうか……?」

「それは……」

 組長は親指で背後にある海を指差した。

「海にいるオリジンズの餌になってもらおうかな」

「ですよね~!!」

「というわけで……お前達、お客様をもてなしてあげなさい」

「「「へい!!」」」

 お許しが出たことを確認した組員達が拳を鳴らしたり、腕をブンブンと回しながら、フレデリックの包囲網を狭めていった。

(ヤバいヤバいヤバい!どうするどうするどうする!)

 フレデリックは恐怖で気を失いそうになりながらも、この状況を打破する方法を探して、脳内の引き出しを片っ端から開けた。

(えーと!こういう時はどうすればいいんだっけ!?確か木原さんが何か……)


「もしリンチを受けそうになったら、怯えるのではなく、むしろ堂々とした態度で挑発してみせろ」

「……それ、もっとひどいことになりませんか?」

 何を言っているんだこの人はと、訝し気な表情でフレデリックは自信満々にそう言う対面の火傷跡が特徴的な男を見つめた。

 その顔を見て、木原は何もわかってないなと、鼻で笑った。

「もちろんただ挑発するだけでは、状況を悪化させるだけだ。だが一つだけ気をつけると、事態は少しだけ良くなるかもしれない」

「そんな方法、本当にあるんですか?相手はマフィアですよ」

「逆だ。マフィアだから通じるんだ。奴らは下らない面子を私達が思っている以上に気にしている。だから上手いことプライドを刺激してやれば……」


(今のぼくにはあの言葉にすがるしかない!!なるようになれだ!!)

 覚悟を決めたフレデリックはできるだけ不愉快な印象を与えるように、身体と顔から力を抜いた。

「いや~、がっかりだなぁ!天下に轟く佐利羽組がこんな大人数でしか喧嘩できない臆病者の集まりだったなんて」

「……あ?」

(かかった!!)

 組員達の動きが止まり、代わりにこめかみが怒りで痙攣した。それは笑顔も絶やさない組長も同様だった。

(あともう一押しだな。よーし……!)

「やっぱエルザ最強は奏月か!佐利羽組は二番手!いや、この分だとこないだ爆散したアルティーリョファミリーと正面からやりあっていたら、負けていただろうな!きっと三番手!銅メダルだ!!」

「て、てめえ……!!」

 渡辺が一人、前に出た。その顔は今にもフレデリックを食い殺してやりたいといった感じで、完全にぶちキレていた。

「組長!こいつはわしにやらせてください!!腕も鼻っ柱も粉々になるまでへし折ってやりますわ!!」

(よし!いつの間にか処刑リンチがタイマンの喧嘩になった!こいつら想像以上にバカだ!!)

 計画通りに事が進み、フレデリックは小躍りしたい気分だった。しかも相手は渡辺というのが、彼にとっては最高だった。

(この渡辺さんは顔は怖いけど、身長はぼくより低いくらい!生身の喧嘩なんてデカくて、重い方が有利に決まってるんだから、どうにかなりそう!!)

 最大のピンチをくぐり抜け、あまつさえ最良の展開を進むフレデリックは全能感に酔いしれ、完全に有頂天にはなっていた。

 そして、そういう時こそ晴天の霹靂のように、大きな障害が立ちはだかるものである。

「ナベさんが出ることないっすよ」

「……え?」

 組員を押し退けて出てきた声の主は、今までどこに隠れていたんだと突っ込みたいくらい大柄な男であった。

「『浜野』か」

「うす。こういうのは一番下っぱのオレが出て行くのが筋ってもんです」

(そんなことないよ!)

「そうかもしれんが、お前は加減が効かんからのう」

(ヤバい奴じゃん!!絶対にぼくみたいな普通の人とマッチアップさせちゃダメだよ!!)

「オレ、この佐利羽組には本当に感謝してるんです。こんなデカくて、人を壊すことしか取り柄がないオレを拾ってくれて……」

(感謝するなよ!人を壊すなよ!デカいんなら、スポーツでもやれよ!)

「そこまで言うなら……」

(折れるな!折れちゃダメだ、ナベさん!!ぼくはあなたと戦いたいんだ!!)

「お前に任せるわ」

(これだから反社のゴミは!!)

 フレデリックは両手で顔を覆い、絶望に打ちひしがれた。

「オッキーニさんと言ったか……佐利羽組をバカにしたらどうなるか、絶対に忘れられないようにその身と心に刻みつけてやるよ……!!」

「前言撤回できませんか?」

「できないな」

(……あぁ……やっぱりあの人の口車に乗るんじゃなかった……!!)

 心の中で後悔の涙が止まらなかった。

「いいぞ浜野!!やっちまえ!!」

「佐利羽組の力を見せつけろ!!」

「骨という骨を砕いてしまえ!!」

「当然だけど……嫌われちゃったな……!!」

 汚いヤジが飛び交う完全アウェイ。フレデリックは防御を固めながら、ゆっくりと浜野の周りを旋回した。

(まずは様子見……ずっとこのままでいいけど)

 もちろんそんなことにはならない。

「来ないんなら……こっちから行くぞ!!」

 先手を取ったのは浜野!その長い脚で一気に間合いを詰めると、これまた長い腕を全力で伸ばした。

「オラァ!!」


ブゥン!!


「うおっと」

 しかし、豪腕は空を切る。フレデリックが軽やかなサイドステップで回避したのだ。

「こいつ!!ならこれはどうだ!!」

 続けて繰り出されたのはミドルキック!しかし、体格差のせいでフレデリックの胸元まで脚が上がっている!

「よっと」


ブゥン!!


「なっ!?」

 けれどこれも不発。勢い余って浜野は一回転する。

「あ、隙だらけ」


ゴスン!!


「……がっ!?」

 くるりと360度回転した顔面に体重を乗せたパンチを放つ!それは見事にヒットし、浜野は鼻血で空中に線を描きながら、強制的に後退させられた。

「何やってんじゃ!浜野!!」

「ナベさん……ちょっと油断しただけですよ!!」

 鼻血を指で拭うと、浜野は再びアタックを仕掛ける!しかし……。


ブンブンブンブンブンブンブゥン!!


「な……」

「にぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」

 倉庫内に響き渡るのは、攻撃が空振りする音と、そのことに取り乱す浜野の悲鳴にも似た驚愕の声だけだった。

 勝負の前は威勢よくヤジっていた周りの組員達なんかは完全に言葉を失っている。

 それだけ新人組員の浜野と、彼らは知らないが新人刑事であるフレデリックの力量の差は歴然であった。

(悔しいけど……これも木原さんの言う通りだった!!)


「いや、もし木原さんの言う通り、タイマンの状況に持ち込んでも、結局為す術なくボコられて終わると思うんですけど」

「君は少しマフィアというものを過大評価し過ぎだ。そして同時に自分のことを過小評価している」

「え?」

「確かにあのオッキーニとやらは強かった。あのままピースプレイヤー無しの生身のバトルに発展していたら、君が負けていた可能性が高い」

「やっぱりそうじゃないですか~」

「話を最後まで聞け。確かにオッキーニは強かった。そう、あれはマフィアの中でも上澄みの方だ」

「……つまり平均的なマフィアの構成員はあんなに強くないと?」

「イエス。もしかしたら武力では最強と名高い奏月の平均レベルはあれに近いのかもしれんが、アルティーリョと同等だとすると、佐利羽組には数人いるかどうかだろう」

「……そうか。それならぼくが過大評価しているってのも納得します。みんなオッキーニさんレベルだろうと今の今まで思っていましたもん」

「チンピラは所詮チンピラだ。大抵は人より成長が早いだけで、自分が強いと勘違いしたまんま大人になったような奴らの集まりだ。そんなバカなアマチュアなんかに、一応プロと言っていいお前が後れを取るはずがないだろ」

「ぼくがプロ?」

「何を言っている。間違いなくプロの警察官だろ、お前は」

「あ」

「素質や才能だけでどうにかなるなんて、希有な例だ。格闘技においては基本的にはきちんとした訓練を受けている方が強い。それは紛れもない真実だ」

「じゃあ、ぼくは……」

「そこらのチンピラなんかじゃ相手にならないくらい強いよ、フレデリック・カーンズ刑事は」


「くそがぁぁぁぁぁっ!!」


ブンブンブンブンブンブンブゥン!!


 浜野の攻撃はやはり何度やっても当たらなかった。対照的に……。

「ていっ!!」


バシン!!


「――ぐあっ!!?」

 ローキックが炸裂!対照的にフレデリックの攻撃はほぼ狙い通りにクリーンヒットしていた。

「く、くそぉ……!!」

 顔は腫れ、足はふらふら、体力も底を尽きかけ、浜野は今にも倒れそうだった。

(ちょっとやり過ぎちゃったかな?これ以上は可哀想だし……次で決める!)

「この……食らえ!!」

 力強い言葉とは裏腹に放たれた拳にはパワーもスピードもなかった。それを……。

「よいしょ!!」


ガシッ!ドスン!!


「がっ!!?」

 フレデリックは掴み、さらに勢いを利用して腕を引っ張り込み、自分と一緒に浜野を倒れさせた。そして……。

「多分、すぐに気持ち良くなるからね」


ガシッ!!


「しまった!!?これは……」

「ご存知三角絞めだ!」


ギュウ……


「――がっ!!?」

 相手の腕と自らの両足を使い、頸動脈を絞め上げる。完全に極ったこの状態から逃れることは不可能である。

「あ……あ……」

 脳への酸素供給が遮断され、フレデリックの言葉通り浜野は気持ち良く意識を夢の世界に飛ばした。

 しかし、決着はついた……ついたのに、フレデリックは決して拘束を緩めようとしなかった。

(このまま絞め続ければ、殺せる!また世界が平和に一歩……)

「やめねぇか!!」


ドゴッ!!


「痛っ!?」

 見かねた渡辺がカットイン!フレデリックを蹴り飛ばし、失神して白目を剥いている浜野を解放した。

「オッキーニ、わしは心の底では、わしや佐利羽組に怯まないお前のことを買っていたんじゃ……もし浜野に勝ったら、マジで穏便に事を済ませてくれるように、組長にかけ合うつもりじゃった」

「渡辺さん……」

「なのにお前は!力の差を見せつけるように無闇に浜野をいたぶり!もう戦闘不能の奴の命を奪おうとした!それはさすがにやり過ぎじゃろうて……!!」

 渡辺は、いや周りの組員も挑発した時よりも目を血走らせており、もうフレデリックが何を言っても許してもらえないのは明らかだった。

「あの、その、ちょっと戦っているうちについ血が高ぶっちゃって……」

「つい、で許してもらえるなら、警察はいらんて……!」

「そんなことないと思いますけど……」

「もうお前と話すことはない……!いいですよね、組長……?」

「あぁ、好きにしな」

 佐利羽秀樹は笑顔に青筋を立てながら、小さく頷いた。

「あれこれ手を変え品を変え粘って来たけど……もう完全にぼく終わった?」

「おう……お前は終わりじゃ!オッキーニ!!」

「やっちまえ!!」

「「「おおう!!!」」」

「あぁ……なるようにならなかったな……」

 フレデリックに佐利羽組組員達が殺到しようとしたその時!


「それが勝者に対する態度か?佐利羽組」


「「「!!?」」」

「この声は!!」

 二度あることは三度ある!フレデリックのピンチに毎度お馴染みの声が響き渡る!

 その声のした方に一斉に視線が集中する!

 そこにいたのは、入口にいたのは、バイクに跨がった紫色のピースプレイヤーであった。

「お前は……お前が!!」

「そうだ、私がお探しのアーリマンだ」


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