花火
「で、わたしに伝えたいこととは何かね、オッキーニ?」
「ボス……」
アンラ・マンユとの戦いの翌日の夜、とあるビルの一角で顎を赤黒く腫らしたオッキーニは彼の所属するアルティーリョファミリーのボス『ヴァレリアーノ・ウンギア』と対面していた。
もちろん二人っきりというわけではなく、周りにいるボスの側近、護衛達にオッキーニは緊張していた。
いや、違う。彼の心を蝕んでいるのは、目の前にいる男達ではない……。
「わざわざわたしの耳に直接入れたいとは、それなりの情報だろうな?」
「うっ!!?」
ソファーの上で葉巻の煙を燻らせるボスの眼光は僅かにオッキーニの決意を揺るがした。しかし、覆せるほどのものではない。
「あの……刑事のロニー・マクルーアという男をご存知ですよね……?」
「……何回かあったことあるな。うちに有利な警察内部の情報を流してくれる便利な奴だった。つい最近死んだらしいが」
「そのロニーを殺した奴が判明しました」
「ほう……そいつにお前もやられたわけか」
ヴァレリアーノは自らの顎を撫でて、目の前の部下の怪我を揶揄してみせた。
「はい……恥ずかしながら……」
「んで、わたしに頼んでファミリー総出で敵討ちをしてくれと頼みに来たのか?そんな情けない人間はうちにはいらんぞ……!!」
「ひっ!!?」
ヴァレリアーノの顔が一気に険しくなると、オッキーニはお手本のような狼狽え方をした。
できればここから全てを投げ出して、逃げてしまいたい……そう心の中で強く思っても、彼にはできない理由があった。
だから、彼は覚悟を決めて、悪魔からの伝言を伝えるために、重い口を開いた。
「ち、違います!そいつからボスにメッセージを預かっているんです!」
「わたしへのメッセージ?」
「そ、その紫のピースプレイヤー……名前は確か……『アーリマン』はあのその……」
「……何だ?はっきり言わねぇか?」
「アーリマンが、おれじゃなくアーリマンが言ったんですけど!」
「わかってるつーの!早く言え!!」
「アーリマンが!俺の靴を舐めて、全財産とアルティーリョファミリーのボスの座を明け渡せば、命だけは助けてやるって言ってました!!」
「「「……………」」」
「………は?」
パキッ……
凍りついた静寂の空間に、葉巻が折れる乾いた音だけが響いた。
「て……てめえ!!」
「何言ってるのかわかってんのか!!」
「よくも拾ってくれたボスに向かって、そんな言葉を!!」
「――がっ!!?すいません!すいません!!」
怒りに理性を奪われたのは、ヴァレリアーノの護衛達であった。尊敬するボスを馬鹿にされた彼らはオッキーニに殺到し、もみくちゃにする。
「オッキーニよ……喧嘩に負けることはある。百戦百勝の人間なんてのは存在しない。誰だって負けて強くなるんだ。だから別に敗北を恥じることはない。だけどよ……ちょっと痛めつけられたくらいで、そこまで落ちぶれるか……!!」
「ひぃぃ!!?」
側近から渡された新たな葉巻に火を着けながら、ヴァレリアーノは巨大マフィアを統べるボスに相応しいプレッシャーを迸らせた。最早どんな言い訳も彼には通じない、つまりオッキーニは万事休すである。
「すいません!すいません!でも!でも!おれには選択肢は!!」
オッキーニもこうなることは最初からわかっていた。だが、彼は一縷の望みにかけるしかなかったのだ。今も悪魔の手のひらに心臓を握られている彼には……。
ビリッ!!
「「「…………え?」」」
「……は?」
オッキーニの着ていた服が護衛に引き千切られると、世界は再び静寂に包まれた。
服が破れたことに驚いたわけではない。
服の下のオッキーニの身体にコードやメーター、得体の知れない機械がまとわりついていたことに言葉を失ったのである。
「てめえ……それは……」
「すいません……ボスが要求を飲んだら解除してくれるって!ボスが受け入れないってわかってたけど、おれ死にたくなくて!!」
「バカ野郎が!!」
ドゴオォォォォォォォォォン!!
オッキーニは、正確には彼が身に付けていた爆弾が爆発した!衝撃で近くにいた護衛を細切れの肉塊に変え、一瞬で部屋中を炎で包み込んだ。
「……ぐうぅ!!くそったれ……!!」
炎と黒煙の中、一体のピースプレイヤーがよろつきながらも立ち上がった。発せられた声からして装着しているのはヴァレリアーノ・ウンギアのようだ。そのおぞましい雰囲気、デザインラインはどこかあの紫の悪魔を彷彿とさせた。
「『アカ・マナフ』の装着がギリギリ間に合ったか……アーリマンだかなんだか知らねぇが、ふざけた真似をしやがって!」
肩で息をしながら、アカ・マナフはどこからともなくペンダントを取り出した。
「まさか佐利羽組か、それとも奏月に雇われて、これを奪おうとしたのか?だが、奪うんなら爆弾なんて……なら、奴の差し金、邪魔になったわたし達を始末するつもりか?」
「……その話、興味深いな」
「!!?」
突如として聞こえた聞き覚えのない声の方を振り返ると、そこにはこの惨劇を起こした元凶、アーリマンことアンラ・マンユが立っていた。
「……紫のピースプレイヤー……貴様がアーリマンか……!!」
「アーリマン?少し違うが……本来の名前は覚え易そうで、そうでもないからな。そっちが気に入ったというなら、それで構わない」
「こっちとしてもお前の名前などどうでもいいんだよ……!何が目的だ!?何のためにこんなことをするんだ!?」
「暇潰し」
「な!!?」
「……のつもりだったが、今のあんたの一人ごとを聞いて、考えが変わった。なにやらこの街の闇は私の想像以上に深そうだ」
アンラ・マンユは燃え盛る炎の中心で、楽しげに肩を揺らす。
その姿は百戦錬磨のヴァレリアーノの身体に悪寒を走らせた。
「お前は……お前は本当に何者なんだ?」
「名も無き悪。もしくは社会のゴミを素敵な花火に変える職人かな」
「このくそ虫がぁぁぁぁっ!!」
アカ・マナフは剣と盾を召喚して、アンラ・マンユに飛びかかった!
「この威圧感、さすがマフィアのボス。マシンもどうやら特級……これは苦戦は免れないな」
キン!
「な!!?」
「万全の状態が相手だったらな」
アンラ・マンユはあろうことか人差し指と中指の二本だけで、全力で撃ち込まれたアカ・マナフの剣を挟んで止めてしまった。
「至近距離で爆発を受けて、軽い脳震盪でも起こしているんじゃないか?あまりにスローモーション過ぎて、逆にタイミングを取るのが難しかったぞ」
「この!!ガキが生意気を!!」
怒りに身を任せて盾を振り上げる!けれど、指摘された通り、それに勢いやキレは感じられなかった。
「のろまが」
ザシュッ!!
「――がはっ!!?」
紫の指先がアカ・マナフの身体に潜り込んだ。そして……。
「さらばだ偉大なボスよ」
ビシュウッ!!
「――ッ!?」
フィンガービーム発射!指先から発射された光線がヴァレリアーノの内臓を焼き尽くした!
彼の命、そしてエルザシティ三大マフィアの一角、アルティーリョファミリーの最期である。
「お前の死が巻き起こすカオスを私の成り上がりのために大いに利用させてもらうぞ」
脱け殻となった身体を投げ捨てると、アカ・マナフは指輪の形に戻った。
「せっかくだからこれも貰っていこう。何かの役に立つかもしれんし。もちろん興味深いペンダントも頂いていく」
アンラ・マンユは慣れた手つきで目当てのものを回収すると、割れた窓に目を向ける。
外からはサイレンの音と野次馬の声が聞こえて来た。
「少し花火が派手過ぎたな。だが、私の新たな野望のスタートとしては、これくらいはしないと」
そう満足気に呟くと、変形したドアを蹴破り、灼熱の部屋から出て行った。