魔姫星乱②
「動いて!シェヘラザード!!」
絶対絶命のピンチに神代藤美の火事場の馬鹿力を発揮したのか、はたまたシステム・ヤザタが何らかの要因でスペックを越える性能を叩き出したのか、シェヘラザードはすんでのところで回避運動を取った。
ガリ!ガリィィィィィン!!バァサ!!
「――くっ!?」
けれど、さすがに完全に避け切ることはできずに身体を縦断するように大きな傷を刻まれてしまう。
そのまま置きパリカスターを通り過ぎ、雪にダイブするシェヘラザード。なんとか致命傷は避けることはできたが、かなりの痛手。しかし、それ以上に真に深刻なダメージを負ったのは中身の方だ。
「大丈夫ですか、マスター?」
「はぁ……はぁ……あなたなら訊かなくてもわかってるでしょ……」
息も絶え絶えに脇腹を抑えながら立ち上がる姿は痛々しかった。
命を守るために行った本来人間がすべきではない超機動はフジミの筋繊維をズタズタに切り裂き、骨を軋ませ、全身に激痛を充満させていた。
「あれを躱すなんて……あなた本当に人間?反射神経や身体能力が強化されたエヴォリストなんじゃないの?それともワタクシが思っているよりずっと人間というもの潜在能力は底知れないものなのかしら……?」
ダナは必殺の罠を破られたショックよりも、神代藤美もとい人間の可能性に強い興味を持ち始めていた。直前で彼女自身窮地から覚醒とも呼ぶべきパワーアップを遂げたせいもあるだろう。それらが複合的に絡み合って、彼女の考えを大きく変えさせた。
「よし、決めた。シェヘラザードさえ手に入れば中身なんていらないと思っていたけど……あなたの方も捕獲しましょう」
「……そんなこと勝手に決めないでくれる……」
「選択肢はあなたにはないわ。いつだって決めるのはこのダナ・モラティーノス」
「傲慢な……」
「いやいや、むしろかなり謙虚よ。ワタクシ自身力に目覚め、そして今あなたの超人的な動きを見て、考えを改めた。これからはP.P.ドロイドの時代で子供なんていちいち鍛えるなんて無駄だと思っていた……だけど、あなたのような存在を作れるかもと思うと俄然やる気が出てきたわ」
「……何?」
「今回の経験を踏まえて、究極の少年兵を誕生させてみせる。手始めに仙川仁も捕まえて鍛え直しましょう。素質は随一だったのに、妙に反抗的なところがあったから売りに出したけど……ちょっと投薬でもすれば、素直に言うこと聞くようになるでしょ」
「あんた……!!」
ダナの言葉は痛み止めには最適だった。彼女の畜生としか言えない発言はフジミに激痛を忘れさせ、最後のカードを切る決意を固めさせた。
「あなたの好きにさせはしない……!二度と悪さできないように徹底的にぶちのめす!!」
「威勢はいいけど……どうやってパリカスターを攻略するつもり?」
パリカーはこれ見よがしに自身の周辺の分身を激しく動かした。それに対してフジミは……。
「散々やって来てワタシ一人じゃ攻略ができないってわかったわ」
「そう……え?」
呆気なくパリカスターを倒せないと認める。ダナは予想だにしない答えに驚いた。しかし、フジミは敗北を認めたわけではない、“一人”では無理だと言っただけだ。
「ワタシだけじゃあなたには勝てない……だからワタシも頼らせてもらうわ、かわいい子供達に」
「何を……」
「あなたと同じ穴の狢みたいで、戦わせたくないんだけど……こうなったら仕方ない!!」
シェヘラザードはどこからともなく三本の瓶のようなものを取り出し、蓋を開けた!
「力を貸して!妖艶なるイヴォー!俊敏なるイミクラム!剛烈なるアクラヴァズ!!」
「キイィィィィィィッ!!」
「ナアァァァァァァッ!!」
「ウホオォォォォォッ!!」
名前を呼ばれると瓶の中から翼を持った獣、四足歩行の獣、巨大な体躯を持った獣、三匹のオリジンズが飛び出して来た!
「あれは……そう言えば、オリジンズを使役できる獣封瓶なるアーティファクトを所持しているとデータが……ワタクシとしたことが失念していたわ」
ダナは一瞬だけ自分の不甲斐なさに歯噛みした。ほんの一瞬だけ。
「だけど高々、獣三匹増えたくらい!今のパリカーには問題ない!!」
すぐに気を取り直すと、彼女は自身の言葉を証明するためにパリカスターにシェヘラザードとそのペット達に突撃しろと心で命じた!
「あなたは野生というものに……リスペクトが足りないわ!見せてあげる!この子達の力を!!」
「キィッ!」「ナァッ!」「ウホッ!」
「何がリスペクトよ!逃がさないわ!!」
一人のピースプレイヤーと三匹のオリジンズは散開!それに合わせてパリカスターも別れて追跡する!
「まずは……頭上を飛び回るあなたよ!!」
「キイィィッ!!」
衛星は重力に逆らい急上昇!自分に影を落とす翼の獣に襲いかかった!
ヒュン!ヒュン!!
「キイッ!」
「……え?」
しかし、イヴォーは華麗に空中を舞い、あっさりと漆黒の分身の強襲を避けてしまった。
「イヴォーは生まれてからずっと空を飛び続けてきた。所詮は地面から離れられない人間が操る小虫なんかでどうにかできないわ」
「くっ!?ならば!!」
パリカーは視線を上から下に、雪の中を駆け回る四足歩行の獣に狙いをつけた!
「アジリティは大したものね。だけどこれはどう!!」
バッ!!
イミクラムの足元の雪が弾け飛ぶ!先ほど彼の主人の虚を突いた地面からの一撃だ!
「ナアッ!」
ヒュン!!
「な、何!?」
けれどもあっさりこれも回避!横っ飛びしながらイミクラムは打ち上げられるパリカスターを悠々と見送った。
「イミクラムの知覚能力は人間の比じゃないわ。雪に隠れて奇襲なんて、彼にとっては子供騙しよ」
「この……!!だったら!!」
二度の攻撃の失敗を経て、パリカーは巨体を持った獣にターゲットを移す。
「そのデカブツはどうやって対処するのかしら!!」
雪に佇むアクラヴァズに二機のパリカスターが迫る!それに対して獣は……。
ザシュ!ザシュ!!
何もできずに漆黒の鋭利な欠片がその巨体に突き刺さった。これにはダナもマスクの下で口角を上げる。
「はっ!さすがに的がデカいと当てるのも楽ね!!」
「ワタシとしてもこうなることがわかっていたから、アクラヴァズを呼び出すか迷ったわ」
「どうやら判断を誤ったようね」
「いえ……痛いは痛いでしょうけど、彼はワタシ以上にタフ。そして……」
「ウホオォォォォォッ!!」
ガシッ!ガシッ!!
「な!?しまった!?」
アクラヴァズは気合の咆哮と共にその身に刺さるパリカスターを引き抜き、全力で握り締めた。衛星はその凄まじい握力から逃げ出すことができずに、ただただ獣の大きな手のひらの中でガタガタと震えた。
「アクラヴァズのパワーならパリカスターを壊すことはできなくても、捕まえておくことくらいはできる」
「ちっ!?だが、たかが二機くらい失っただけでワタクシの優位は変わらない!!」
「あら、そうかしら?たかが二機、されど二機……その重要さをとくと噛みしめなさい!!」
「キイィィィィィィッ!!」
「ナアァァァァァァッ!!」
シェヘラザードの号令に従い、回避に専念していたイヴォーとイミクラムがパリカーに向かって駆け出した!
その光景にダナは……正直背筋が凍った。
(あの二体にパリカスターは通じない……ワタクシ自身が相手をしようにも……)
ズキッ!
(くっ!?)
身体を軽く捻っただけで、全身に痛みが走り、彼女の行動を遮った。
(やはりまだダメージが……今のワタクシじゃ回避運動するので精一杯……本体で攻撃できないことを悟られないようにしないといけない……って言いたいところだけど……)
仮面に痛みで歪む顔を隠しながら、分身達と雪の中で戯れているシェヘラザードを睨んだ。
(あの女が気づいていないはずがない。さっきの攻防でワタクシ自身がカウンターもせず、追撃も躊躇ったことに違和感を覚えている、必ずね……!)
ダナの中でフジミの株は最高値を叩き出していた。
そして、そんな彼女を上回るためには自分もリスクを負わないといけないという覚悟もマックスまで高まっている。
「ワタクシの理念に反するけど、今回は危険な橋を渡らせてもらう!パリカスター!シェヘラザードに一点集中!!」
ヒュン!ヒュン!ヒュン!!
「ちいっ!」
イヴォーとイミクラムの相手をしていた衛星も、本体であるシェヘラザード包囲網に加わる!
だが逆に言えば、二体のオリジンズがノーマークになり、自由に動けるようになったということだ!
「キイィィィィィィッ!!」
イヴォーが空中からパリカーを襲撃!鋭い嘴が魔女に迫る!
「当たるもんですか!!」
ブゥン!!
けれど上手いこと身体を翻し、これを回避……したと思ったら……。
「ナアァァァァァァッ!!」
イミクラムの追撃!今度は爪と牙だ!
ガリッ!!
「くっ!?」
手負いの魔女では完全回避は困難だった。黒いためわかり辛いが、新たな傷がパリカーに刻まれる。
それにイミクラムは満足……するはずもなく、今度こそとUターンしてパリカーに向かう!さらにそれに合わせてイヴォーも再突撃を敢行する!
「キイィィィィィィッ!!」
「ナアァァァァァァッ!!」
「遠目で見ているより、速い……だけど!」
ブゥン!ブゥン!!
「避けられないレベルではない!!」
神経を研ぎ澄ました装着者とさらに深く繋がり、覚悟を力に変換した特級ピースプレイヤーパリカーは今度は完璧に白の姫のペットの同時攻撃を躱し切った。
「このけだものどもの攻撃にはなんとか対応できる!でもあなたは……ワタクシの猛攻に耐えられるかしら!」
彼女の意志がシェヘラザードを囲む衛星に届く。ダナ・モラティーノスの渾身のラストアタックだ!
「行け!パリカスター!!」
二機の衛星が左右から挟み込むように、シェヘラザードに突撃した!
「そんなもの!システム・ヤザタの前では!!」
ヒュン……ヒュン……
シェヘラザードはタイミングを見計らって、一回の跳躍だけで回避する。しかし……。
「そのシステムの弱点は見破ったって言ったでしょ!ワタクシはあなたの一手先をいっている!!」
バッ!ヒュン!ヒュン!
シェヘラザードの逃亡先に三機のパリカスターが先回り!最適な行動を取るAIの力をまた逆手に……。
「システム・ヤザタ……オフ」
「ぐっ!!よいしょお!!」
高速移動中のシェヘラザードの装甲が蒸気を噴射しながら、変形!仮面の奥からフジミの苦しむ声が漏れ出したかと思うと、AIに操られるのではなく、装着者の意志で地面を蹴り、跳躍した。
ヒュン……ヒュン……
「……え?」
陸上選手を彷彿とさせる背面跳びで、必殺の罠を飛び越すターゲットを見て、ダナは困惑し、絶句した。
「大いなる力は時として弱点にもなる……アジ・ダハーカとの戦いで学習していたのに、すっかり忘れていました」
「時にはそれに頼らず自分の力で頑張ってみるのも大事……まぁ、すぐまた頼っちゃうんだけどね!マロン!!」
「システム・ヤザタ、ドライブ!!」
「――!!?しまった!!?」
着地と同時に再び装甲が展開!そして、呆気に取られているパリカーに向かって疾走する!
「たたでさえ身体に負担が大きいと言われているヤザタをこんな短時間でオンオフするなんて……イカれてるの!?」
「非常に残念ですけど、その言葉を否定できません。マスターはもちろん、シェヘラザードも今の無茶で限界です」
「ええ……だからこの一撃に全てをかける!!」
「ぐっ!?」
さらに威圧感を増し、加速するシェヘラザードにダナは気圧された。その彼女の意志がパリカーに、そしてパリカスターに伝播する。
「く、来るな!!」
「おっと」
ヒュン!ヒュン!
「くうぅ!!?」
衛星をまたけしかけるが、先ほどと違い苦し紛れで放ったそれは、狼狽する彼女の心を反映するそれはあっさり避けられてしまう。
「特級は心を力に変える超常のマシン……だけど逆に言えば、心が揺らげばその力は半減する!」
「そんな……いや!まだよ!ワタクシの心はまだ折れていない!!」
「わかってるわ……だから今から完全にへし折ってやるのよ!イヴォー!イミクラム!!」
「キイィィィィィィッ!!」
「ナアァァァァァァッ!!」
主人に先んじてペット達がターゲットに最後の猛攻をかけた!先ほどと同じように漆黒の魔女に嘴と爪と牙が一斉に襲いかかる!
「キィィッ!!」
「この!!」
「ナアァッ!!」
「けだもの風情が!!」
しかし、これもなんとかパリカーはしのぎ切った。だが、前回はこれで一息つけたが今回は……。
「喰らえぇぇぇッ!!」
鉈がある!シェヘラザードが無骨な刃を叩きつけるように、撃ち下ろしてきた!
「あなたが無茶で勝利をもぎ取ろうとするなら、ワタクシも無茶でそれを上回る!!魔斧パリカーアックス!!」
ガギイィィィィン!!
「――なっ!?」
「ぐ、ぐうぅ……!!」
白の姫と黒の魔女の間で火花が舞った。傷のせいで本体では攻撃ができないとされたパリカーが激痛に耐え、斧で鉈を迎撃したのだ。
「……根性あるじゃない……!」
「自分でも驚いているわ……あなたとの戦いで一皮二皮も向けたってことね!」
「じゃあ、お礼にプレゼントでもくれる?」
「ええ!とっておきのね!!」
バッ!バッ!バッ!!
雪の中から三機のパリカスターが出現!そして重なり合い一本の剣に形を変えた!
「フルスペックじゃないけど……今のあなたならこれで十分!パリカスター!星剣の相!!」
剣は切っ先を上に向け、天に昇るようにシェヘラザードの喉元に猛スピードで突進する!
「ワタクシの勝ちよ!神代藤美!!」
ガギイィィン!!
「……あれ?」
甲高い金属音と共にシェヘラザードの姿が目の前から消えた。本当なら首を貫かれ、雪を真っ赤に血で染めているはずなのに……。
何が起きたか確認するためにパリカーはゆっくりと顔を上げると、そこには鉈の刀身で星剣を受け止め、それによって宙に持ち上げられているシェヘラザードの姿があった。
「フルスペックじゃなきゃ駄目だったみたいね。それともあなたの心が平静を保っていたら、これでもワタシを殺せたのかし……ら!!」
ガギィィン!!
シェヘラザードは力任せに星剣を弾き飛ばすと、くるりと回転し、顔を下に向けた。すると……。
「キイィィィィィィッ!!」
足元にこれまた逆さまに飛ぶイヴォーが滑り込む!主人の足場に、いや発射台になるためにやって来たのだ!
「ナイスポジショニング、イヴォー」
「キイッ!」
「わかってるわよ……勝利を掴んでくるわ!!」
ドン!!
イヴォーの背中を蹴り出し、シェヘラザードは一気に最高速度まで加速!空から降る星のように、パリカーを上から強襲する!
「くっ!?ワタクシが!ダナ・モラティーノスが敗北することなどあり得ないぃぃぃぃッ!!」
パリカーは下から上に斧を振り上げ、カウンターを狙った!しかし……。
「一夜流星断!!」
バキッ!ガギヤァァァァァァン!!
「………ッ!!?」
持ち前の膂力に加えて重力を上乗せした斬撃は斧ごとパリカーを切り裂き、そのまま中身であるダナの意識を断つ。
限界を迎えたパリカーは光の粒子に分解、そして腕輪の形に戻ると、白目を剥き、血に彩られた妙齢の女性が雪の中に受け身も取らずに倒れた。
それを白の姫は見下ろしていたが……。
「シェヘラザード活動限界。待機状態に戻ります」
こちらもまた限界を迎え、デバイスの形になってフジミの手のひらに収まった。
「……ギリギリだったわね」
「紙一重の勝利でした」
「だとしても勝ちは勝ちよ。誇りなさい、マロン」
「はい」
「あなた達もね、イヴォー、イミクラム、アクラヴァズ」
「キィッ!」「ナァァッ!」「ウホッ!」
「お疲れ様、戻って休みなさい」
フジミが瓶を翳すと、三匹のペット達も光となってその中に入っていく。
「ああっ!!もう終わってる!!」
入れ替わるように三匹の竜がフジミの前に姿を現した。
多少傷ついているみたいだが、元気なマルの声を聞いて、命に問題ないであろうことを確認すると、フジミは胸を撫で下ろした。
「ほんと遅いわよ、まったく」
「すいません、肝心な時に側にいれなくて」
「そもそも我那覇の奴が下手こかなきゃ……」
「俺のおかげでサーヴァを倒せたんだろうが」
「とどめを刺したのはおれだ!!」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて」
「どこでもあなた達は変わらないわね」
いつもの光景に頬を緩めながら、フジミは後ろを振り返った。最後の仲間を出迎えるために。
「あんたも大変だったようね、ジン」
「はい……でも……色々とすっきりしました」
憑き物が取れたように清々しい顔をしている少年の顔を見て、フジミの口角はさらに上がる。彼の願いを聞き入れて、本当に良かったと、心の底からそう思えた。
「……今回もなるようになったわね」
地平線に目を向けると、シュヴァンツを祝うように太陽が顔を出していた。