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魔法使いと騎士

 テシャートとシアンの間に、白が滑り込んで来た。

 そして、

 その白がテシャートの剣を受け止める。


 キィイン。


 甲高い剣がぶつかる音が辺りに鳴り響いた。

 白はシアンに振り返って言う。


「待たせた、です」


「ルト、お前……」


「ボクはシアンの騎士、です。ボクは、ボクの魔法使い、守りに来た、です。だってボクとキミは――」


 そこでルトは、テシャートの剣を押し退ける。

 ルトの決意が乗ったその一撃は、彼を間合いの外へと追い出した。

 ルトは、強く前を見据えて言う。


「――主従だから、です」


「主従だから、君が僕を守ってくれるって?」


「そう、です」


「あのルトが……成長したなあ」


 シアンは夢の中のルトを思い出しながら言う。

 守られるだけだったルトが。あの小さなルトがずいぶんと大きくなったものだ。

 ルトはシアンの、成長したという言葉に、目を見開くと、


「成長した、です」


 少し笑ってそう言った。

 それにシアンは笑い返して。


「さあ、じゃあ成長したルト。シアンをさっさと取り返すぞ」


「はい! です」


 ルトは剣を構え直して、テシャートを見据える。

 テシャートは、ハイトの顔で嗤うと言う。


「勝てるとでも?」


「知ってるか? 騎士の居る魔法使いは最強なんだぜ?」


 そう言ってシアンは、右手を胸に、左手を前にして目を瞑った。

 深く、深く、自らの意識の奥深く、ずっと奥にある魔力の源へと潜っていく。

 無防備なその姿。それは騎士への信頼の証だ。

 暗い、闇の中、青藍に揺らめく魔力。

 呪文を唱える。

 さらに、意識の奥深くへと潜る為の呪文だ。


「魔力よ。我のうちに眠る力よ。我の呼びかけに応え給え」


 外界の音は聞こえない。届かない。

 ただ、あるのは己の奥底にある魔力だけ。


「雪原。冷たい風が吹きすさぶ。それはどこまでも。どこへでも」


 呪文が進むごとに、シアンの前に出した手の平に青藍の魔力が集まっていく。

 それが拳大になった頃。

 シアンが目を開ける。

 瞳の奥で、青藍の魔力がきらきらと煌いていた。

 シアンは不敵に笑って、言った。


「放て」


 すると、手の平から青藍の魔力がテシャートに向かって一直線に向かっていく。

 それにテシャートは余裕の笑みで、ルトの剣を受け流しながら、


「そんな遅い魔法が当たるとでも?」


 横にずれる。

 青藍の魔力玉は、テシャートの脇を抜けていってしまう。かに思われたが、

 直前。

 シアンが笑う。


「これで終わる訳ないだろう?」


 パチン。

 指を鳴らした。

 瞬間。

 青藍の魔力玉が弾けた。

 無数に分かれた青藍がテシャートに襲い掛かる。


「ッチ!」


 テシャートは左手でフィンガースナップを鳴らす。

 パチン。

 もやが飛び出す。

 もやは、無数に飛ぶ青藍の魔力玉に襲い掛かった。

 だが、青藍の魔力玉には効かない。

 青藍の魔力玉は、もやを貫通すると、囲い込むようにしてテシャートへと襲い掛かる。そのあまりに多い魔力玉の数にテシャートは避けきる事が出来ず、


「くっそがぁぁあああああああああぁぁぁぁ――!?」


 そう叫ぶと、糸が切れた人形かのように、その場に倒れ込んだ。

 地面に倒れ込むハイトにシアンは走り寄る。

 そして、心配げに声を掛けた。


「ハイト! 大丈夫か!」


「し、あん……?」


 ハイトは少し眉を寄せると、何度か瞬きをした後目を開ける。

 その瞳の色は……


「深紅の瞳」


 という事は、まさかテシャート!?

 と、シアンは身構えそうになって思い出す。

 ハイトの瞳の色は元々深紅だ。

 それは、昔からそうで。

 これはおかしい事じゃない。

 偶々、そういう色の瞳なだけだ。


 そんな事、あるか?


 そうシアンがぐるぐると頭の中で考えていると、ハイトが首を傾げて言う。


「シアン?」


「あ、いや。何でもない。体の調子はどうだ?」


「ああ。問題ない。……すまない」


「謝る必要なんて無いよ。ハイトが無事でよかった」


 先程までの考えを、なんとか頭の中から追い出してシアンは言う。


「よし。じゃあ今度こそ戻ろう」


 シアンは立ち上がりながら言う。そして、ハイトに背を向けた直後。


「油断したね?」


 ハイトが。否、テシャートがシアンの首に背後から腕を回し、締め上げた。


「なっ! あっ、ぐぅ」


「シアン!」


「あはは。あはははは! ふふふはは……あーあ。滑稽ですねえ」


「な、んで」


「なんで? 知りたいですか? ふふふ。ええ、ええ。教えてあげましょうか。いやあ、でも貴方方には酷な事かもしれません。ふふっ。なんてったて、貴方方のお仲間、ハイト・グラナートロートは、私の弟のアルツなのですから」


「は? ど、ういう事だ」


「なに言ってる、です?」


 それを聞いた二人は、困惑する。

 意味が分からなかった。

 突然の事すぎて、混乱する。

 だが、テシャートの言動は信じたくないものだったが、思い当たる要素はあった。

 深紅の瞳。

 この世界でそれは中々に珍しいもので。

 この学園には、ハイトしか居ない。

 というか、深紅の瞳をしている人間をハイト以外に見た事はあっただろうか。

 嫌な焦燥感が、シアンの中を駆け巡る。

 テシャートはそんな反応に満足したのか、機嫌よさげに話を続ける。


「ふふふ。ビックリするのも無理は無いですよ。アルツ自身も分かっていない事なのですから」


 そこからテシャートは語り始める。


「私達の世界では、時が停滞しているんです。死なない体と、繰り返される変わらない日々。永遠の退屈。それは拷問の様な日々で、耐えられない者が増えていきました。活動を停止して、ただ時が過ぎるのを待つだけの人々で溢れかえった我が国。それを解消する為に、私達は、他の世界を侵略する事を決意したのです。停滞した世界に、他の世界は未知のもので溢れていて、とても魅力的に見えたのです。しかし、異なる世界に行く事は極めて困難でした。そこで、です。こちらの世界の一人を異なる世界に送り込み、その異なる世界の均衡を崩すという計画が出たのです。罅の入った世界は、脆く侵入しやすい。最初の手筈では、送り込んだアルツ自身も内側からそれを支援する計画でした。ですが、アルツはどうやら世界を越える時に、記憶を失ってしまったようですが」


 ふわふわと、もやがテシャートから溢れる。

 それをテシャートは操りながら言った。


「なので、このもやの原因は、アルツ……貴方方が言うハイト・グラナートロートなのですよ」


 ぐいっとシアンの首を絞め、耳元に囁く。


「だから、何度私をアルツの中から追い出しても、無駄です。アルツという存在がある限り、世界の均衡は崩れたままだ。根本を解決しないと意味がないのです。それこそ――アルツを殺す。とか」


「殺す訳ないだろっ!」


 首を絞められながらシアンは考える。

 何か、何か方法は無いのか。

 ルトの時も解決できたのだ。

 何か方法があるはずだ。

 そうだ。ルトに掛けている魔法をシアンに……。


「あっ、そうそう。ルトに妙な魔法をかけていますよね? それは彼女を守るのには有効だ。だが、アルツにかけたとしても無意味です。私達は、親和性が高いんです」


 心底楽しそうにテシャートは嗤う。


「さあ、どうしますか? ふふふ。今度は自らを犠牲にするのでは解決できませんよ? シアン・アーシェルト……ぐっ!?」


 突然、腕の拘束が緩んだ。

 シアンは、その隙にテシャートの腕から逃げ出す。

 振り返って見ると、そこには地面に倒れそうになっているハイトと、それを支えるアイリスだった。

 アイリスが肩をすくめて言う。


「何遊んでるんだ、シアン、ルト。早く戻らないと抜け出したことがバレるぞ」


「アイリス! ハイトから離れろ!」


「ん?」


 首を傾げるアイリス。そこに伸びるテシャートの手。

 それをルトが、鞘に入れた剣で叩き落す。


「操られてる、です!」


 ルトはアイリスを引っ張って、シアンの傍まで退避する。


「残念。仕留めそこなった」


 そう、テシャートは嗤う。

 それにアイリスは眉を寄せて、


「どういう事だ?」


「それが……」


「ハイトを殺さないと、この現象は終わらないらしい、です」


「ほう……」


 すっとアイリスはモノクルの奥の目を細める。

 そこには、剣呑な色が漂っていた。

 そんなアイリスにテシャートは、挑発的な笑みを浮かべて言う。


「どうしますか? 殺しますか?」


「ハッ殺してほしいのか?」


「おい! アイリス!?」


 本当に殺しそうなアイリスに、シアンが声を掛ける。

 そんなシアンに反してアイリスは、剣をすらりと抜いた。

 先程、アイリス自身の剣はハイトに渡した筈なので、この剣はどこかからか新しく持ってきたものなのだろう。普段のアイリスが使っている物より、幾分か大きかった。


「本気か!?」


 そう言いながら、シアンはアイリスの腕をつかむ。

 本気なのであれば、なんとしてでも止めなくてはならない。

 ハイトを犠牲にして、得られた世界に意味は無いのだ。

 アイリスは、腕をつかむシアンにちらと目配せすると、ぼそりと言った。


「シアン。どうにか時間を稼ぐからお前が何とかしろ」


「えっ。何とかって……」


 そうシアンが言った時には、アイリスはもう飛び出している。

 剣を振りかぶると、テシャートに斬りかかった。

 どうやらアイリスは、時間稼ぎをするだけでハイトを殺す気は無いらしい。

 それにしては殺気立ちすぎていた様な気もするが。

 突っ込んできたアイリスの剣をテシャートは持っていた剣で受け止める。


「ふふふ。剣術対決ですか。いいですよ。受けて立ってあげましょう」


「余裕そうだな」


「ふふふ。ええ、余裕ですから」


「不快な奴だ」


 アイリスは剣に体重を掛けて、テシャートを押し返す。

 テシャートは、それに乗って、背後に飛んで距離を取る。


 仕切り直しだ。


 今度はテシャートの方から、アイリスに仕掛けた。

 テシャートの方がアイリスより圧倒的に近接戦闘は強いはずだ。だが、テシャートは操っている体を傷つけられる事は無いと高をくくり、アイリスをいたぶる事にしたらしい。

 アイリスの剣を、嗤いながら受ける。

 その剣戟の傍ら。シアンは悩む。


「どうすれば。どうすればハイトを助けられる?」


 というかそもそも助けるべきなのか?

 だってハイトは、ルトを、エールを操った奴の弟で。

 もやの原因で。


「馬鹿が。助けるに決まってるだろうが」


 考えろ。

 何か、何か方法があるはずだ。

 今、ルトをもやから身を守っている方法は、外から入り込もうとするもや自体を弾くというものだ。


 しかし、ハイトの場合はそれでは防げないらしい。

 そこから考えるに、ハイトの場合は、外からもやが侵入して操られているわけではないという事だろう。

 テシャートが言うには、ハイトとテシャートは親和性が高いという。

 これらの事を総合して考えると、ハイトは、侵入ではなく共鳴。

 ハイトがこの世界に居る事によって、ひび割れたこの世界にもやが侵入。

 そのもやと、ハイトが共鳴する事により、ハイトはテシャートに操られる。

 そして、もやがある限り何度でもハイトは、もやと共鳴して操られてしまう。


 という事はもやをどうにかすればいいのだが。

 問題は、もやの原因がハイト自身がこの世界に居る事というものだ。

 もやを発生したら、シアンが操られる。

 しかし、もやを発生させない為には、シアンを殺すしか方法がない。


 駄目だ。

 かといって、共鳴の方の原因はといえば。ハイトが異世界の人間だという事で。

 これも変えられない。


「んああーーー! 状況が詰んでんだけど!?」


 シアンはがしがしと頭を掻く。

 状況は八方塞がりだった。

 もやの方を解決するのも無理。

 共鳴の方を解決するのも無理。

 シアンは、どうしようも答えを出せなくて、隣に居るルトにこう問いかける。


「なあ、どうすればいいと思う?」


 もちろん、騎士であるルトが明確な答えを出せるとは思ってはいなかった。しかし、聞かずにはいられなかった。解決策が、ハイトを殺す事しか思いつかなくて。藁にも縋る思いだった。

 こればかりは、過去の知識は役に立たない。

 未知の現象に、シアンはどう対処すればいいのか分からなかった。

 ルトは、そのシアンの問いに、


「えっ。もしかして、ハイトはドラゴン!? ドラゴンなのか、です!?」


 などと全く話を聞いていなかった。

 ルトは一人でぶつぶつと喋る。


「ハッもしかして、髪の毛が銀色だから、銀のドラゴン、です!? と、という事は、その銀のドラゴンといるアイリスは王子様!? 銀のドラゴンの王子様、です!? 銀のドラゴンの王子様といったら……」


 と、そこでルトは急にシアンの方を向いてきて、


「黒髪の美女!? 銀のドラゴンの王子様と、黒髪の美女。二人は永遠に幸せになりました、まる、です!? そんな!? シアンはボクの魔法使いなのに、です!! 行かせない、です! ママ、許さないんだからね、です!?」


「って、ちょっと待て!? 何を言ってるんだ!?」


 一人でヒートアップするルトに、シアンは突っ込む。

 そのシアンにルトは、高まったままの感情で反論する。


「銀のドラゴンの王子と、黒髪の美女が結婚して幸せになる話はよくあります、ですよ!?」


「ハイトは銀のドラゴンじゃないし、僕は黒髪の美女じゃない!?」


「えええええ!? そうなのか、です!?」


「そうだよ!?」


 確かに、銀のドラゴンに乗った王子様が、黒髪の美少女と結婚するお話はこの世界で一般的に普及しているおとぎ話だった。

 将来、銀のドラゴンに乗った王子様と結婚するー! というのは女の子が小さい頃憧れる事が多いものだ。

 だが、それにしても、


「ハイトが銀のドラゴンは突飛すぎるだろう」


「そう、です?」


「そうだろう。何がどうなってそうなった」


「異世界から来るものといえば、ドラゴンと相場が決まってる、です」


「何の相場だよ」


「召喚魔法、です」


「召喚魔法。ああ。まあ、確かにあれも異世界から呼び出してるか……」


 いや、待てよ。


「召喚魔法は、異世界から生物を呼び出して使役する魔法だよな」


 なのに、


「異世界から生物を呼び出して、この世界に留まらせているのに、もやが発生したという事件は無い。召喚魔法にそんな問題があったら、とっくに禁術扱いになっているはずだ」


 なぜだ。

 召喚魔法で呼び出される生き物と、ハイト。

 何が違うんだ。

 同じ異世界の生物。

 その違いは――。


「……確証はないけど。多分、分かった……アイリス!」


 シアンは、テシャートと戦っているアイリスに叫ぶ。

 アイリスは、余裕がない顔を無理やり強気な笑みに変えると、


「やっとか。待ちくたびれたぞ」


 そう言って、テシャートの傍から、シアンの方に飛んだ。

 テシャートは余裕そうな顔で笑って言う。


「あれ、もう終わりですか?」


「前座があんまり長いと、嫌われるだろう?」


「ふふふ。それもそうですね。では……」


 そこでテシャートは持っていた剣を腰におさめて、手を広げる。

 無防備なその姿で、


「殺す覚悟が出来ましたか、シアン・アーシェルト?」


「生憎だが、僕は死ぬ覚悟は出来るけど、殺す覚悟は出来ない人間なんだ。だから、殺さないよ」


「ふふふ。では、どうするおつもりで?」


「もちろん。殺す以外の方法で、ハイトを取り戻す。ルト、アイリス!」


「準備は出来てるよ」


「シアン、死ぬ覚悟は出来る発言。後で覚えてろ、です」


「うぇえ!? 今は死ぬつもり無いから許して!?」


「ふふふ。何をするつもりなのかは知りませんが、簡単に倒せるとは思わない事ですね」


 嗤って、テシャートは剣を構える。

 それに、ルトが飛び出した。

 テシャートに斬りかかる。

 テシャートはその剣を涼しい顔で受けた。


 戦闘、開始だ。

 アイリスとシアンは、右手を胸に当て左手を前に出す。

 そして、魔法を始める呪文を紡ぐ。

 意識の奥深くに潜る為の呪文だ。


「魔力よ。我のうちに眠る力よ。我の呼びかけに応え給え」


 二人は、その呪文を引き金にして、自らの奥深くへと潜っていく。

 アイリスの方は直ぐに詠唱が終わって、顕現の言葉を紡いだ。

 先程シアンが使った、テシャートをハイトの中から追い出す魔法だ。


「放て」


 無数の魔力玉がテシャートに目掛けて飛んでいく。

 テシャートはそれをルトの剣を受けながら横目で見ると、


「又それですか。そう何度も当たってはあげませんよ?」


 そう笑って、ルトから距離を取った。

 魔力玉はテシャートを追いかける。が、


「ああもうくそ。ちょこまかと」


 先程までとは比にならない程すばやい動きの彼には当たらない。

 アイリスは、複数の魔力玉を操りながら、悪態をつく。


「それにしてもこの魔法、燃費が悪すぎる! 誰だこの魔法考えた奴。絶対魔力ゴリラだ」


「そんなんじゃ、いつまで経っても当たりませんよ?」


「こんの! 腹の立つやつだな!!」


「ボクの事も忘れないでください、です!」


 ルトの斬撃。

 しかし、テシャートには当たらない。

 それにアイリスは苦い顔で、


「さっきまでは舐めプだったってか? くそっ。その涼しい顔面に絶対叩き込んでやる!」


 そう言って魔力玉を操る。


 一方、魔力ゴリラ、もといシアンは、魔法を発動する為に意識の奥深くに潜っていた。

 彼が今作り上げている魔法は、召喚魔法だった。

 召喚魔法には二種類ある。この世界にいる生物を召喚する魔法と、異なる世界に居る生物を召喚する魔法だ。

 シアンが今発動させようとしているのは、後者。異なる世界に居る生き物を召喚する魔法の方だ。

 前者のこの世界に居る生物を召喚する魔法より、かなり難易度が高い魔法だ。

 それもそうだろう。

 異なる世界から、生き物を連れてくるのだから。


 ここで少し思い出してほしい事がある。先程のテシャートの発言だ。

 異なる世界の住人であるハイトが、この世界に入る事によって世界の均衡が崩れた。そのせいで、もやが発生している。という発言だ。

 ここで一つ注目して欲しい部分がある。

 それは、異なる世界のハイトが、この世界に居る為に世界の均衡が崩れるという部分だ。

 召喚魔法で召喚した、異なる世界の生き物が、この世界自体に影響を及ぼした事は過去無い。そんな事があったら、今頃、召喚魔法は禁術指定になっているはずだ。だが、現在召喚魔法は禁術指定にはなっていない。


 という事はだ。

 つまりこう言えるのではないか。

 異なる世界の人間でも、召喚魔法がもたらす何らかの作用が働けば、この世界に存在したとしても問題ないのではないか。

 つまり、ハイトに召喚魔法を掛ければ、もやが発生する条件、世界の均衡が崩れる原因を取り除けるのではないかという事だ。


 作戦はこうだ。

 アイリスが、ハイトの中にいるテシャートを魔法で追い出す。

 そして、シアンが召喚魔法をハイトにかける。

 すると、召喚魔法のなんらかの仕様により、ハイトがこの世界に居ても大丈夫になる! という作戦だ。


 なんとも適当で、お粗末な、作戦ともいえるか怪しいそれだが、今はそれに賭けるしかない。

 シアンは、今世で一番深く、深く、自らの奥深くに潜る。

 意識の奥深く、魔力の源。

 青藍の魔力が揺れる、自らの一番深い所へと潜っていく。

 青藍と一つになってしまったかと錯覚する程、意識をそこに集中する。


 視点を戻して、ルトとテシャートの方はといえば。


「ハイト! 聞こえてる、です!? 聞こえてるはず、です!?」


「ふふふ。聞こえてるだろうねえ」


「お前じゃない、です! ハイト! ハイト!!」


「貴方も知っているはずですよ。意識はあるが、制御は出来ないと」


 分かっている。ルトも一度操られているので、自分の意志ではどうしようもないという事を分かっていた。分かってはいたが。

 だが、呼び掛けない、という事は出来なかった。

 意識があるのに。そこにハイトが居るのに、呼び掛けないという事は出来なかった。


「ハイト!」


「ふふふ。健気だねえ。その問いかけは、ハイトを苦しめるだけだよ」


「っ! このっ!」


 感情のままにルトは剣を振る。

 大振りになってしまったその動きは、テシャートにかすりもしない。

 それどころか、反撃を食らってしまう。

 深く切り裂かれた左腕。


「ぐっ」


 血が、流れる。

 一度距離を取って、テシャートを睨むルト。

 その瞳は、怒りに震えていた。

 テシャートはその瞳を三日月に細めた目で見つめ返して、嗤った。


「ふふふ。楽しいなあ」


「趣味が悪いぞ! この変態!」


 アイリスがそんなテシャートに魔力玉を襲い掛からせる。

 だが、テシャートは分かっていたかのように危なげなく避けて、


「女の子の苦しむ顔は、皆好きでしょう?」


「どの皆だ! その気持ち悪い連中に勝手に含めるな!」


「ふふふ。文化の違いですかね?」


「お前が変態なだけだ!」


 その間にもアイリスはテシャートに魔力玉で攻撃しようとするが、当たらない。

 状況は絶望的だった。

 ルトは負傷状態。

 アイリスは魔力が枯渇寸前だ。


「どうする? どうすればいい」


 アイリスは考える。

 どうすればテシャートを倒せるか。

 どうすればハイトを取り戻せるか。

 考える。

 だが、考えても考えてもいいアイディアは浮かばなかった。


「やはり、当てるしかないのか……」


 だが、それも不可能に近いかのように思えた。

 どれだけ早く動かしても、どれだけ死角から不意打ちしても避けられてしまう。

 それどころか、状況はどんどん不利になっていくばかりで。

 又、ルトがテシャートに斬りつけられる。


「くっぁ!?」


「ふふふ。あはは。どうしたんですか? もう終わりですか? さっきまでの威勢はどうしたんですか?」


「くっ! この野郎、です!」


 ルトはテシャートになんとか斬りかかるが、簡単に弾かれてしまう。

 そして、又、斬り付けられた。

 嬲るように。子供が、虫をいたぶるかのように、テシャートはルトを斬り付ける。

 その表情は享楽にふけっていて。

 ハイトの顔でそんな事をするテシャートに、アイリスは。


「こんの、ハイトこらぁああああああ!?」


 耐え切れなくなって、走りだした。

 そして、持っていた剣を――かつて、ハイトがシアンに貰った剣で斬りかかりながら、


「お前はシアンの騎士だろ!? そんな奴に操られてるんじゃねええええええよ!?」


 そう叫ぶ。


 騎士。


 そう。かつてハイトはシアンの騎士だった。

 ささやかだったが誓いを立てて、二人は主従になっていたのだ。

 主従とは、互いを生涯支え合うものだ。

 ハイトは最初、主従というものを知った時、そんなものには絶対にならないと思っていた。だが、シアンと旅をする内に、心変わりして、主従になったのだ。


 そして少しの時が経ち、ハイトは主従の相手、シアンを失った。

 シアンは一人で世界を救って死んでしまったのだ。

 ハイトは相談もされなかった。

 それどころか、最期に会う事も出来なかった。

 ハイトが見たのは、既に息絶えているシアンだった。

 相談されたのは、騎士であるハイトではなく、主従ではない魔法使いのアイリスだった。

 主従なのに。シアンの騎士なのに、なんの助けにもなれなかったのだ。


 それを二百年間、ずっと後悔してきた。

 騎士ではなく、魔法使いになれば、シアンを支えられるんじゃないかと考えて、学園に入る時、魔法使いを選んだ。


 でもそれは間違いで。

 魔法使いであれば、自分がアイリスの立場であれば、シアンを止められると思っていた。

 相談に来たシアンを説得して、止めさせる事が出来ると。

 でもハイトは分かってしまったのだ。

 シアンがアイリスに相談しに行ったとき、シアンはもう自分の命を使う事を決めていたのだと。どれだけ説得しても、止まらないのだと。

 無力感に苛まれているのは自分だけだと思っていたが、それはアイリスも一緒だったのだ。

 止められない人間を止めようとするのは、絶望だ。

 だから、自分にはシアンを剣で守るのが向いていると、そう、やっと分かった。

 シアンを背中で感じながら、すべての敵から彼を守る。


 そう、決めたのだ。やっと。

 だから、俺は、シアンの騎士だ。

 騎士だ!

 そう強くハイトが思った瞬間。


 一瞬。


 ほんのわずかだったが、テシャートの動きが鈍る。

 それに気付いたアイリスが、すかさず魔力玉をハイトに向ける。

 その無数の玉は、最初の数個は避けられるが、動きが鈍ったテシャートには全ては避ける事が出来ない。

 一つの魔力玉が、テシャートの体に当たる。

 魔法によって、テシャートがハイトの体から追い出されようとする。


「くっ! まだだ、まだだぁああああああああああああ!?」


 そこでシアンの口から、呪文が零れる。

 やっと召喚魔法が完成したのだ。


「星空を泳ぐ赤い糸。異なる世界の運命。理を越えて結びつく」


 強すぎる魔法に、シアンから青藍の魔力が溢れだす。

 そして、顕現の言葉を紡ぐ、直前!


 剣が。


 テシャートの剣がシアンに向かって投げられる。

 最後の悪あがきだった。

 ルトの瞳が見開かれる。

 剣をなんとか阻止しようとして、だが、満身創痍な彼女は間に合わない。

 魔法を詠唱中の魔法使いは無力だ。

 シアンはそれを避けられない。

 当たる、直前。

 剣と、シアンの間にアイリスが入った。

 アイリスに剣が突き刺さる。


「ぐっあぁああああくっそがあぁあああああああああ!」


 アイリスが腕を振るう。

 追い打ちをかけるように無数の魔力玉が、テシャートに当たった。

 今度こそ完全にテシャートがハイトから追い出される。

 シアンが目を開く。

 顕現の言葉を紡ぐ。


「繋げ」


 瞬間、目を開けていられない程の、魔力の奔流。

 どのくらいの時が経っただろうか。

 それが収まると、そこには二つ、赤い糸で出来たドアの無い扉が現れていた。

 一つはシアンの前。もう一つは、ハイトの前だ。

 通る部分は、青藍の魔力光に溢れていて、先は見えない。

 成功、だ。

 シアンが叫ぶ。


「ハイト! 入れ!!」


 ハイトは一瞬気を失っていたが、その声でハッと目覚める。

 そして、目の前の扉をくぐった。

 ハイトの姿が青藍の魔力光の中に完全に消える。

 後は、シアンの目の前の扉からハイトが出てくるだけだ。

 一拍、二拍……。

 シアン、アイリス、ルトが固唾を吞んでシアンの前の扉を見る。


 出てきてくれ!

 出て来い!

 出て来てください、です!


 嫌な静寂。

 永遠にも思えるような時間の後、揺らめく青藍の魔力光の先から、ハイトが現れた。

 それにシアンは思わず、満面の笑みを浮かべると、


「ハイト!」


 抱き着いた。

 それにアイリスが慌てて言う。


「おいシアン!? まだ操られてる可能性もあるんだぞ!」


「大丈夫もう操られてない。ハイトだ!」


「大丈夫って、なんで分かるんだよ」


「分かるものは分かるの!」


 ぎゅうぎゅうとハイトを抱きしめるシアン。

 抱きしめられたハイトはといえば、少し困ったように眉を下げて、


「ごめ……」


 だが、そんなハイトの声をかき消す勢いでシアンがさらに言う。


「本当に! 本当に良かった! ハイトが戻って来てくれて!! 本当に……本当に……!」


 本当に、本当に良かった。

 そう何度も言いながらシアンはハイトに抱き着く。

 大切な人をもう二度と失いたくなかった。

 助けられなかったと嘆くのはもう嫌なのだ。


 そのうちに、シアンの両の目からはぼろぼろと涙まで溢れてきて。

 ハイトは、背にその涙の熱さを感じると、迷子の様な表情でアイリスに助けを求める為に視線を向ける。

 アイリスはそのハイトに、安堵にゆるんでいた表情を見られないように背けると、ぶっきらぼうに言った。


「私がお前を殺すより、お前が戻ってくる方が早かったな。残念だ」


 それにハイトは少し得意げな顔になって、


「当然だ。お前なんかに負けないさ」


「ほう? なら今からでも勝負するか?」


「望むところだ!」


 シアンに抱きしめられたままハイトは息まく。

 だが、そんな勢いは長くは続かなかった。

 ルトだ。

 ルトが、ハイトに抱き着いたのだ。

 抱きしめられたハイトは、挑戦的に上がっていた眉を、又下げる。

 先ほどまでの勢いはどこかに行ってしまった。

 ルトは、顔をハイトに埋めながらぼそりと言う。


「よかった、です」


「……ルト」


「よかった、です」


 顔を埋めておそらく泣いているであろうルトの頭をハイトは撫でる。

 その頭は温かった。


「ありがとう。ごめん」


 その言葉が、するりとハイトの口からこぼれた。

 その言葉は、ハイトがずっと言いたかった言葉だったかもしれない。

 しんみりした空気が辺りを包む。

 だが、その空気をぶった切るようにアイリスが言う。


「うわあ! ハイトがお礼!? 鳥肌! 鳥肌立った!?」


「こんのアイリスこの野郎! こんな時もお前はそんななのか! そんなだな! お前はいっつも!」


「わーハイトが怒ったー!」


 アイリスは、にこにこと笑って逃げ出そうとした。

 がしかし、がくりとその場で膝をついてしまう。


「っておい!?」


「ははは。いやー。そーいやー私、刺されてたんだった」


「刺されてたんだったーって忘れるなよ!?」


「ははは。これめっちゃ痛い。二百年位生きてるけど、これが一番かも」


「あああもう! ふざけた事言ってる暇があったらちゃんと抑えてろ! シアン! 回復魔法!」


「あ、あ、うん!」


 ハイトを抱きしめていたシアンはその声に慌ててアイリスの方へ向かう。

 その後ろを、ハイトに抱き着いていたルトも続いた。

 そしてルトは、シアンの背中に話しかける。


「それが終わったら、ボクもお願いします、です」


「わわわ! ルト! 超特急で終わらせる!」


 そう言うとシアンは、右手を胸に左手をアイリスに向けた。

 青藍の魔力が柔らかく漂う。

 もう、この森に脅威となるものは居なかった。

 鳥のさえずりも戻って来る。

 どこまでも平和で、空はどこまでも青かった。

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