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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
105/194

浮上する悪

 翌日、フレデリックは先輩ロニーに連れられ、街をパトロールした……が。

「なんか……珍しくなんて言うのもあれですが……平和ですね」

 この日は犯罪都市と揶揄されるエルザの狂暴さは鳴りを潜め、まるで普通の街のように何の変哲もない穏やかな日常生活が行われていた。

「何もわかっていないな、カーンズ」

「え?どういうことですか?」

 ロニーに意味深な言葉をかけられたフレデリックは足を早め、彼に並ぶと横顔を見上げた。

「歩けば犯罪に当たるなんて言われるこの街で刑事が一番に何をすればいいか。それはな……こうするんだよ」

 ロニーは自分の存在をこれでもかとアピールするように、胸を張り、肩で風を切って、堂々と歩いた。

「それがエルザの刑事の立ち振舞いですか?」

「そうだ!こうして存在感を強めて、犯罪者を捕まえるのではなく、犯罪を起こそうとする気を削ぐ」

「!!!」

「お前は市民を威圧しないようにとか、犯罪者に刑事だとバレないようにとか考えて自分が刑事であることを隠そうとしていたんだろうが、警察ってのは存在することで犯罪が起こることを抑止できるってのを覚えておけ」

「なるほど……」

「三下のセコい泥棒なんかは、手強そうな刑事やゴリゴリの暴力団が側にいればまずびびって行動を起こさない」

「じゃあ、目の前で大胆にもひったくりをやられたぼくは……」

「舐められてんだよ。こいつなら簡単に撒ける、もしくは追いつかれてもボコればいいとか思われちゃってんの」

「そうか……そうだったのか……!」

 フレデリックは悔しさから両手の拳を握り、ブンブンと胸の前で揺らした。

「これがエルザシティ、というか刑事の立ち振る舞いだな。時によりけりだけど」

「勉強させてもらいました」

 フレデリックはペコリと頭を下げた。

「まぁ、このエルザシティの刑事としてのやり口ってのもあるんだけど」

「それも教えてください!」

「そうしたいのは山々だが、今日はちょっと……」


「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!ひったくりよぉぉぉッ!!」


「「!!」」

 前方から聞こえる悲鳴に、二人の顔は一気に引き締まり、臨戦態勢へと移行した。

 そんな彼らの前にマスクを被り、バックを持ちながら、典型的なひったくり犯が走って来る。

「あいつ……この前の!!」

 その姿はフレデリックが取り逃がしたひったくり犯そのものだった。リベンジのチャンスが来たと、彼の身体に更に力が漲る。

「くっ!あれは……なら!!」

「あっ!?」

 ひったくり犯はあからさまにやる気満々な二人を確認すると、急遽進路変更、直角に曲がり、路地裏に消えて行った。

「あの野郎!!」

「待て!カーンズ!!」

「先輩!?」

「せっかく二人いるんだ!別れて二方向から追い込む!お前はそのまま追跡しろ!この辺りの地図は頭に入っているな!?」

「は、はい!!」

「だったら、うまいこと行き止まりに誘導するぞ!!」

「了解!!」

 フレデリックは命令通りそのままひったくり犯を追い、ロニーは別の路地裏に入った。

「待て!!」

「そう言われて待つ奴がいるかっての!!」

「でも待たないと、俺の腕の中だぞ」

「先回りかよ!!くそ!!」

「カーンズ!!」

「はい!追跡続行します!!」

 事は狙い通りに進んだ。追い込み漁のように徐々に徐々に逃げ道を塞いでいき、ついにひったくり犯は行き止まりに追い詰められた。

「もう逃げ場はないぞ!!」

「くっ!ここまでか……」

「先輩!!」

「あぁ、よく見ておけ、カーンズ……エルザの刑事の生き方って奴をな」

 ロニーはゆっくりと獲物に近づいて行く。すると、ひったくり犯は盗んだ鞄に手を突っ込んだ。

「どうすればいいのか……わかっているようだな」

「はい……長い付き合いですから……どうぞ」

「そうそう……それでいい」

「……え?」

 フレデリックは目の前で行われたことが信じられなかった、いや信じたくなかった。

 あろうことかひったくり犯が盗品の財布をロニーに手渡し、刑事であるロニーはそれを懐に仕舞い込んだのだ。

「まったくついてねぇや。よりによってロニーの旦那に見つかるなんて」

「何言ってやがる。俺じゃなかったら、このままブタ箱行きだったぞ。ありがたく思え」

 茫然自失になるフレデリックを尻目に、本来相反する存在の二人は楽しそうに話し込む。まるで昔馴染みのように……。

 その様子を見て、フレデリックは吐き気を覚えた。

「あっ!そう言えばひったくり仲間から、珍しいものを譲り受けたんですよ」

「珍しいもの?」

「じゃーん!これです」

 ひったくり犯が取り出したのは指輪だった。妙に迫力のある異様な雰囲気の指輪……。

「なんか気持ち悪いな。これ、高いのか?」

「それだったらとっくに売ってますよ。拾った待機状態のピースプレイヤーらしいんですが、自己修復機能が壊れて装着できないみたいなんですよ。売ろうにもスクラップだと難癖つけてはした金でしか引き取ってくれないので」

「これを俺に?」

「旦那なら直せる方法もわかるかと」

「その前にまずは本当に壊れているかの確認だな」

 そう言うとロニーは指輪を嵌めた。

「そもそも起動コード、こいつの名前はわかっているのか?」

「それはなんとか調べられたみたいです。確か……『アンラ・マンユ』」

「けったいな名前だな。まぁいい……アンラ・マンユ!起動しろ!!」


……………………


 指輪はうんともすんとも言わなかった。

「マジで壊れてんな」

「でしょ」

「とは言っても、俺もピースプレイヤーの修理だのなんだのは詳しくないからな。業者につてもないし」

「そうですか……」

「お前は何かあてはないか、カーンズ?」

 ロニーは立ち尽くす後輩に向かって指輪を投げた。

「…………」


カラン……コロコロ……


 フレデリックは微動だにしなかった。結果、指輪は彼の横を通り過ぎ、虚しい音を立てながら、地面を転がった。

「……受け取らなかったことは、お前が刑事にあるまじき運動神経と頭の悪い人間だってことで目を瞑ってやる。だが、この俺の言葉を無視するのは……どういうつもりだ?」

 その凄んだ一言が、フレデリックの感情の蓋を破壊した。

「どういうつもりって!こっちの台詞ですよ!!何でそんなひったくり犯と仲良くしているんですか!?何で……何で盗品の財布を懐に納めたんですか?」

「いやいや見てればわかるだろ。これが……エルザシティの刑事の立ち振る舞いって奴さ」

「汚職に手を染めることがですか?」

「あぁ。世界で一番の犯罪都市と言われているここで刑事やり続けるには、賄賂くらいもらわないとやってられねぇ」

「あなたって人は……」

 悪びれもせずににやけ顔でそう言い放つロニーにフレデリックは立ちくらみした。

「利口になれよ、フレデリック・カーンズ。清濁合わせ飲むって言葉知らないのか?」

「濁しかないじゃないですか!!」

 我慢の限界を超えたフレデリックはロニーに掴みかかろうとした。しかし……。


ゴスッ!!


「――がはっ!!?」

 難なく前蹴りで迎撃され、地面を無様に転がった。

「なんだよ……気弱そうで、すぐに靡いてくれると思ったから、目をかけてやったのに……下らない正義感に根っこまでなんか毒されやがって」

「毒……されているのは……あなたです!あなたは……刑事として……いや、人として……最低です……!!」

「あ?」

 息も絶え絶えになりながら、真っ直ぐとこちらを睨むフレデリックの姿に、今度はロニーの堪忍袋の緒がキレた。

「……もういいわ、お前。ここまで言ってダメなら……俺のストレス発散のためのサンドバックになれ」

 そう言うと、ロニーは懐から携帯型デバイスを取り出した。

「そ、それは……」

「『ガルーベル』起動」

 デバイスから光の粒子が放たれ、ロニーの全身を包む。更にその光の粒子は紺色の機械鎧に変わり、彼の全身に装着されていった。

 その紺色のマシンこそガルーベル、エルザ市警の主力ピースプレイヤーである。

「それは……ガルーベルは!市民を!そして正義を守るためのものでしょうが!!」

「道具に善悪なんてない。誰がどう使うかだ。俺は俺のために、俺の幸せのためだけに使う」

「……あなたの幸せのためにぼくを殺すんですか?」

「イエス。色々と不都合なもんを見聞きされちまったからな」

「くっ!?」

「一応、言っておくけど、後でガルーベルの記録データ調べられたらどうするんですか?……なんて、しょうもない脅しをかけるなよ。そんなもんいくらでも改竄できる。そもそもこの街ではイカれたバカに殴り殺されるなんて日常茶飯事……すぐにバカな新人刑事が死んだことなんか忘れるさ」

「本当に性根が腐りきっているんですね……!」

 フレデリックは最後の抵抗として、最大限の侮蔑の言葉を吐いた。けれど……。

「負け惜しみにしか聞こえんよ。お前は弱く愚かだった……呪うんなら、そんな融通の利かない自分を呪え!!」

 そんなものをものともせず、ロニーガルーベルは拳を振り上げた。

(ぼくはこんな死に方するために刑事になったのか……)

 フレデリックの頭に過去の思い出が走馬灯のように過る。

 子供の頃ドラマを見て刑事に憧れたこと。

 必死の思いで警察学校に入って、そこで更に死ぬような辛い訓練を受けたこと。

 念願の刑事になって奮闘したこと。

 そして……木原史生という火傷跡が印象的な清掃員のこと。

(何で彼のことなんか……)


「ゴミ……見つけた」


「「「!!?」」」

 ガルーベルの拳がフレデリックの頭蓋骨を粉々に砕こうとした瞬間、突如として声が響き、すんでのところでパンチを止めさせた。

「今の声は……」

 ロニーもひったくり犯もその声に聞き覚えがなかった。

 しかし、フレデリックにはあった。聞き間違えるわけない。昨日聞いたばかり、そして今ちょうど今渡の際で思い出したところだから。

 フレデリックがゆっくりと声のした方、背後を振り返ると、そこに“彼”は立っていた。

「木原さん!!」

「やあ奇遇だね、フレデリック刑事」

 署内ではないから当然なのだが、木原は黒ずくめの私服を着ていて、初めて会った時とは印象が違った。それでも注目を嫌でも引く顔の火傷跡が彼を“木原史生”だと証明している……そう教えられたフレデリック・カーンズにとっては。

「……こいつの知り合いか?」

「ええ、警察署で清掃員をしています木原史生です……ロニー・マクルーア刑事」

 ガルーベルのマスクの下でロニーの眉尻がピクピクと動いた。こんな自分に不都合な現場を見られただけでなく、自分の名前や職場も知っているとなると……厄介極まりない。

「エルザ市警で掃除か……同じ職場で働いているよしみだ、もし今見たことを忘れて、口を接ぐんでくれたら、今後悪いようにしないよ」

 嘘だ。口から出任せだ。

(口車に乗って、この場から去ろうとしたところを後ろから……リスクになりそうなものはきちんと処理しておかないとな……!)

 ロニーは虎視眈々と奇襲のタイミングを図る。しかし……。

「お前のようなゴミがこの私を納得させる恩恵を与えられるとは思えないのだが?」

「「「なっ!!?」」」

 あろうことか木原はロニーの提案を最低のトッピングを添えて拒絶した。あまりに無礼な物言いにロニーだけでなく、ひったくり犯もフレデリックも口を開けて驚いた。

「……清掃員ってのは、みんなこんなに口が悪いのか?」

「事実を言ったまでだ。お前のようなゴミには何も期待していない。故に交渉もしない。そもそも何様のつもりだ?お前ごときが私に提案するなんて。というか、どうせ油断したところを襲うつもりなんだろ」

「こ、この……!!」

 ロニーガルーベルはプルプルと震えた。当然寒いからではなく、怒りでだ。

 徹底的にバカにされた挙げ句、心の底まで見透かされて、彼は今まで感じたことのない激しい怒りを覚えた。

「木原さん!木原さん!」

「ん?どうした、フレデリック刑事」

「自分の置かれている立場がわからないんですか?相手は曲がりなりにも鍛えている刑事!しかも完全武装状態ですよ!!」

「ふむ」

 これ以上火に油を注がないようにフレデリックは木原に注意した。けれど、彼は知ったことかと涼しい顔をしている。

「木原さん!真面目に聞いてください!ぼくはあなたのことを思って!!」

「今の状況を理解していないのは君の方だ」

「え?」

「完全武装してようが問題ない。私はあいつより強いし、こいつもあんな量産品より遥かに強力だ」

 木原は顔の前に手を持って来た。その指の一つにリングが嵌められており、キラリと光った。

「それはさっきの……」

「あぁ、誰もいらなそうなので貰った」

「ハハハハハハハハハハッ!!」

「!!?」

 不愉快な笑い声が周囲に響き渡った。ロニーの声だ。先ほどまでとは打って変わって彼は腹を抱えて、大爆笑していた。

「強気の理由はそれか?そんな起動もできないスクラップで俺を倒そうとは……片腹痛いぞ、清掃員!!」

「その言葉そっくりそのまま返すよ、刑事さん。こいつは壊れてないよ」

「そうか!壊れてないか……へ?」

「「へ?」」

 再びロニーとひったくり犯、フレデリックの心が一つになった。

「それが壊れてないだと?」

「あぁ、単純に今まで誰もこいつのお眼鏡にかなわなかっただけだ」

「道具が、ピースプレイヤーが人を選ぶって言ってるのか?そんなこと……あ」

「「あ」」

 三人の心が三度シンクロすると、木原は満足したように不敵な笑みを浮かべた。

「そう……こいつは適合した者にしか使えない“特級”ピースプレイヤー!」

「特級……くそ!そういうことか!!だが!だとしたら都合よくお前が使えるとは……」

「フッ……使えるさ。こいつはかつて使っていたマシンと雰囲気が似ている!ならばきっと私の想いに応えてくれる!!」

 木原史生は高らかに手を!指輪を天に向かって突き上げた!

「蹂躙しろ!アンラ・マンユ!!」

「「「!!?」」」

 指輪は光の粒子に、そしてそれが何の皮肉か紫色の機械鎧に変化し、木原の全身を覆っていった。

 特級ピースプレイヤー、アンラ・マンユの降臨である。

「何もかもが私に都合が良すぎて不安になるが、これも日頃の行いの賜物か。何はともあれ……まずは清掃員らしくゴミ掃除だ」


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