7 改札機との闘い
4月も中旬になり、少しだけ体調が持ち直した。しかしながら、急性期からの回復とともに自分が休んでいることへの罪悪感が襲ってくる。安藤先生からとにかく仕事のことは忘れて休めと厳命されていたが、そう簡単なことではない。
少し前に、友人であるカメラマンの大崎さんから、京都の画廊で個展をやるので来ないかとお誘いを受けていた。行きたいけれど、無事に京都にたどり着けるのか?そして罪悪感との闘い・・・最後は大崎さんに会いたい一心で、半ば勢いで家を飛び出した。
世間一般に、抑うつ状態にある人は家に籠りきりとかそういう理解がなされている。確かにそういう人も少なからずいるのは事実であるが、体調や時間帯や人の多い少ない等の条件付きながら、世間様が思う以上に動くことができる人もいる。この時期の私は急性期を抜けて後者に差しかかっていたところであった。
症状には大きく個人差があるのだが、健康な人と病気の人が相容れない部分である。健康な人から見れば「あいつホンマに病気か?」となり、時には「甘えてる」だとか「勝手病」だとか心ないバッシングが起きる。一方で病気の人から見れば「わかってもらえない」となり、不信感や恐怖感にもつながることがある。
車の助手席に妻の良子を乗せ、高速道路を北東へ・・・大方2週間ぶりに大和川を超えた。お昼前に会場近くに到着。画廊のオープンまで少し時間があったので、軽く昼食を摂った後、「京都鉄道博物館」に足を運んでみた。幸い人は少ない。これならば行けるだろう。
実はここには「改札機」の実物が置かれており、実際に切符を入れて通ることができる。大汗をかきながら何度もトライ・・・周囲から見れば大の大人が何をしてるんだろうと映ったに違いないが、当の本人は真剣である。15回くらいトライして、無事何とか通れるようになった。後は実際の駅の改札機をくぐれるかどうかだ。
時間になったので画廊に移動し、大崎さんの作品を見ながらいろいろ話をした。大崎さんは臨床心理士でもある。私はいろいろ自分のしんどさを聞いてもらいたかったのだが・・・
「高槻君。君のしんどさは理解しているけれど、敢えてここでは掘らないでおくよ。今は写真を楽しんで。」
正直冷たいなと思ったのだが、これはプロとしての判断だったことが後日談として語られた。
翌日、駅の改札機にトライ。読み取り部に「PITAPA定期」を近付けるとピピッと音がした。触れてもいないのに・・・。その音にびっくりして反射的に改札機の向こう側へ・・・
やれやれ・・・通れたよ。
この時初めて、「PITAPA定期」は非接触でも反応することを知った。
そっちかよ!とツッコミを貰いそうであるが、偶発的ながらもとりあえず第一関門を突破した。
でも・・・まだ電車には乗れない。
後日の診察で安藤先生にこの件を報告した。
「高槻さん。よく頑張りました。でもね・・・電車に乗れないのは病気のせいだから焦ってはダメですよ。無理すると必ず反動が来ますから・・・。」
と優しく諭してくれた。
電車が苦手な精神疾患患者は比較的多い。仕事柄そういう人に出会うことは多かったが、いざ自分がそうなってみると、そのしんどさや乗り越えていく苦労は想像を絶する。とても文字や言葉で言い表せるものではない。
何故だろうといろいろ詮索するのは無駄。敢えて言うならば生理的に無理。その一言に尽きる。