入学式と主席
入学式会場。広い講堂に、階段状に椅子が連なっている。
前方三分の一辺りまでに貴族科、そこから少し離れて後方辺りは一般科の生徒。特に席の指示があるわけではなかったが、暗黙の了承があるのだろう。両者は綺麗に別れて座っていた。
貴族科の生徒が座っている場所は、ほとんどの席が埋まっており、シアン達以外の貴族科の生徒は全員席についているようだった。
シアンとルトが講堂に入ると、こちらを振り向いた一般科の生徒が驚いたような顔をする。そして、慌てて道を開けた。
割れる人垣の間を、さも当然といった様子で悠々と歩いていくルト。シアンはそんなルトの後ろをついていくか迷ったが、しかし、ついていかないわけにもいかないので、渋々続く。
小さな背中に揺れる真っ白の髪を何とはなしに見ながら呟く。
「うう。こんなはずじゃなかったんだけどなあ」
そう、こんなはずじゃなかったのだ。
シアンは、勝手に進んでいってしまう事態にため息を吐きそうになりながらそう思う。こんなはずじゃなかった、と。
かといって、彼にどうするかの計画があったかといえば当然……まったく無かった。
ただ、ぼおっと流されるままに学園を受験して、主従の相手が居なかったら退学になるのかな。なんてぼんやりと、そんな事考えていた。学園を退学になったら、父と母は自分をどうするのだろうか。弟のように用済みの烙印を押されるのだろうか。それともまだ僕に天才の幻影を見るのか。そんな下らない事をゆらゆらと諦観と共に頭の中で漂わせていただけだ。
しかし、だからといって今のような状況になる事は望んでいなかった。それだけは断言出来る。
だってこんな初対面で剣を突き付けてくるような野蛮な奴と主従になるなんて!
と、空いている席を見つけたのか、座るルト。
席に着席すると、そこからシアンの方を見上げてくる。
やたらと強い視線は、どうやら隣に座れという事らしかった。シアンは、もうどうにでもなれと、やけくそ気味にルトの隣の席に座った。
自らの隣に座ったシアンにルトは、満足したのか又ほんの少しだけ口の端を持ち上げると、視線を前に戻す。
その横顔はもう無表情だ。
沈黙。
講堂の中はざわざわと騒がしかったが、それがまた二人の間の静けさを強調させて気まずい。
シアンは視線をさまよわせると、無表情で前を向くルトにおずおずと話しかけた。
「あーえっと。何で僕を主従の相手に選んだの?」
「あの場に貴族科はキミしかいなかった、です」
「君は入学前に主従の相手は決まっていなかったの? 貴族科の生徒なのに珍しいね」
「人の事言える、です?」
「う……それを言われると痛いなあ」
「キミは……いえ、なんでもありません、です」
「なに? そこで止められると気になるんだけど」
「なんでもない、です」
「えー。気にな……」
と、ルトが剣の柄に手をかける。チャキンと音が鳴るそれにシアンは慌てて、
「いや! やっぱり気にならない! 気にならないような気がしてきた! うん!」
それにルトは剣の柄から手を離すと、
「もう始まる、です」
そう言って口を閉ざした。
いつの間にか講堂には生徒が全員入っていた。先程、主従を探していた一般科の生徒も相手を探して入場したようだった。
ステージの右端に司会の女性が立つ。すると、先程までざわついていた講堂内が、静寂に包まれた。女性は静かになった講堂を見回すと、口を開く。
「では、これよりルアシューネ学園、入学式を行います――」
淡々と進んでいく入学式。
色んな人物が入れ代わり立ち代わり舞台へと上がり、挨拶をしては降りていく。
そして、どうやら次は学園長の挨拶らしい。
シアンは、欠伸を噛み殺しながらぼおっと登壇していく人物を見る。
そこに居たのは、六歳位の女の子だった。いや、正確には違う。見た目の年齢はそれ位に見えるが、本当に六歳という事は無いだろう。なにせ、この学園のトップなのだ。だが、この世界でそれはそこまでおかしい事ではなかった。見た目と年齢が比例していないのは、力の強い者にはままある事なのだ。なので、この学園長も見た目は幼女だが、実際は百歳をとうに超えているのだろう。
シアンはそんな見た目幼女な学園長の話聞こうとして……いや、これは全く話が入ってこないな。無駄な事をするのはやめようと、目を瞑る。
こういう時は寝てしまった方がいい。
そう、世界が始まる前から決まっている。
うとうとと微睡んでいるといつの間にか長くてくだらない話は終わったのか、拍手の音が鳴り響く。その音でシアンは目を覚ました。
そして、欠伸によって涙が滲む目でステージを下りていく見た目六歳の学園長を追う。
あとどのくらいで入学式は終わるのだろうか。早くベットに横になって惰眠を貪りたい。
椅子の上は寝るにはあまりに不安定すぎる。せめて机があれば、ふせて寝ることができるのに。
シアンがそんなくだらないことを考えていると、いつの間にか学園長はもとの位置に戻っていたようだ。
司会の女性が式を進行させるために口を開く。
「――ありがとうございました。続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表、ルト・シュネーヴァイス」
「はい」
「っ!?」
シアンは勢いよく隣に首を向ける。
すると、先程自分に剣を突き付けて、魔法使いになれと言って来た少女が立っていて。
立っているという事は、新入生代表がこの少女だという事で。
つまり僕の主従の相手は新入生代表!? とシアンは戦慄する。
いや、益々訳が分からなくなってきた。新入生代表の主従の相手が僕で、新入生代表は主従が決まってなくて僕が主従の相手で? 貴族だから成績が悪くても入れただけの僕と、学年一の成績の彼女が主従で? しかもなぜか彼女からの申込みで? そして剣を突きつけられて?
もういい。訳が分からない。
取り敢えず、少女の名前はルト・シュネーヴァイスって言うのか。なんてシアンは現実逃避した。