侵食する悪③
「…………危うくキング・オブ・うっかりを襲名するところだった……」
世にもアホらしい死に方をするところだったが、ギリギリで過ちに気付けたおかげでかろうじて回避、肩の装甲を抉られるだけで済んだ。
(強力な攻撃を避けるのではなく、あえて受けてやることで、相手の無力感を煽り、心を揺さぶるかつてのマシンの特性を最大限生かした基本戦法がここまで身体に染み付いているとは……!)
紫のマスクの下では、冷や汗が滝のように流れていた。マジで本当に危うく三途の川を渡るところだったのだ。
(早く今のマシンに、アンラ・マンユに慣れなくては、私の覇道は……)
「間一髪だったなアン、アン……まぁ、名前なんてどうでもいいか!!すぐにこの世から消滅するんだからよ!!」
ドシュウゥゥゥン!!
バルランクス改は再びご自慢のエネルギー弾を放った!しかし……。
「下らない勘違いをしなければ……問題ない!」
ドシュウゥゥゥン……
「ちっ!!」
先ほどとは打って変わって、アンラ・マンユは素早く回避運動を取り、エネルギー弾は星一つ見えないエルザの夜空に吸い込まれていった。
「くそ!!だが!威力だけじゃなく連射性もすげぇんだよ!オッキーニカスタムは!!」
バルランクスはその言葉が真実であることを証明するように引き金を立て続けに引いた。
ドシュウゥゥゥン!ドシュウゥゥゥン!!
「下手な鉄砲も数撃てば当たると言うが……どうやら違うようだな」
「この!!」
けれども油断を取り払った紫の悪魔には通じず。かなり余裕を持って躱されてしまう。
「バカの一つ覚えみたいに、それしかできんのか?」
「それを言うならてめえだって、ちょこまかと逃げることしかできてねぇだろ!!」
ドシュウゥゥゥン!ドシュウゥゥゥン!!
(……一理あるな)
確かに最初の一発以外は危なげなく回避しているアンラ・マンユだったが、反撃に転ずることはできていなかった。
それも全てマスク裏のディスプレイに並ぶ“現在使用不可”の文字のせい……。
(こちらも遠距離武器があるなら、撃ち合いで対抗するところだが、今のところアンラ・マンユにはそんな便利なものはない。となると、接近戦に持ち込みたいが……)
攻撃を避けるために、空中で逆さまになりながら、バルランクスのエネルギー弾を放つ右手の銃……ではなく、もう一方の沈黙している左手の銃に視線を向けた。
(あの形状からすると、多分あれは散弾銃。近づいてくる相手を広範囲に広がる弾丸で迎撃するためのもの。脳ミソまで筋肉のような見た目の割に考えているじゃないか。マシンも中身もあの三下刑事よりも格上……嫌になるな)
木原はオッキーニの強さを認め、さらに気を引き締めた。
(こうなるとマシンに慣れてないことや、いまだに残るブランクがきついな。それさえなければ、ショットガンも避けて、奴に攻撃を叩き込めるのだが。リスクを負わずに奴を攻略する都合のいい方法は何かないものか……)
「え?」
アンラ・マンユが辺りを見回すと、物陰に隠れていたフレデリックと目が合った。
「フレデリック刑事、良かったら私のシールドになってくれまいか?」
「いいわけないでしょ!!!」
新人刑事の魂の叫びが闇夜にこだました。
(冗談はさておき……あの威力なら本物のピースプレイヤーの盾でも並みのものなら貫いてくるだろうな。やはりリスクを負わねば、勝利は得られんか!!)
「オラァ!!」
「ええい!なるようになれだ!!」
ドシュウゥゥゥン!
アンラ・マンユは横や後ろに移動することに集中していた推進力を前方への突進力に変換した!
紫の悪魔は文字通りあっという間にバルランクスの懐に潜り込んだ!しかし……。
「甘いぜ、アンなんとか!!」
ババババババババババババババッ!!
「ちっ!」
予想通りのショットガンのお出迎え!せっかく間合いを詰めたというのに、紫の悪魔は全力のバックステップでターゲットから離れた。
(チンピラの分際で反応が速いじゃないか。それに比べて私ときたら……)
紫の装甲をなぞると、今までにないへこみを指に感じた。散弾を完全に避けきれなかったのだ。
(予想できていた攻撃を完全回避できないとは、思っている以上に勝負感が鈍っているな……取り戻すためには時間がかかりそうだ。まぁ、そもそもこいつを倒さないと、時間もくそもないのだが……)
ドシュウゥゥゥン!!
「おれを倒すための考え事か!?その様子じゃ芳しくねぇみたいだな!!」
(こんな奴に戦いの主導権を握られ、心まで見透かされるとは……なんたる屈辱……!!)
木原は苛立ちを募らせた。今の彼にはそれだけしかできなかったのだ。完全に手詰まりの状態に陥っていた。
(このまま回避を続けて、奴のエネルギー切れを狙うか?いや、今の俺では集中力がもつかどうかも怪しい。ヤバいな……何もいい案が思いつかない。天啓でも降りてこないもんか……)
『“フィンガービーム”解禁しました』
「!!?」
突然の天啓!……ではなく、淡々とした電子音声が耳元に流れた。
「今の声……アンラ・マンユのシステム音声か!?それともまさかこいつにも戦闘補助AIが積んであるのか!?」
「…………」
耳元に手を当て、必死に呼びかけるが返事が返ってくることはなかった。
「おい!答えろ!!」
「…………」
必死に呼びかけるが返事が返ってくることはなかった。
「おい!無視をするな!!」
「…………」
返事が返ってくることはなかった。
「べちゃくちゃ喋るピースプレイヤーなど、ウザいだけだろと内心笑っていたが、無視されるより遥かにマシだったな……」
返事を諦めた木原はディスプレイに目を向けた。
「だが、何にせよ武装が一つ解禁されたのは、ありがたい。しかも今の状況にお誂え向きの……射程持ちだ!!」
アンラ・マンユは手を拳銃の形にして、人差し指の先をバルランクス改に向けた。
「フィンガービーム……発射」
ビシュウッ!!
紫の指先から一筋の光が撃ち出された!それは闇を切り裂きながら、ターゲットに迫り、そして!
ビシュウ……
その横を通過した。
「はっ!撃ち返してこないから、第四世代のアンティークかと思ったら、ちゃんとあるじゃねぇか遠距離武器!!だが狙いはダメダメだったな!!」
「くっ!」
「射撃ってのはこうやるんだよ!!」
ドシュウゥゥゥン!!
「人のことを言えないだろうが」
「この!!」
エネルギー弾を避けるアンラ・マンユ。その頭の中では先ほど射撃失敗を思い返していた。
(外れたのはマシンのせいではなく、俺自身のせいだ。指から発射する攻撃なんて初体験だからな。これも慣れるまで時間がかかりそうだが……そんな時間はないよな)
ドシュウゥゥゥン……
(近い)
「ようやく読めて来たぜ……てめえの動き!!」
顔のすぐ横を圧倒的な熱量が通過する。オッキーニもオッキーニで紫の悪魔の動きを見切り始めていた。
(この分だと奴が私を捉える方が早いな。ならばあまりスマートなやり方じゃないが……)
アンラ・マンユは拳銃の形をした右手をパッと開いた。
「質より量で勝負させてもらおう……フィンガービーム……ファイブ」
ビビビビビシュウッ!!
「何ぃ!!?」
五本の指から一斉に光線が発射される!縦に並んだ光のうち四つはまたバルランクス改の横を通り過ぎたが……。
ビシュ!ガシャン!!
「しまった!!?」
小指のビームだけが銃を僅かに掠り、主人の手のひらから弾き出した。
その瞬間、オッキーニの意識が紫の悪魔から愛銃に移動した。その隙を悪魔は見逃さない。
「この程度取り乱すとは……所詮はチンピラか」
「な!?くそ!!」
一瞬で懐に入り込んだゴミを消し飛ばそうと、散弾銃を向けようとするが……。
パシッ!
簡単に払いのけられ……。
ドゴォン!!
「……がはっ!!?」
無防備になった腹部に、今までの鬱憤を全て乗せたような強力なボディーブローを叩き込んだ!
バルランクス改は強制的に肺の中の空気を排出させながら、身体を“く”の字に曲げた。そして下がった顔に……。
ドガァン!!
「――ッ!!?」
アッパーカット炸裂!首を跳ね上げると、そのままオッキーニの意識さえもどこかに飛ばしてしまった。
「まぁ、お前程度にここまで手こずる私も大概だがな」
マスクの下の木原の顔に笑顔はなかった。この戦いは彼にとって反省すべきことがあまりにも多すぎた。
「大丈夫でしたか!?」
勝負が決したと判断したフレデリックが物陰から飛び出し、小走りで駆け寄って来た。
「あぁ、使いこなすには時間が必要だが、牽制用としては申し分ない。できることなら、適当なピースプレイヤーに撃ち込んで威力を確認しておきたいが」
「指からビームの話じゃなくて!!」
こちらを見つめるフレデリックの眼差しは真剣そのものだった。真剣に木原史生のことを案じていた。
その顔を見ていると、自然と口角が上がった。
「フッ……問題ない。あれだけやったのに、結局奴の攻撃は一度も私にクリーンヒットしていない。最初の一撃はヤバかったが……アンラ・マンユがダメージを受けたのは今回が初めてだから、修復スピードは正確にはわからんが、長く見積もってもこのくらいなら一日もすれば直るだろう」
そう言いながら愛機を指輪の形に戻す。火照った身体に夜風が気持ち良かった。
「本当に……大丈夫そうですね」
いつもの火傷跡以外の傷が見当たらない木原の姿を見て、不安の色で染まっていたフレデリックの顔が安堵で塗り替えられた。
「私のことなんか心配するなんて、お人好しだな」
「命を助けてもらいましたからね、一応」
「しかも二回も」
「はい。三度目はないことを願っていますが……それよりも」
フレデリックの顔が再び不安に染まり、目線が倒れているバルランクス改に移動した。
「どうするんですか、彼?」
「正直まだ何も考えていないが……」
「殺すんですか?」
「必要とあらば。だが、今のところは……うーん」
首を傾げ、戦闘で疲弊している脳ミソに鞭を打ち、妙案をひねり出そうとする。その時!
「あっ!」
彼の邪悪な頭脳が最悪の答えを導き出した!口角はさらに上がり、その顔はまさに悪魔、いや魔王と形容してもいいほど恐ろしいものになった。
「今度こそ本当に天啓だ……最高の案が降りて来た……!」
「絶対ろくでもないことだろうな……」
「恥を忍んでゴミ漁りをした甲斐があったというものだ……!」
「早く家に帰って、アイス食べたい……」
フレデリック・カーンズは虚ろな目で夜空を見上げ、現実から逃避した。