躍動する悪①
「……お腹痛くなったとか言って、ばっくれちゃおうかな……」
木原との話し合いから三日後の昼過ぎ、フレデリック・カーンズは佐利羽組組長の大邸宅の前で立ち尽くしていた。
(ろくな頼み事ではないと思ってたけど、まさかマフィアの組長様に会いに行けと言われるとは思わなかった。それになんだかんだ従って、ここまで来るぼくもあれだけど……やらないって言ったら指からビームが飛んで来そうだしな……)
はぁ~と深いため息をつく。こんな無茶はしたくないが、木原には命を助けられた恩もあるし、今までの彼の行動からして従わなかったら、ひどい目に合う確率も高い。どちらの選択肢もフレデリックにとっては選び難いものだった。
「ええい!もう自棄だ!なるようになれ!!」
両頬をパチンと叩き、気合を入れると、フレデリックはインターホンに指を伸ばした。その時……。
ギイッ……
「!!?」
ボタンを押すより先に立派な門が開き、中から柄の悪い男が二人出て来た。
「お前、さっきからずっと組長の家の前で何しとる?」
「えーと……今、来たばかりです……なんて言い訳通じませんよね?」
「カメラにずっと映っとったからの」
ピアスをつけた男が顎で門の上にあるカメラを指した。
「やっぱり見られてましたか……」
「おう、ばっちりな。あまりに不審だからわしらが出て来たわけじゃが……」
(こうなったら、もうやるしかないよな……!)
フレデリックは強制的に覚悟を決めさせられ、開けたくもない口を開いた。
「えーと、実は佐利羽組長のお耳に入れたい情報がありまして……」
「情報?何だ?」
「いえ、これは直接言わないと駄目なものなので……」
「どうしてもわしには言えんか?」
「……はい」
ピアスの男は眉を八の字にして凄んできたが、自暴自棄になっているからか、最近のあれやこれやで肝が据わったのか、フレデリックは決して怯まなかった。
「……意志は固いようやの。お前、名前は?」
「えーと……」
「名前を訊かれたら、適当に偽名を使えよ。間違ってもバカ正直に本名を名乗るなよ」
「“オッキーニ・マクルーア”です」
あんまりな偽名を名乗りながらフレデリックは軽く会釈をした。
「わしは『渡辺』というもんじゃ。で、そっちのサングラスが『芝』。わしのかわいがってる弟分じゃ」
「どうも……」
渡辺に親指で指されたサングラスの芝も軽く頭を下げ、それに応えるようにまたフレデリックも首を上下させた。
「今からお前をボディーチェックする。それで怪しいところがなかったら、組長に会うかどうか訊きに行ってやる」
「順番逆じゃ駄目ですか?調べられた後に会わないっていうのはちょっと……」
「駄目だ。アルティーリョのバカどもが爆弾でやられたからの。まずはお前が危険物を持ってないか確認するのが、最優先じゃ」
「確かに……このご時世慎重になるのは仕方ないですかね。ぼくとしてもあぁは言ったものの別に後ろめたいこともありませんし……お好きなだけ調べてください」
そう言って、フレデリックは両手を広げた。
「では遠慮なく」
渡辺はしゃがみ込み、フレデリックの足をポンポンとはたき、異物がないかを確認する。
「ポケットは……」
「スマホと財布だけですよ」
「中も見せてもらう……何もないな」
財布の中身を確認すると、持ち主に返す。そして続いてスマホの方をまじまじと観察する。
「ピースプレイヤーじゃなさそうじゃの」
「ただのスマホですよ」
「だが、電源は切ってもらう」
「承知しました」
返されたスマホの電源を命じられるがままオフにすると、元あったポケットに仕舞った。
「じゃあ上半身も……」
脚を調べた時と同様に両手、胴体と軽くはたいていく。
「……ん?」
突如として渡辺の手がスーツの襟のところで止まった。
「……どうしたんですか?」
内心びびりまくっているが、平静を装ってフレデリックは彼が手を止めた理由を訊いてみた。
「……いや、何でもない。ちょっと襟がよれていたのが気になっただけじゃ」
「そうですか」
渡辺はフレデリックのスーツの襟を正すと、反転し、門の中へと歩き出した。
「組長と話してくる。お前はそこで静かに待っておれ」
「はい」
「芝、きちんと見張っておけよ」
「わかっていますよ、兄貴」
こうして門の前にフレデリックと芝二人が残された。
「待たせたの。面会のお許しが出た。入れ」
「はい」
それからおよそ十五分後、渡辺が戻って来て、手招きされた。
門をくぐると池や植物、石までもが計算され尽くした配置されている所謂わびさびを感じるきれいな庭園が広がっており、フレデリックは一瞬自分のおかれている状況を忘れた。
「手入れの行き届いた素敵なお庭ですね」
「よく見ておけよ。中々見れるもんじゃないからの。これで見納めになるかもしれん」
「……はい」
そのまま庭から本宅に、長い廊下を歩いて、ついに佐利羽秀樹の待つ応接間にたどり着いた。
「君が……話しがあるオッキーニくんか?ワシが佐利羽秀樹、マフィアのトップなんかやらせてもらってます」
(こ、怖ぁ~!!)
フレデリックは心の中で絶叫した。
(笑顔なのに目の奥が笑ってない感じとか、髭とか、恰幅のいい身体とか、髭とか、何から何まで妙な迫力があって怖い!写真で見るより遥かに威圧感がある!)
冷や汗を垂らし、直立不動になるフレデリックを見ても佐利羽秀樹も周りにいる部下達も特に反応はなかった。彼を目の前にすると大抵の人間はこうなるので慣れっこなのだ。
「緊張するな……なんて、組長の前では無理じゃろうが、少し落ち着け」
「は、はい……」
深呼吸をして、乱れた心を整える。新鮮な酸素が脳ミソに行き渡り、これからすべきことを明確に教えてくれる。
(木原さんに言えって言われたことを、ただ伝えればいいだけだ。何も難しいことじゃない……!)
「少しは冷静になったか?お客人」
「ええ、おかげ様で佐利羽組長」
「では、君がワシに伝えたいということは何かね?」
「それは……アーリマンの居場所です」
「な!?」
「「「何!!?」」」
一気に周りの組員達が騒ぎ出す。
対して佐利羽秀樹は全く動じて……いや、眉尻がピクピクとひくついた。
それをフレデリックは見逃さなかった。
(食いついた!!ここまでは予想通り……!勝負はここからだ!)
後ろに隠した拳に自然と力が入る。だが、興奮していることを悟られないように、こちらが主導権を握っているぞって顔をしながら、話を続ける。
「どうしてそんなことをお前が知ってる?……って、思ってますよね?」
「……あぁ。できれば説明願いたいね」
「いや、そんな大層な話じゃないんですよ。あの日、アルティーリョファミリーがボスごと爆弾で吹き飛ばされた日、ぼくはちょうどあの辺りを通りかかったんです。で、怪しい紫色のピースプレイヤーを発見した」
「紫色……アーリマンの特徴と一致するな」
「で、ぼく何だか気になって、そいつを尾行したんです!そしたら郊外の廃屋に奴が入って行って!どうやらそこが彼の隠れ家らしいんですよ!」
「なるほどな……それを何でワシに?」
「それはもちろん佐利羽組の名声を聞いたからです!恩には恩で!仇には仇で返すお方!こちらがお役に立つ情報を提供すれば、それなりのお礼を頂けると聞いています……!」
フレデリックはできる限り卑しい顔をした。
「目当ては金か。分かり易くていい」
「はい!お金さえ貰えれば、すぐにでもそのアーリマンの隠れ家にご案内します!」
「うむ……悪くない提案だな……」
佐利羽秀樹は顎髭を撫でて、考え込んだ。
(感触は悪くない。このまま行けば木原さんの計画通り……!)
「アーリマンの名前を餌に人気のない廃屋に誘き出す」
「で、そこでまたいつもの通り、ガチンコバトルですか?」
「私を戦闘狂のように言うな」
「違うんですか?」
「違うな。できる限りスマートに事を進めたいタイプだ」
「じゃあ、呼び寄せて、話し合いでもするつもりですか?」
「あぁ、その通りだ。罠にかけて、拉致してからな」
「まぁ卑劣」
「とにかくお前の任務は佐利羽秀樹を廃屋に引きずり出すことだ。全力で実現させろ」
(今のところノーミスの完璧!これならきっと……!)
「よし決めた!!」
佐利羽秀樹は胸の前でパンと手を合わせた。その顔には今までで一番の笑顔が張り付いていた。
「オッキーニくんの期待に応えるとしよう!」
「じゃあ!!」
「恩には恩で、仇には仇で返ささせてもらう……!!」
ジャキ……
「………へ?」
一斉に周りの組員達が銃を取り出し、それをフレデリックに向けた。
「こ、これはどういうことでしょうか?愚かなわたしにもわかるように教えて頂ければ幸いなのですか……」
「組長の言った通りじゃ。仇には仇で返すつもりってだけじゃ」
渡辺が銃を突き付けたままフレデリックの前に移動すると、もう一方の手を顔の横に持ち上げた。その手には小さなボタンのような丸い物が摘まれている。
「それは……?」
「この期に及んでしらばっくれるか?お前がスーツの襟に隠していた盗聴器兼発信器じゃ」
「盗聴器兼発信器……」
瞬間、フレデリックの脳裏に木原と初めて会った時のことが鮮明に甦った!
「あと襟が変になってますよ」
「え?」
「じっとしててください。すぐに……はい、直りました」
(あの時かぁ!!)
そこからはあっという間、一気に点と点が線となって繋がっていく。
(ロニー先輩に襲われた時も、これでぼくを監視していたんだな!あとオッキーニの時も、私服のどこかに……あの人は本当に!!)
プライバシーなどお構い無しの木原の行動に憤り、ワナワナと震える。
「びびって震えてるのか?みっともないのう」
チャキ……
「――ッ!?」
「良かったの……震えが止まった……!」
渡辺が冷たい銃口を火照ったフレデリックの額に当てると、ピタリと震えが収まった。
「弁明あるか?こんなちんけな機械でわしらの腹を探ろうとした弁明は……!」
床に盗聴器兼発信器を落とすと、そのまま勢いよくガチャンと踏み潰した。
「よく靴下だけなのに踏み潰せましたね……さすが佐利羽組……」
「ほう……まだそんな舐めた口が訊けるのか……」
「いや、その……盗聴器のことはマジで知らなかったんです。信じてもらえないと思いますが、マジで」
「へぇ……本当に思った以上に……強気じゃのう!!」
「ひっ!?」
渡辺が引き金にかけた人差し指に力を込めた!その時!
「待て!!」
突然渡辺を制止する声が響いた!相変わらず笑顔の佐利羽秀樹の声が。
「組長……」
「まぁ、落ち着け。お前達も銃を下ろせ」
「……へい」
組長の命に渋々応じ、組員達はこれまた一斉に銃を下ろした。
「悪かったな、オッキーニくん。うちの連中は気が短くて」
「い、いえ、助かりました」
死の恐怖から解放されたフレデリックはほっと胸を撫で下ろした。
「ところで少しドライブをしないかい?」
「……はい?」
「ほら、ここだと汚した後の片付けが大変だろ?だから……ね?」
今まで一番口角の上がり、目尻の下がった佐利羽秀樹の顔。その目の奥底に怒りと敵意の炎が渦巻いているのをフレデリックは感じ取った。
「全然助かってなかったよ!ちくしょう!!」
フレデリックの悲痛な声が庭の池に空しく波紋を作った。