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No Name's Fake  作者: 大道福丸
悪の華編
103/194

プロローグ:悪の華

 男は絶望していた。

 生まれてからずっと何をやってもうまくいかず、周りの人間から嘲笑の対象にされていた。

 男は絶望していた。

 助けてくれる者もおらず、立ち上がる気力もない。もはや動く屍だった。

 男は絶望していた。

 だから今日、彼は自らの人生に終止符を打つことにした。

 真夜中、誰もいない廃墟の奥、せめてもの存在証明にと免許証の入った財布とスマホを傍らに置くと、頭からオリジンズから抽出した油を被った。

 白いシャツはべったりと張り付き、ボタボタと重量感のある雫が地面に滴り落ち、彼を中心に大きな油たまりを作り出していた。

 そしてジーンズのポケットからライターを取り出す。油で滑るのか、それとも彼の中の生存本能の最後の抵抗か、うまいこと点火できずにカチカチという音だけが虚しく廃墟に響いた。


ボッ!!


「――ッ!?」

 何度目かの挑戦で火がついた。しかし揺らめく炎を見つめた男は今から自分のやろうとすることに疑問を覚え始めていた。

(本当にこれでいいのだろうか?確かに今日まで生きてきてろくなことはなかったが、これからもそうなのか?もしかしたら今度こそ俺にも……いや!そうやって希望を持っては裏切られ続けて来たんだろうが!俺はここで死ぬべきなんだ!それが最良の選択なんだ!……でも……)

 炎と同じく男の覚悟はゆらゆらと揺らいだ。

 諦めたはずの“生”が激しく身体の中を躍動し始める。

(そうだ……死ぬ気でやればやり直せるはずだ。生きてさえいれば……生きてさえいればなんだ!!)

 男は絶望していた。

 だが、死を強く実感した彼はその絶望に打ちひしがれるのではなく、立ち向かう覚悟を決めた。

 彼は自分の生を全うするためにライターの火を……。


「おいおい……ここに来て尻込みか?」


「――ッ!?あっ」

 突如として廃墟に響いた声。

 その声にびっくりした男は手を滑らせ、ライターを床に落としてしまった。

 彼を中心に油まみれになっている床に……。


ボォオオウ!!


「――がっ!!?」

 油に着火した炎は一瞬で男の身体を駆け上がり、そして全身を包み込んだ!

 炎は酸素と油と共に口の中にも侵入し、喉を容赦なく焼き焦がす。悲鳴を上げることも、最後の言葉を残すことも許してくれない。ただ無様にのたうち回るだけだ。

(やっぱり!やっぱり自ら死を選ぶなんて間違いだった!!こんなに痛い思いをするぐらいなら!こんなにつらい思いをするぐらいなら!命あることにただただ感謝して、生きていけば良かった!そうか俺は……俺は!こんなにも生きたかったのか……)

 男は絶望した……最悪の選択をしてしまった自分に。

 廃墟を照らしていた炎の灯りが消え、残ったのは、顔の判別のできなくなった黒い死体と、生前の彼が残した財布とスマホだけであった。

 いや、もう一人……不意に男に声をかけたもう一人の別の男がいる。

「いやはや……途中で尻込みし始めた時はどうなるかと思ったが、なんとか私の望み通り、きっちり死んでくれたな」

 物陰で息を潜めていた男は物事が自分の思い通りに進んだことに安堵の表情を浮かべながら、自殺した男の財布とスマホを拾い上げた。

「何人か候補はいたが、死にたがっていたこいつが一番後腐れなさそうだったからな。前回は自ら手を下したことでしっぺ返しを食らった。同じ轍は踏まん」

 男は自戒の言葉を述べながら、財布から『木原史生(きはらふみお)』の免許証を取り出すと、満足げにニヤリと笑い、その名前を愛しそうに指でなぞる。

「自殺願望があったっていうのが、一番だったが、これからずっと呼ばれる名前だからな。こだわりたかった。前の名前とイニシャルが同じだし、何より響きがいい。いい名前をもらったことをあの世で先祖と親に感謝するんだな、元・木原史生くん」

 そうバカにしたように黒焦げの死体に言い捨てると、男は財布を懐にしまい、くるりと踵を返した。

「今から私が“木原史生”だ。ここから再び私の覇道が始まる……!」

 男、いや木原史生の顔は醜悪に歪んでいる。火傷の跡が今も痛々しく残る顔がそれはそれは醜悪に、そして邪悪に……。

 男の心は希望と狂気に満ち溢れていた。


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