侵食する悪②
「ありがとうございました」
コンビニの自動ドアが開くと、落ち着きを取り戻したフレデリックが出て来た。手にはビニール袋を下げて。
「ぼくってなんてお人好しなんだろ……」
ビニールを覗き込むと、カップアイスが二つ入っている。自分と自宅を不法占拠している彼の分だ。
「まぁ、うまそうだから半分寄越せって言われたら、嫌だし、命の恩人だから断れないし……これぐらいはいいかな」
アイスの一つ二つで迷っていることが虚しくなったのか、気持ちを切り替え、自宅に歩き出そうとする……が。
「フレデリック・カーンズだな?」
「……え?」
目の前に山のような大きな体躯をした見るからに悪そうな男が立ちはだかった。
「えーと……人違いじゃないですか?……なんて通じませんよね?」
「あぁ、下らない嘘はやめておいた方がいい」
「じゃあ……ぼくがフレデリック・カーンズですが、何か?」
「ここじゃなんだから人気のない所で話そう」
「できればそれは避けたいのですが……」
「悪いが、あんたに選択権はねぇんだわ」
「ならせめてアイスが溶けるので、一旦自宅に戻ってもいいですか?冷蔵庫にぶち込んで来るだけなんで、お時間取らせません」
もちろんそんなことを提案したのはアイスのためではなく、自宅にいる木原に助けを求めるためだ。フレデリック渾身にして決死の一手だったのである。しかし……。
「駄目だ」
あっさりと却下された。
「ですよね……」
「もしおれの質問に正直に答えてくれるなら、今持ってる奴よりも上等なのを好きなだけ買ってやるから、ごちゃごちゃ言わずについて来い」
「……はい」
「ここだ」
「なんていうか……期待を裏切らない場所ですね……」
フレデリックが渋々連れて来られた人気のない河川敷、橋の下であった。彼の見てきたドラマでは大体ここで行われるのは、ろくなことじゃない。
「じゃあ、まずは……自己紹介がまだだったな。おれは『オッキーニ』。『アルティーリョファミリー』の鉄砲玉なんて呼ばれている」
「アルティーリョファミリーですって!!?」
緊張で全身を強張らせていたフレデリックの硬度がさらにもう一段階上がった。そうならざるを得ないほどの単語だった。
「刑事さんなら、さすがに知っているか」
「刑事だからとか関係ないですよ。いやエルザシティの住人にとって、その名前はそれだけ重く、恐ろしいものです。『佐利羽組』と『奏月 (そうげつ)』と並ぶこの国の三大マフィアの一角は……」
「おれとしてはうちがぶっちぎりナンバー1で、他の二つは三段落ちくらいだと思っているんだが……今日のところはよしとしよう。改めて……てめえに訊きたいことがある」
「うっ!?」
期待通りにびびってくれた刑事さんに満足して緩んだオッキーニの顔が一瞬にして引き締まった。鋭い眼光に射抜かれたフレデリックは情けなくもさらに萎縮してしまった。
「そ、それでそのマフィアの鉄砲玉さんがぼくに何を訊きたいんですか……?」
「お前の先輩、先日死んだロニー・マクルーアについてだ」
「ロニー先輩についてですか……」
「あまり驚かないな。マフィアであるおれからその名前が出てくることに反応すると思ったが」
「最近は警察の方でも先輩のことばかり訊かれていたんで、今回もそうなのかなぁって。でも、考えてみれば不思議ですね。あの人がアルティーリョの捜査に関わったなんて話も聞いたことないですし……なんか混乱してきた……」
髪をかき乱し、次から次へ与えられる情報を処理し切れずにいる……ようにフレデリックは見せかけた。
だが、実際のところ彼は至って冷静であった。
(ぼくがロニー先輩の裏の顔を知っていることを、このオッキーニとやらには知られるべきじゃない。警察で報告した時のように途中まで真実を話して、肝心なところははぐれていたのでわかりませんで通そう)
フレデリックは腕を組み、怪訝な顔をして、今まさに色々と思い出していますよ……みたいな風に装った。
「警察の調書で言ったことの繰り返しになりますけど、ひったくり犯と遭遇して挟み撃ちにしようと別れたんですけど、慣れない路地裏で迷ってしまいまして、見つけた時には、顔では判別できないほどのぐちゃぐちゃに……ぼくが一緒だったらもしかしたら……!!」
最後に一芝居、先輩の死を悲しんでいる健気で責任感の強い後輩の振りをして報告を終えた。
「なるほどな……」
オッキーニもまた腕を組み、ウンウンと頷いた。それを見て、フレデリックは「よっしゃあ!!うまくいったぜ!!」と心の中でガッツポーズをした……が。
「お前、嘘ついてるだろ?」
「はい。ぼくは……え?」
「だからホラ吹きやがっただろって言ってんだよ……!!」
オッキーニの目は血走り、今にも掴みかかって来そうなほど荒ぶっていた。
「な、何をおっしゃいます……ぼくがあなた様に嘘なんて……」
「こちとら仕事柄、色んな奴と対峙して来たんでな……マジでびびってる奴とそうじゃない奴の区別くらいできるんだよ……!」
「こ、こんな状態のぼくが怖がってないと……?」
「今はマジだが、さっきまでは“振り”だ。お前、見た目と違って、かなり肝が据わってるだろ?」
「まぁ……こう見えて刑事ですから……」
「だが新人だ。修羅場を経験してないような奴が、このおれ相手にそこまで冷静で居られるわけがねぇんだ。それができるのは頭のネジが飛んでいる奴か……もっと恐ろしい存在と相対したことがある奴だ……!」
「!!?」
フレデリックの脳裏にあの時の惨劇が、狂気とロニーの血にまみれるアンラ・マンユの姿が甦った!すると自然と身体が小刻みに震え出す。
「その反応……やはりお前はあの現場に居合わせたんだな?あいつを殺した奴を知っているんだな?」
「ぼくは何も……」
「そいつに口を割るなと脅されているのか?ならば、より強い恐怖で上書きして、従わせるとしよう」
オッキーニは拳をポキポキと鳴らした。
「ロニーの奴とは世話したりされたりのいい関係を築けていたんだ……!立場は違ってもおれ達は兄弟分だったんだ……!だから奴の仇を取るためなら、何だってしてやる!!」
「ひっ!?」
「デジャブだな」
「「!!?」」
オッキーニの拳がフレデリックの顔面を撃ち抜こうとした瞬間、突如として声が響き、すんでのところでパンチを止めさせた。
「この声は……」
「どこの誰だ!!隠れてないで出て来やがれ!!」
「言われなくてもそうするつもりさ」
橋の上から紫色の悪魔が降ってきた!アンラ・マンユ颯爽と登場!
「きは……!」
「ん?」
「――むぐっ!!?」
真紅の二つの眼で「余計なことは言うな、バカ」と凄まれて、フレデリックは慌てて口を両手で覆った。
バカを制止できたことを確認すると、アンラ・マンユは臨戦態勢の鉄砲玉に目を向けた。
「あんたは?」
「私はアンラ・マンユ。君が探していたロニー・マクルーアの殺害犯だよ、オッキーニ君」
「おれの名前を!?」
「悪いが君達の会話を盗み聞きさせてもらった」
挑発するように耳元をトントンとノックしてみせた。
「てめえ……!!だが、それなら話が早い。おれの目的を知って、事実かどうかはわからんがロニーを殺ったと口にしたからには、何をしに来たかは明白……」
「償いに来たか戦いに来たかだな」
「どっちだ」
「あんなゴミを殺して、なぜ私が謝らなきゃならんのだ?」
「……そうか……てめえが真犯人でもただのバカでも死刑決定だ!!」
オッキーニは首にかけていたタグを持ち上げた!
「やるぞ!『バルランクス・オッキーニカスタム』!!」
タグから放たれた光が周囲を照らし、一瞬の後、それが消えるとオッキーニは二丁の形の違う重厚な銃を持った機械鎧を装着していた。
「バルランクス……確かあの火力バカしかいない『エインズワース』製のマシンか」
「詳しいな」
「昔取った杵柄という奴だ」
「だが、このオッキーニカスタムは普通のバルランクスとは一味も二味も違うぜ!こいつの火力は……通常の三倍だ!!」
ドシュウゥゥゥン!!
「うあっ!?」
バルランクスは右手に持った銃を発射した!そこから放たれた弾丸は圧倒的なエネルギー量を誇っており、生身のフレデリックは発射の余波だけで尻餅をついた。
対してターゲットであるアンラ・マンユは……一歩も動かなかった。木原史生はこの程度の攻撃はいつもの癖で避ける必要などないと思っているからだ。
「いい攻撃だ。だが、相手が悪かったな。我がアジ……あっ、違うわ」
ドシュウゥゥゥン!!
大きな勘違いをしていたアンラ・マンユを光の弾丸は容赦なく抉り取った……。