実技演習
演習場。
広い、乾燥した地面。等間隔に木製の的が並んでいる。そして、少し離れた対面にもう一列並んでいた。
そこに集まった生徒をレイン教授は流し目で見ると、
「これからあなた達には、主従で組んで二対二で戦ってもらいます。ルールは面倒くさいが説明してあげましょう。一度で聞くように」
そう言って説明し始めた。
彼の説明を簡潔にまとめるとこうだ。
二組の主従はそれぞれ的の前に立って、向かい合う。
魔法使いは、魔法を発動して相手側の的を破壊する為に魔法の発動を。騎士は、魔法を打つために無防備になる魔法使いを守る。もし、相手の騎士を倒せれば無防備な魔法使いを倒す。
勝利条件は、相手の的を破壊する事。
尚、自身の魔法使いが倒されたら無条件で敗北。つまり、騎士をかわして的だけを狙いに行くのは敗北と同義である。
魔法使いを守る。これが騎士にとって一番大切な事だ。
そこまで言ってレインは、煙草に火をつける。煙を肺一杯に煙を取り込んで、吐き出す。
そこで彼は動き出さない生徒に首を傾げると、納得したように瞬く。そして、言った。
「……ああ。もう説明は終わりです。主従は各自、的の下へ移動してください」
そして、それだけ言うとレイン教授は、仕事は終わったとばかりに煙草を吸う作業に戻る。生徒はそんなレイン教授に、大丈夫かこの人……と思いながらも素直に的の下へを向かう。
シアンはというと、無言で的の下に歩いていくルトに、仕方なくついていっていた。逆らったら、またあの腰の剣がちゃきーんというに違いない。
そんなシアンの背後にハイトがするりとついて来た。そしてハイトは見るからに優等生な微笑みで、にこりと笑うと言った。
「ご一緒しても?」
「ああ」
断る理由も無い。
シアンが頷くと、ハイトの背後からぴょこりとアイリスが出てくる。アイリスは、モノクルの中でアメジストの瞳を柔らかく細めて言う。
「よろしくー」
「ああ。よろしく」
「…………」
ルトは無言だ。
そうこうしている内に、的の下に着く。
四人は、シアンとルト、ハイトとアイリスに分かれて的の下へと待機する。
アイリスが剣を抜きながら言う。
「お手柔らかに頼むよ」
それにルトが、平坦な声音で返した。
「手加減はしない、です」
他の主従も各々的の下について、準備が出来た頃。レイン教授は煙草の煙を吐くと、気だるげに言った。
「はじめ」
だるそうな。しかし、不思議と響くレイン教授の声が訓練場に響く。と同時に一斉に動き出す騎士達。そして、魔法使いは一様に胸に手を当て目を閉じる。
その魔法使いの姿は、あまりにも無防備。だが、だからこそ騎士の出番だ。
魔法使いを守る事。それが騎士の仕事なのだ。
開始と同時にルトは、最小の動作で踏み込むと飛び出した!
一瞬でアイリスの元まで届く。
アイリスはそれに、冷や汗を流しながらなんとかその攻撃を受けた。
「くっ……! さすが、早いなっ」
「っ!」
攻撃を受けられたルトは少し驚くと、一度剣を引く。
近頃は相手になる人物が居なかったルトにとっては中々の衝撃を持った出来事だった。
しかし、すぐに意識を切り替える。
そして改めて一閃。今度は先程よりも速く。
「ッ!」
目にもとまらぬ一撃にアイリスは反応できない。持っていた剣は弾かれてしまう。
圧倒的な実力差だった。
ルトはそのままハイトに迫る。
そして彼に一閃をあたえようとした。
が、その直前。ハイトが目を開ける。
目を開ける、それは魔法使いが魔法を打つ準備が出来たという証で。
ハイトが口を開く。それは最後の工程。
「させません、です!」
ルトが踏み込む。
それにハイトが勝ち誇ったように口角をあげて、ルトの一閃を紙一重で避ける。
そして――
「放て」
的に向けて放たれた魔法弾。それが的を貫く。
勝負あり。
ハイトとアイリス主従の勝利の瞬間だ。
最後の攻撃を避けられたルトは、普段は全く動かない表情を少しだけ驚きに染めた。だが、そんな表情もすぐに、無表情の中に隠されてしまう。
そして、くるりとシアンの方に振り返って、
「い、いやいやなんでこっちに向かって剣抜こうとしてるの? 勝負はもう終わった……というか僕は味方なんだけど……あっあっ待った……!」
あわあわと手を挙げて言うシアン。だが、瞬きする間に、ルトの剣が首筋に当てられる。
「働け、です」
「いやいや僕一生懸命魔法使おうと頑張ってたよ!」
「遅い、です」
ぐいと迫る切っ先。
それにシアンは冷や汗をかき、首を引きながら言う。
「そんな事ないって!」
「ハイトより遅い、です」
「いやいやいやいや! あんな優等生と比べるなよ!」
「シアンならもっと早くできるはず、です」
「いや、何の根拠があってそんな事言ってんだよ!? 無理だよ!? 僕は一般人! むしろ無能の部類に入るのに、魔法の発動速度でハイトに勝てるわけないっあああ危ない!危ないから!」
「ふん。覚悟する、ですよ。この怠け者がっ、です!」
そして振りかぶられたルトの剣。それが信じられない速度でシアンに迫る。
「いやいやいや! ちょ、ちょちょちょ待て! 待てってえええええええ!?」
魔法使いであるシアンには、どうあがいても防ぐ事の出来ないその攻撃。いや、むしろ騎士であっても防ぐ事が出来るか分からないその一撃。その位速いそれに、シアンはとっさに顔の前に手をかばう様に出す。
ひええと目をきつく瞑るシアン。
だが、痛みも衝撃も襲ってくることは無くて。少し疑問に思いながら、恐る恐る目を開いた。
と、目の前に切っ先。
「うぇえあ!?」
ぼける程近い距離にあったそれにシアンは目を見開いて。
そして、後ろに飛びのこうとして失敗。したたかにお尻を地面に打った。
地面に座り込むシアンと、それを見下ろすルト。
一体これはなんだ。
シアンは心の中でそう思う。
「いたた……。うう、僕の主従が厳しすぎる」
何でこんな仕打ちを受けなければならないのか。僕は世間一般で無能で通ってるんだから、そんな奴を主従にしたルトが悪いんじゃないか。しかも無理矢理に! 拒否権なんて無かったし。
若干の恨みを込めてシアンがルトを見れば、
「……はあ。もういい、です」
ルトは渋々ながら剣を鞘に戻した。
と、アイリスが無表情に戻ってしまったルトに話しかける。
「いやールトは強いなー。痺れたぜ! へへ!」
「…………」
「是非とも俺の剣の師匠になって欲しいな! いやーどうも俺の剣の先生は説明が下手というか思いやりがかけるというか馬鹿というか……」
「…………」
にこにこと話しかけるアイリスを無表情で無視するルト。
無視されたアイリスはといえば、なぜかにこにこと楽しそうで。
その様子を地面に座ったまま、実はこいつドエムなのか? と心の中で僅かに引くシアン。
ハイトはと言えば、とても優等生とは言えないような凶悪な顔で二人を見ていた。
そんなハイトにアイリスは唐突に振り返ると、モノクルの奥で悪戯に笑って、
「なんだ、そんなに熱心に見て? 嫉妬か?」
「ばっか! んなわけないだろ!?」
「口調、口調。優等生が脱げてるぞ」
「うんぐうう! うるっさいです!」
「ははは」
どうやらハイトはアイリスの前では優等生になりきれないらしい。
いっその事その取り繕ったような優等生ヅラを止めた方がいいのでは? とシアンは思う。
優等生をするのは面倒だ。いっそだるーんと、ぺたーんとしていた方が人生楽でいいぞーとそう思う。まあ、そこは個人の自由なので好きにすればいいとも思っていたが。
と、そんな事を思いながらシアンがハイトを見ていると、アイリスに威嚇していたハイトがそれに気付いたようで、シアンの方を向く。
そして慌てたように、
「えっとあっと、俺は、あっ! 私は、常に余裕がある人物だからな! そう、だからなんでも相談してくれ!?」
なんて事を言ってきて。
そのあまりの適当な誤魔化し方にシアンは思わず笑って、
「ああ。相談するよ。優等生のハイト君」
そう言った。