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サンドウィッチと黒いもや

 昼休み。

 食堂からいくつかサンドウィッチを拝借したシアンとルトは、学園の中にある森の近くで昼食をとっていた。校舎からは少し遠いが、人通りも無く静かで中々良い場所だ。


 シアンは木の下に腰掛けると、手に持っているサンドウィッチを食べる。

 そして一言、


「おー、適当に持ってきた割には結構美味しいなこれ」


「ボクが選んだんですから、美味しいに決まってる、です」


「うん。凄い凄いさすがルト。そんな君にはサンドウィッチマスターの名を欲しいままにくれてやろう……って、なんで剣に手をかける? あっ! 待って待って! 馬鹿にしたわけじゃないって! うん。そうそう。褒めてるんだよ。ああっ! ほんとだって」


「…………」


 じとっとした目でシアンを見るルト。

 そんなルトにシアンは、真摯な目で答える。


「…………」


「…………」


 謎に緊迫した空気が両者の間を漂った。

 と、ふっとルトが視線を外す。

 それにシアンはホッとしたようにため息を吐いた。


 シアンの真摯な気持ちがルトに通じたかどうかは怪しいが、どうやら許されたらしい。

 シアンは良かったという気持ちと共に、自身で美味しいと評したサンドウィッチにかじりついた。

 そこに、声がかかる。


「あれ? お前らもここで昼、食べてたんだ」


 アイリスだ。アイリスは、モノクルの奥の瞳を柔らかく細めながらさらに言う。


「って、まあお前らがこっちに来るのが見えたから、俺らもこっち来たんだけどな」


 そんなアイリスの後ろから、優等生の仮面が完全にどこかに行ってしまったハイトが慌てて突っ込む。


「おいちょっと、偶然を装って合流するんじゃなかったのか!?」


「あれは、嘘だ」


「なんっだと!? こんの嘘つき! ほんと、お前ヤダ!」


「猫、猫。優等生様の仮面がどっか行ってるって」


「ううううう!! ……こんにちは。よければ一緒しても?」


 もはや手遅れすぎる感が否めないが、ハイトはなんとか優等生の笑みを顔面に張り付けて言った。

 それに若干半眼になりながらシアンは言う。


「ああ。いいけど……。ハイト」


「はい?」


 呼びかけられたハイトは、小首をかしげてシアンを見つめる。その顔は完全に優等生に戻っていて。

 シアンはそんなハイトに、


「口調、別に無理しなくてもいいぞ?」


「えっあっえっと……」


「僕に対して無理に敬語を使う必要は無い」


 そう言った。

 シアンは、家では居ないもの扱い。世間でも無能で通っている。そんな、自分に優等生の振りをしても、ハイトにとって何のメリットもない。なので、無理してまで優等生の振りをせず、適当にゆるーくやっても大丈夫だぞーと、そういう気持ちで言ったのだが。

 ハイトは、自ら持ってきていた手の中のサンドイッチをじっと見つめて沈黙してしまう。


 妙な気まずさが辺りを漂い始める。

 この話題は、地雷だったか。

 なれない事をするものじゃないな。とシアンがそう心の中で後悔する。


 今は鳥のさえずりだけがこの妙に静かな空間の共だ。


 と、ハイトが手の中のサンドイッチから目をあげた。

 その顔はなにか覚悟を決めたかのような顔をして、シアンは少したじろぐ。

 ハイトは息を大きく吸い込む。しかしそこから発せられる声は、吸い込んだ量に対しては酷く小さいものだった。


「今の、ままでいきます」


「……そうか」


 シアンはそれだけ言うと頷いた。

 ハイトにはなにか優等生でいなくてはならない事情でもあるのだろう。

 不真面目街道まっしぐらなシアンの様な奴の方が珍しいのだ。世間的には優等生スタイルの方が何かと都合がいい事の方が多い。

 優等生スタイルでいくとハイトが決めたのなら、わざわざシアンが不真面目スタイルを強要する必要もない。

 シアンは、他人を巻き込むタイプではないのだ。


 妙に重くなってしまった空気。

 それにシアンが気まずく感じていると、そんな空気を壊すようにアイリスが口を開いた。


「ここで一つ、ハイトの恥ずかしい昔話を……」


「ばっ!!」


 口をふさぎに行くハイト。その動きを予想していたアイリスはそれを避けて、さらに続ける。

「こいつがまだぐれてた時の事なんだけどー……」


「おまっ! なに話すつもりだこの野郎!? まじでやめろ!? まじでやめろ!?」


「はははーやめると思うかー?」


「くっ! こんの!」


 と、そこでアイリスの言葉に挑発されたハイトが踏み込む。


 瞬間。


 ハイトの体は物凄い速さでアイリスに迫った。

 そしてハイトは手をアイリスに向けて振りかぶる。

 アイリスはそれに目を見開くだけで反応できない。


 一瞬の出来事だった。

 ハイトは、アイリスの口をそのまま掴む。


「ふにょにょにょ!」


「ふっふっふ。アイリス。これでお前は喋れない!」


 勝ち誇った顔をするハイト。

 だが、口を掴まれたアイリスの方はというと、なぜか彼は目をらんらんと輝かせて悪戯っ子の表情をしていた。そして、目を細めて笑うと、ぺろりと掴んでいるハイトの手を舐めた。


「うひゃあ!? 何すんだアイリス!?」


「ははは。こんな事で手を離すなんて。かわいい奴だなお前」


「はあ!? はあああああああ!? へんったい! 変態! アイリスの変態馬鹿!」


「ははは」


「ぬううぅうぅうううううう!?」


「さて、じゃあ話の続きを……」


「やめろよ!?」


 と、又ハイトがアイリスに飛びかかろうとして、急にアイリスが低い、真剣な声でハイトの後ろを指して言う。


「なあ、それ、なんだ?」


「騙されないぞ!」


「違う。本気だ私は」


 アイリスが真剣な表情でそう言うと、ハイトが目を少し見開いて、素早く後ろに振り返った。

 そして、アイリスの指の先を見る。


 そこには、狼が居た。


 だが、普通の狼とは明らかに様子がおかしい。

 ソレは、黒いもやに包まれていた。

 狼にまとまりつくようなそれは、あまりにも禍々しくて。

 ハイトが驚愕の表情で叫ぶ。


「あれは……!」


 二人の雰囲気が変わった事に気が付いたのか、シアンも首を傾げて聞く。


「どうしたんだ?」


 そしてシアンも、もやに包まれた狼を発見する。


「なんだ、あれ」


 いや、あれをどこかで見た事がある。

 どこだ? どこで見た事があるんだ?

 シアンは既視感に眉を寄せて考える。


 もやの中から黄色い二対の瞳が鋭くこちらを見据えている。


 黄色の目……? いや、違う。

 もやの方だ。

 どこかであのもやを見た事がある。

 どこで?

 一体どこであのもやを見た事があるんだ?


 思考の海に沈んだシアンは、飛びかかって来た狼に反応することが出来ない。


「危ない!?」


 狼の攻撃に一番に気付いたハイトが、シアンをかばう様に押し倒す。がら空きになったハイトの背中。

 そのハイトの背中に、狼の牙が迫る。


 そして切り裂かれる、直前。割って入ったルトがそれを引き抜いた剣で受け止めた。

 そして剣を振りぬくと、狼は後ろに跳躍して距離を取る。

 ルトは剣を構え直すと、シアンとハイトに向かって、


「転がってないでさっさと魔法を撃つ、です」


 と言った。


 ハイトはそれを聞くと、シアンの上から退いて、


「ええ。アイリス。ルト嬢、守護頼みましたよ」


「ああ」


「言われるまでもない、です」


 頼もしい返答を返してくる二人にハイトは頷くと、胸に手を当て目を瞑る。


「魔力よ。我のうちに眠る力よ。我の呼びかけに応え給え」


 意識に深く潜っていく。


 体の内。意識の奥。そのさらに深く深く下に意識を集中する。

 外界の者に影響されない、己だけの領域。


 新月。

 ルアシューネの花が咲いている。

 どこまでも、どこまでも。

 見渡す限り、白い、白い花が、淡い光を灯している。


 そこは自分だけの領域。

 何物にも侵されない領域。

 そこにある己の魔力だけに向き合う。

 それを練り上げる。


「紫電。閃く雷。何物にも追いつかれない」


 バチリと、ハイトの右手の先で雷が弾けた。

 目を開ける。

 射貫くような鋭い瞳。

 口を開く。

 顕現の言葉を紡ぐ。


「行け」


 瞬間。


 もう、狼に当たっていた。

 もやを纏っていた狼は、紫の雷に焼かれて黒焦げになる。どさりと狼が倒れる鈍い音。

 狼に纏わりついていたもやが霧散する。


 一拍。


 狼はもう起き上る事は無かった。

 ハイトが狼に駆け寄る。しゃがみこんで、狼を触る。そして言った。


「死んでます」


「こいつはなんだ、です?」


「さあ。でも普通の狼じゃ無かったなあ」


 アイリスは首を傾げて言う。

 声音はどこかふざけた様子だったが、狼の死体を見る目はそうではなかった。鋭く細められていて、どこか苛立っているようにさえ思えた。


 今はもうただの狼の死体だ。

 だが、先程のもやを纏った狼の様子は普通ではなかった。


 シアンは考えていた。

 自分はどこかであのもやを見た事がある。

 それは一体どこで見たものであろうか。

 それは。


 それは……。


「あっ……!」


 思い出した。

 それはあの時だ。


 ベットの上、苦し気な声で呻き声をあげていた弟。

 閉じられた瞳。噛み締められた口元。

 纏わりつく黒いもや。


「助けて、兄様……」


 エールだ。弟のエールがあのもやで浸食されていた。

 エールはあのもやのせいで死んだのだ。

 あのもやは一体……?


「……アン! シアン!」


「……えっ?」


「おい! 大丈夫か?」


 視界に広がるモノクルと、その奥のアメジストの瞳。


「ア、イリス……?」


「ああ。アイリスだ。ぼおっとしてどうした?」


「い、いや。何でもない」


「そうか。なら、いいが」


「ああ」


 シアンが己の思考から戻ってくる。すると、そこには心配そうな顔をしたハイトと、いつもの無表情を少しだけ心配した表情にしているルトが居た。


「ごめんごめん。急に攻撃されたからちょっとびっくりしちゃっただけだよ。ごめんね雑魚くて」


「人間、危機に陥ったらとっさに動ける人間の方が少ないさ」


 アイリスがぽんぽんと肩を叩いて慰めてくれる。


「あはは。そう言ってもらえると助かるよ」


「……ボクは、ボクは認めない、です!」


「えっ、ちょ、ちょっと待った!? えええ? 今許してもらえる流れだったじゃん!」


「世界が許しても、ボクは許さない! です!」


 そんな事を言いながらルトが剣を腰から引き抜くと、シアンに襲いかかった。

 それはもう、ものすごい速度で。


「いやいやいやちょ! 無理だよ!? 無理ぃいい!!」


 そんな事を叫びながら、先程の狼よりも数段速い速度で迫るルトにシアンは涙目になって防御態勢を取ろうとして。

 だが、まあ、当然。魔法使いと騎士。絶対的な肉体的ポテンシャルの差にシアンは撃沈する。


「ぐっはあ!!」


 そんな二人を見てハイトは、


「いやちょ!? 今凄い音したよ!? シアン大丈夫!?」


 とシアンに駆け寄った。

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