オリジンズ駆除 その③
「しゃがんで!!!」
「えっ?」
「キリィィィィィッ!!」
ザンッ!!
オリジンズはその腕から生える鋭利な鎌で薙ぎ払った!
薄く鋭い刃と凄まじいパワー、スピードが組み合わさった一閃はこの森に何十年、いや、もしかしたら何百年と君臨していた木の太く硬い幹をいとも簡単に横断する。
「神代さん!!?」
飯山は叫んだ!彼の上司の名前を!その声に返事は……。
「大丈夫だ……よっと!!」
飯山の指示に従い、しゃがんだことでギリギリ事なきを得たフジミはそのまま更に地面に手を着け、頭を前に下げ、代わりに片足を天に向かって蹴り出した!
ガァン!
蹴りは見事にオリジンズのボディーにクリーンヒットをした……したが。
「キリ……」
「か、硬い!?」
オリジンズの強固な外骨格には傷一つつけることもできず、逆に攻撃した方であるフジミの足を痺れさせた。
「だったら!ルシャットピストル!!」
バン!バン!バァン!!
拳銃を呼び出しながら、白と藤色のルシャットは反転、そのまま至近距離で銃弾を襲撃者に浴びせかける。
「……これも効かないの……!?」
けれど、これも効かない。弾丸は全て弾き返され、オリジンズではなく周囲の木や地面に穴を開けた。
「キリ?」
「こいつ……!」
ただフジミが何をしているのかわからないのか、はたまた挑発しているのか、オリジンズは首を傾げた。
理由はどうあれその行為はフジミのような血気盛んな人間を焚き付けるには十分すぎるものである。
「獣風情が!舐めた真似をしてるんじゃないよ!!」
ガァン!
「くっ!?」
怒りに身を任せて放った拳はオリジンズの頭部に直撃したが、今までと同じくこの強靭な獣にダメージを与えることはなかった。
「なら……ルシャットナイフ!!」
フジミは怯むことなくパンチを撃った方とは逆の手に今度は刃物を召喚し、躊躇なく突き出す!しかし……。
ガギャン!!
「――ッ!?」
これもやっぱり通じない。ナイフは外骨格に触れた切っ先から稲妻のように亀裂が走り、そのまま砕けてしまった。
「こいつ……強い……!!」
怒りに燃えていたフジミの心から急速に熱が消えていく。数々の修羅場をくぐり抜けて来た彼女だが、ここまで攻撃を当て続けてもびくともしない相手は初めてだった。
そして、その彼女の心の動きを見透かしたのか、はたまたさすがに鬱陶しくなったのか、大人しく攻撃を受け続けていたオリジンズが再びその腕の凶器を振り上げた。
「キリィィィィィッ!!」
鎌はまた横に薙ぎ払われた。先ほどは飯山のおかげで回避できたが、今回は……。
「見えていれば!」
今回も避けることができた。
軽く後ろに跳躍するとフジミの目の前を鎌はむなしく通り過ぎて行った。言葉通り、彼女には不意を突かれなければ対処できる程度の攻撃だった。
そう、不意を突かれなければ……。
「キ……リィィィィィッ!!!」
「なっ……!?」
オリジンズの腕は突然ストップしたかと思うと、凄まじい速度で逆方向に動き始める。人間の技でいうところの“裏拳”を繰り出したのだ。
刹那、回避は困難だと判断したフジミは咄嗟にガードを固め、衝撃に備える。
ガギッ!!
「ぐうぅ……!!?」
備えがあることと、実際に耐えられるかは別問題。獣の裏拳を食らった腕の装甲にはひびが入り、衝撃を殺しきれなかったルシャットは吹っ飛んだ。
「がはっ!?」
木に叩きつけられ、そのまま地面に落下する。それでも直ぐに起き上がり、反撃の体勢を整えようとするが……。
「キリィィィィィッ!!」
「!?」
顔を上げると既にオリジンズの方が追撃の準備を終えていた。
(ヤバい……あの鎌はルシャットⅡの装甲では防げない……)
死を意識した瞬間、時間の流れがゆっくりに感じると聞いていたが、神代藤美はそれが事実だということをその身で体感して理解した。
不死身のフジミが“死ぬ”と思ったのである。
(ワタシ……終わったかも……)
振り下ろされる鎌は彼女の目にはスローモーションに見えていたが、現実には絶対に避けられないと確信できた。
「どっせいっ!!!」
ゴォン!!!
「キリィィィッ!!?」
「――!?い、飯山!?」
不意に強烈なタックルを食らって、オリジンズの姿がフジミの視界から吹き飛んだ。その代わり部下の姿が、黄色の竜の姿が彼女の瞳に映る。
「大丈夫ですか!?神代さん!?」
「ワタシは平気だ……助かった……!」
フジミは立ち上がり、視線を飛んで行ったオリジンズに向ける。
「キ、キリィィ……」
ルシャットの攻撃をことごとく防いできたオリジンズの外骨格には亀裂が入り、血液がにじみ出ていた。
「あいつ、ダメージを受けているぞ!ドレイク……いや、飯山、あんたのパワーなら奴を倒せる!そのまま決めろ!!」
「は、はい!!」
上司の命令に従い、飯山ドレイクはオリジンズに突進して行った。
オリジンズの方はというと、まだ事態を飲み込めていないのか、ただ立ち尽くしているだけだった。
「ぶちかませ!飯山ぁ!!」
「オオォォォォォッ!!」
飯山が拳を振り下ろした。彼の人並み外れた膂力をドレイクが更に増幅させ、圧倒的な破壊力を生み出す!
「痛い……!痛いよ!?」
「――ッ!?」
拳がオリジンズに当たろうとした瞬間、飯山の脳裏に泣きじゃくる子供の顔がフラッシュバックした。
すると、拳はオリジンズの寸前で止まってしまった。拳をそれ以上前に出せなくなってしまったのだ。
「飯山!?何をやっている!?」
必死に呼びかける上司の声も今の彼には届かない。身体も心も硬直してしまって、自分ではどうにもならないのだ。
「飯山!!オリジンズは既に回復している!!来ているぞ!!」
「……えっ!?」
「キリィィッ!!」
フジミの言葉で自分自身のコントロールをなんとか取り戻したが、僅かに遅かった。
完全にオリジンズの致命の一撃の射程内に入ってしまっている。
「しまっ……」
「目を瞑れ!!」
「ッ!?」
先ほどとは逆に飯山は反射的に上司の指示に従った。
「ハイパーフラッシュ!!」
ドレイクの後方で飛び上がったルシャットⅡの胸元の装備から強烈な光が放たれた。
「キリィィィィィッ!!?」
オリジンズの視界は真っ白に塗り潰され、生物としての本能からか攻撃を取り止め、丸まってしまう。
「飯山!一旦、引くぞ!!」
「は、はい!!」
フジミと飯山、二人は一目散にオリジンズから逃げた。追撃を与える術を持たない彼女達には情けないが今、唯一与えられている選択肢はそれしかなかったのだ。
「はぁ……はぁ……ここまで逃げれば……大丈夫かな……?」
「はい……」
オリジンズの姿が見えなくなったことを確認すると、一際大きな木の横でフジミと飯山は立ち止まった。
「ちょっと風に当たりたいね……一回、脱ぐか……」
「自分も……」
二人が武装を解除すると、先ほど話していた予想通りの冷たい風が肌を冷やした。だが、今は火照った身体にそれが心地いい。
フジミはそのまま座り込み、木の幹に身体を預けた。
「あの……助けていただいて……ありがとうございました」
「それはいいっこ無しだよ。ワタシ達はチームなんだし、先に助けられたのはワタシの方だ。どうしてもお礼を言いたいなら、ルシャットに目眩ましを付けてくれたアンナに言ってあげて」
礼を言う部下に対して、上司は手を振って、必要ないと返した。フジミからしたら当たり前のことであり、何よりまだ何も終わっていない。
「はい……無事に帰れたら、その時は……」
「で……あんたには聞きたいことが色々あるんだけど……」
「……はい」
空気が更に冷えたように感じた。複雑な感情が入り乱れるフジミの声色が、飯山の顔を曇らせる。
自分のやったことの愚かさを誰よりも理解しているのは飯山自身だ。
「まずは……あのオリジンズについて、何か知っている?」
「あれは『キマティース』、一応中級オリジンズに分類されています」
「一応?」
「オリジンズは全身を人間の精神に反応する物質で構成された“特級”以外は様々な要因で上級から下級に分けられるんですけど、その内の一つに人間に対して害があるか、危険かというものがあります」
「それでいつもああだこうだ揉めてるわよね」
「キマティースもその揉めている一匹です。あれは普段は大人しいんですが、“出産”する時はかなり攻撃的になるんです」
「出産……まさか!?」
飯山はコクリと首を縦に動かした。
「あの個体は妊娠しています。直接見たのは初めてですが、資料で見た妊娠状態と下腹部の膨らみ方が一緒でした」
「マジか……」
フジミは頭をコツンと軽く木の幹に当てて、天を仰いだ。事態は彼女の想像よりも遥かに悪かったのだ。
「出産の時に荒れるのは他のオリジンズでもあることですが、キマティースは特に強烈なので、“上級”にした方が……と、議論されているんですよ」
「そう……あと、どれくらいで生まれる?」
「……もうすぐかと」
「子供の数はどれくらい?凶暴なのか?」
「数十匹が一気に生まれます。オリジンズは大気からエネルギーを得ることができるので、基本的に一部の趣味嗜好で行うもの以外は、他の生物を殺害、補食はしないんですけど、生まれたての子供は違います。身体を早く大きく強くするために大なり小なり食事を取ります。キマティースの子は……残念ながら、かなりの大食らいです」
「確か……出産したあとや大きな傷を負った場合も消費したエネルギーや受けたダメージを回復するために食事をするんだったわよね……?」
「はい……ですから母親の方もきっと……」
「この森の生態系はもちろん、街に出たらかなりの人間が被害に会うわね」
「……はい」
空気がより重く沈み込む。全ての質問に考えうる最悪の答えが返ってくればそうなってしまうのも無理はないだろう。
「ふぅ……話をまとめるとあのキマティースとやらが出産する前に処理するべきってことになるが……」
「はい……」
「ワタシ達にはその手段がない……まぁ、あんたが今度はきっちりとどめを刺せるっていうなら別だけどね」
「ッ!?」
飯山は目を伏せ、拳をギュッと血が出るほど握りしめた。こうして面と向かって言われると情けなさと自分への怒りで気が狂いそうになる。
「聞かせてくれる?あんたがさっき……いや、さっきだけじゃなく宝石強盗の時も攻撃を中断したけど……何があんたにそうさせる?」
優しく子供を諭すようなフジミの問いかけに飯山はその重い口を開いた。