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異動ガチャ  作者: 泉北亭南風
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9 電車に乗ってみよう

 電車に乗れなくなって3週間以上が過ぎた。厳密にいうと、「通勤」に関わる電車に乗れないのだ。事実、「京都鉄道博物館」の展示車両には恐怖感がなかった。ここも健康な人からは理解できない部分・・・というか、私自身も理解できなかった。安藤先生に相談したら、


 「診断は理解できるとかできないではなく、症状に基づいて行うものです。だから病気の診断がつくんですよ。我々医者でも医学的に解明できない症状はいっぱいあります。気にしないでください。」


 と帰ってきた。なるほど・・・単純明快ではある。


 しかしながら、いつまでもそのままではいけない。とりあえず、通院時にクリニックまで電車で往復してみることにした。


 家から駅までの通勤路を歩く。病気になる前は枝だけだった街路樹たちは新緑に彩られ、季節が確実に前に進んでいることを感じる。


 改札機・・・無事突破。これはもう大丈夫そうだ。電車が来たぞ・・・。1本目は人が多くて乗り込む勇気がなく、頭の中でシミュレーションだけしてやり過ごした。


 2本目・・・幸いにも空いている。


 「よし!乗ってしまえ!」


 ドアが閉まった。閉塞感に押しつぶされそうになるが、車窓に視線を移して気を紛らわせた。


 飛ぶように流れていく車窓・・・まるで霞がかかったように澱んで見える。抑うつ状態やうつ病の世界には色がないと聞いたことがある。それは間違いではない・・・元気な時とは違う世界だなぁ・・・。それがどこか新鮮で楽しかった。もう大丈夫だ・・・。


 10分ほどでクリニック最寄り駅に到着した。この勢いで地下鉄にもトライしてみようと意気込んだが、地面にポッカリと口を開けた大きな穴に人が吸い込まれていくのを見ておじけづいた。


 地下鉄は諦めてクリニックへ・・・。


 「高槻さん、よくここまで一人で電車で来られましたね。でも焦ってはダメですよ。慌てずゆっくり行きましょう。今はとにかく休む時です。」


 安藤先生はニコッと笑って私にそう語りかけてくれた。


 元木さんのカウンセリングでは、抑うつ状態からの回復傾向についてレクチャーがあった。直線的に回復していくのではなく、抑揚の波を乗り越えながら少しずつ少しずつ回復していくものであること。病気の特性上体調が下降線を描く時期があるが、それは病気のせいであってあなたのせいではない。だから落ち込んではいけないのだと教えてもらった。


 私自身福祉専門職として精神疾患がある人に接する機会もあったが、


 知ったかぶりで無理難題を押し付けてしまってはいなかったか・・・?


 今私が経験している世界は想像を絶する厳しさである。あまりの無知さに自己嫌悪に陥ってしまった。


 「復帰したらもっと謙虚になろう・・・。」


 ぼんやりとそんなことも考えた。


 帰りも電車で最寄り駅へ・・・。家に着いた時には疲れ果てていて、その日は1日リビングで横になったまま何もできなかった。


 その後クリニックへの通院は、意図的に電車を使うことにした。地面に大きく口を開けた世界・・・地下鉄を克服するにはまだもう少し時間がかかりそうだ。

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