表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

交換日記とは

 入学式が終わって、教室に移動したシアンとルト。

 ザワザワと少し賑やかな教室に足を踏みいれる。


 教室の、前方にはやはり貴族科の生徒、後方には一般科の生徒となんとなく別れていた。ここでも暗黙の了承があるようだった。

 ルトはその教室を冷たさを感じさせる金の瞳で捉えると、窓際の後ろの席に向かって座った。

 昼寝には最適な陽光が差し込んでいるその席にシアンは、たまにはいい選択もするんだなと思った。そして、ルトの隣に腰掛ける。


 そんな二人を遠巻きに見つめる一般科の生徒。ひそひとと小声で相談する。


「おい、貴族科の生徒があんなところに座ったぞ」


「俺たちはどこに座ればいいんだ?」


「とりあえず離れたところに座った方がいいだろ」


 シアンとルトから少し離れたところに、一般科の生徒が座る。その為、二人の周りには空席の層が出来た。

 こわごわと二人をうかがい見る一般科の生徒。


 一方貴族科の生徒といえば、シアンの不真面目さを入学前に知っていたらしく、ちらりと一瞥するのみで、彼には興味を失ったようだ。しかし、ルトまでというとそうではないらしい。彼女は知らぬ者が居ない程、名の売れた騎士だった。

 小さな体躯を物ともしない鋭い剣さばきは、光のように速く、誰も彼女に敵う者はいないと言われていた。


 まさに、孤高の存在。


 話しかけたそうに、ちらちらとこちらに視線を投げかけてくるものは数名居るが、ルトの人を寄せ付けない雰囲気に気圧されて、話しかけるまでに至る者は居なかった。


 そんなわけで、教室で完全に浮いた存在になってしまった二人。

 と、そんな二人に声を掛ける強者が居た。


「お隣よろしいですか?」


 ちらりとシアンが視線をあげるとそこには、深紅の眼に、銀の長髪。しっかりリボンで後ろに髪を纏めた、ハイト・グラナートロートが居た。

 彼のその優等生ぜんとした姿は、怠惰な雰囲気を醸し出しているシアンとは正反対だ。


「俺もよろしく」


 そんなハイトの後ろから、ひょこりと姿を現す男。アイリス・ジリアンは、横でゆるく結われた長い薄水色の髪がふわりと揺れる。チェーンがついたモノクルの奥から覗く、知的な雰囲気が漂うアメジストの瞳が柔らかく細められた。


 彼はハイトの騎士なのだろう。その腰から、華奢な剣がぶら下がっていた。

 シアンは、ちらりと隣に座るルトを一瞥する。が、彼女はこちらに興味が無いようで、窓の外を眺めていたので、


「どうぞ」


 シアンは手で椅子の方を手で示しながらそう言った。


「ありがとうございます」


 にこりと微笑んでハイトはシアンの隣に座った。その横に、アイリスも席に着く。

 二人が席に着いたのをシアンは見届けると、前に視線を戻そうとした。が、席に着いたばかりのハイトがシアンに、にこりと優等生の笑みを浮かべながら、


「ハイト・グラナートロートと申します。同じクラスになったのも何かの縁です。これからよろしくお願い致します」


 そう言ってくる。

 それにシアンは、正直放っておいて欲しいなと思いながら、


「ああ。よろしく」


 無難な返事を返した。

 シアンは、正直、こんなに絡んでくる人が居るなんて思っていなかった。何故なら、自分は問題児として通っているはずで。馬鹿にされるならまだしも、こんなに好意的に絡んで来る人間が三人もいるとは思っていなかったのだ。


 ……ルトが好意的かといわれると疑問が残るが。


 シアンがそんな事を思いながら、今度こそと前を向こうとした。が、またしてもハイトに遮られる。

 ハイトは、ガサガサと自分の鞄の中から一冊のノートを取り出すと、こう言った。


「では、友好の証にこの交換日記を始めましょう。一ページ目は私がもう書きましたので、次は貴方の番です」


 その言葉にシアンは、理解が追い付かず、


「……は?」


 そんな言葉にならないようなものを口から吐き出す。


 いや、まったく意味が分からない。

 なんなんだこいつ。最近の貴族界隈ではこれが流行ってるのか? もしかして僕が友達いないせいで知らないだけで、これが普通なのか? 毎日今日はこんな事がありましたーってのを報告して仲を深めると?

 って、そんなわけあるか! さすがにこれが間違っている事位、僕でも分かる! もしかしてこいつ、僕の事馬鹿にしてるのか? 友好的に見せかけて、実は嫌がらせなのか!? だとしたらなんて高度な嫌がらせだ! これは毅然として断らないと! 交換日記! 友達といえばやっぱりこれだよねー。なーんて言った日には次の日には笑いものになるに違いない。そうに違いない。

 よし、断るぞ。毅然とした態度で断るぞ。よし。


 と、思考の波の中で気合を入れたシアンは、早速ハイトに言おうとして、


「うっ……」


 ハイトのあまりにも純粋な瞳に何も言えなくなってしまった。


 なぜそんなに純粋な目でこちらを見ているんだ。

 まさか、本当に友好を深めるのに、交換日記が有効だと?

 ……誰かこいつに友達同士で交換日記なんてものをやるはずがない事を教えてくれよ。というか、誰だこいつに友好を深めるには交換日記がいいですって言った奴。出て来い。

 と、


「ぶふぉっ」


 ハイトの隣。アイリスが吹き出した。


 こいつか。


 そうシアンは確信した。

 アイリスはゴホゴホとむせながら、目の端に浮かんだ涙をモノクルの間から拭う。

 それにハイトは至極不思議なそうな顔をしてアイリスに声を掛けた。


「アイリス? どうしたんだい?」


「ごっふぇ! ふふふ……ふふっ。ああもう駄目だ。あははははははは!!」


「な、なぜ笑うんだ」


「いや、ちょ、もう、本当にあはは駄目だ。本当に、あはは! しゃべらないでくれ。あはははははは!」


 笑うアイリス。それを困惑した表情で見るハイト。

 ひとしきりアイリスは笑って、やっと落ち着いた頃。アイリスは、至極真面目な顔をしてハイトに言った。


「ハイト。交換日記は初対面の人間に渡すものじゃない」


「んん?」


「それに、男同士の場合、友達に渡すものでもない」


「はあ!? じゃ、じゃあ何の時に渡すものなんだ」


「うーんそうだな。恋人同士とかじゃないか?」


 しれっと言うアイリス。それにハイトは、顔を俯かせてぷるぷると震えると、


「こっの! アイリスのクソ野郎!! 死ねぇえええええええ!?」


 日記を破り捨てて、腰に手を伸ばした。

 だが、そこには何もない。

 空を切る手。

 行き場の無い手は、しかし見事な切り返しによって拳を作り、アイリスの顔面へと向かう。

 その鋭い拳。それを、アイリスは涼しい顔で避けて、


「ははは。怒るなよハイト。面白すぎるぞ」


「お、お前! お前が言ったんだぞ! 友好を深める最初の一歩は交換日記が有効だって! お前が!」


「はは。信じたのか?」


「ああああああああ!! お前を信じた俺が馬鹿だった!! ばかあ!!」


 先程までの優等生ぜんとした雰囲気はどこへやら、幼稚な罵り言葉を吐き出し続けるハイト。それを、はははと笑いながらからかい続けるアイリス。

 その二人の横で、シアンは、僕関係ありませんとばかりに視線を前に戻す。そして、そういえばと、ちらりと左横にいるルトに視線を向けた。

 彼女は、相変わらず興味なさげな顔で外を見ていた。


 なのでシアンは、その彼女の隣に座って、彼女と同じような目で外を見つめる。

 僕、関係ありませんよー。聞こえてませんよー。知りませんよー。


「シアン!? 違うからな! 断じて違うからな!! 勘違いするなよ!?」


 後ろからハイトのそんな悲痛な声が聞こえてくるが、無視だ無視。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ