エピローグ:少年の贖罪
「……バックれちゃおうかな……」
ソボクでの戦いから二週間後、シュアリーに戻って来たジンは、フジミ達に自分の過去と決意を伝えたあの日のように技術開発局にあるシュヴァンツに宛がわれた部屋のドアの前で入るのを躊躇していた。
「あれからドタバタしててまったく知らせがなかったのに……急に呼び出しなんて……やっぱボクのせいでシュヴァンツが……」
「怖じ気づく気持ちはわかるけど、いつまでドアとにらめっこしていても、何も解決しないよ」
「それはわかっていますよ、いるんですけどね、アンナさん……って!?アンナさん!?」
「よっす、少年。デジャブだね」
これまたいつかのように急に声をかけられ、慌てて振り返るとやはりシュヴァンツの天才メカニックが片手にコーヒー、もう一方の義手をくるくると回転させながら、のんきに挨拶してきた。
「またですか……」
「それはこっちの台詞よ。ソボクで自分の過去と決着をつけて、一皮向けたかと思ったら、相も変わらず扉の前で六分も」
「六分!?そんなに経ってたんですか!?」
「うん。そして今七分を超えた。新記録更新だ」
アンナは白衣のポケットから手帳型のデバイスを取り出し、そこに時間を表示させて見せた。
それはやはりジンの愛機であった。
「イーヴィルドレイク……」
待機状態になっているそれを見つめるジンの表情は穏やかだった。自分が背負っている罪の証でしかなかったそれがソボクでの、友との激闘と和解を経て、彼にとって真の愛機になったのだ。
「もう調査は終わったんですか?」
「うん、ばっちり。アルザングとやらのウイルスのデータは取り終えたよ。それに対するワクチンプログラムも搭載しておいた。まぁ、次に戦うことになったら、あっちも新しいウイルスを生成してるから、あんまり意味ないかもだけど」
「いや、もう二度と戦いたくないですよ……」
雪の中でボコボコにされたことを思い出し、ジンは顔を青ざめさせた。それと同時に友の顔が頭を過り、新しい不安が心を支配した。
「あの……」
「ん?何か質問?」
「はい……デルク達はどうなったんでしょうか?」
「あぁ、それなら……!」
「うあっ!!?」
戸惑うジンをアンナは無理矢理反転させ、扉に向けさせた。
「この中で君を待っている人に訊くといいよ」
「ちょっと!?まだ心の準備が!?」
「人生は見切り発車くらいでちょうどいいんだよ。考え過ぎて身動き取れなくなるより、ずっといい!」
「――あ!?」
アンナは手際良く扉を開けると、ジンの小さな背中を強引に押し、強制的に入室させた。
「……ようやく来たわね」
「フジミさん……」
少年を出迎えたのは、あの日と違いシュヴァンツ隊長神代藤美ただ一人であった。キョロキョロと部屋中をいくら見回しても、他のメンバーの姿はどこにも見えない。
「クウヤ達はいないわよ。みんな今回の件の報告に各所を回ってる」
「……そういうこともするんですね」
「ワタシ達は自由気ままな暴力装置じゃないわよ……今回はあれだったから、そう言われても否定できないけど」
フジミは思わず自嘲した。
その笑みが少年の緊張をほぐしたのか、それとも罪悪感を刺激したのか定かではないが、少年に覚悟を決めさせ、重い口を開かせた。
「……やっぱりボクのせいでシュヴァンツに迷惑を……もしかして解散なんてことに」
「ん?ないない。解散どころか、ちょっとしたお叱り受けておしまいよ」
「そうです……え?」
事態が飲み込めず少年は眉間にシワを寄せた。そして改めて質問し直す。
「……もう一度訊きますけど、シュヴァンツは……」
「大丈夫よ。何も問題ナッシング」
フジミはビシッと親指を立てた。
「勝手に他国に介入して、何も問題ない?ボク言うのも何ですが、それでいいんですか?」
「いいも何もそうするしかないのよ。ソボクとシュアリーは」
「え?」
「ソボク的には自分とこの議員さんが反社会勢力と繋がって、子供を食い物にしてた上に、それを外国の奴に解決されるなんて事実が公になったら、面子が立たない。できることなら自分達が自主的に解決したってことにしたい。シュアリー的にも自国の部隊が勝手に他国に干渉した事実をできることならもみ消したい」
「だから、両者で口裏を合わせてシュヴァンツが介入した事実を闇に葬る」
「正解」
今度は指をパチンと鳴らして、察しのいい少年を称賛する。
「記録上ワタシ達は何もやってないんだから、罰を与えることもできないってわけよ……ん?何よ、その目」
ジンは首をすくめ、訝しむようにフジミをじとーと見つめていた。
「もしかしなくても、最初からこうなることをわかってたんですか?」
「買いかぶり過ぎよ」
フジミは眉を上げて、どこか得意気なおどけたような表情を見せた……が。
「ですね。この絵図を描いたのはどうせクウヤさんでしょ」
「うっ!?」
ジンの言葉で一転して、顔をしかめた。
「勘が良すぎて可愛くないわね、あんた」
「大人に媚びることができないから、出荷されたみたいなところもありますからね」
「出荷って言い方……まぁ、その出荷した院長様は一生ぶた箱から出てこれないから、皮肉なもんよね」
「ダナやサーヴァのことは聞いてます。それでデルク達のことは……」
「そうだ、昨日手紙が届いたんだんだった。はい、これ」
「どうも……」
手紙にはみんなで楽しく暮らしていると書いてあり、文字の奥に生き生きとしている友の笑顔が見え、思わずジンの顔も綻んだ。今、この時こそ彼の人生の中でも最良の瞬間だった。
「ソボクが新しい孤児院にみんなで揃って入れてくれて、楽しくやってるって……!」
「しばらくは財前のエージェントの中原さんも残って影から見守ってくれるらしいし、本当に良かったわね」
「はい」
「で、話は変わって、今日あなたをここに呼び出した理由だけど……」
「うっ!?話に夢中で忘れてた……」
「覚悟はできてる?」
「はい……今しました」
ジンは気を引き締め直し、背筋を伸ばした。
「あなたを今日ここに呼んだのは……」
「呼んだのは……」
「呼んだのは……これよ!」
「!!?」
フジミは傍らに置いてあった紙を一枚手に取ると、ジンの顔の前に突き出した。
「えーと……仙川仁をシュヴァンツ隊員見習いとして任命する……これって……?」
「今、読んだ通りよ。やったことはあれだけど実力は示したからね。プロフェッサー飛田がきちんとその才能をこの国のために生かせるようにした方がいいって上にかけあってくれたのよ。まぁ、さすがにまだ子供のあなたを前線に出すのは気が引けるから、やってもらうのは情報処理やコンピューター関連のバックアップだけど」
「ボクがシュヴァンツの隊員見習い……!」
少年の小さな身体は歓喜に震えた。自分のために地位も命もかけて戦ってくれた彼らの力になれる、また一緒に仕事ができると思うと嬉しくて仕方なかった。
「フジミさん!!」
「これからもよろしくね、ジン」
「はい!」
「ヤマさんもちょうど今、ここで勝手に出撃して、ワタシ達を見逃したことをこってり絞られてるところだから、慰めついでに報告してくるといいわ」
「そうですか!じゃあ失礼します!アンナさんも!」
「おう!廊下は走るなよ!」
「はい!」
ジンは二人に満面の笑顔でお辞儀をすると、早歩きで部屋から退室していった。
「喜んでくれて良かったね」
「ええ、そしてあの顔がずっと続くことを願う。少年の未来に幸あれ」
フジミはそんな彼の背中を目を細め、優しい笑みを浮かべながら見送った。
「……フジミちゃん、その発言、さすがに年寄りくさいよ」
「……うるさい」