24 別の人生を考えたらどうですか?
9月初旬。田村次長からメールが来た。今後のことについて話し合いをしたいので、9月11日の14時に本庁福祉局の会議室に来いとある。山口所長も同席する由。
今回は最寄り駅ではない。バイクに乗り回せるくらい元気なのだから、職場との中間点まで出て来いということか・・・?
そして「本庁」の会議室・・・
公務員の世界では、話し合いの相手や場所でその内容の「重さ」を推し量ることができる。
「これは話が大きいなぁ・・・」
私は直感的にそう感じた。
「高槻君。それ・・・退職勧奨かもしれんで。ICレコーダー持っていき。」
新木さんに相談したら、すぐに時間を作ってくれた。ご自身の時もそうだったとのことである。
私はフリマサイトでICレコーダーを購入し、当日に備えた。
そして当日、時間通りに指定された会議室に赴くと、山口所長、田村次長、山中課長が並んで座っていた。まるで人事の採用面接みたいだ。私はわからないようにズボンのポケットに入れていたICレコーダーのスイッチを入れた。
「高槻さん。その後体調はいかがですか・・・?」
田村次長が切り出した。山中課長は能面でペンを走らせている。役割分担が指示されているようだ。
定型的な話が一定終わったところで、山口所長が口を開いた。
「高槻さん。復職ってどういうことだか知っていますか?それは、病気をする前と同じように、フルスペックで休職前と同じ職務を遂行できる状態であるということです。職場は訓練所ではありません。復職したからには、求められる職責を完璧にこなしてもらう必要があります。それに、例えば内臓疾患で入院休職していた人が復職する時、違う職場に異動させますか?させないでしょう?それと同じことです。」
『所長のおっしゃることは一定理解できるのですが、うつ病という病気は寛解に時間がかかります。おそらくは復職後も当面は通院して必要な治療を受け、服薬も必要になるだろうと主治医から言われています。内臓疾患と同列の扱いをするのは違うと思います。例えば業務の調整をしてもらえるとか、課を変えるとか、そういう配慮はないんですか?主治医も環境調整が必要と診断書に書いていたと思うのですが・・・。』
私はそう返答した。
「緊急対応課の業務に戻ってもらいます。他に選択肢はありません。職責を完璧にこなせない状態では復職は認められません。周りの職員にも迷惑です。私は何も難しいことは言ってないと思いますよ。至極シンプルな話です。」
『では何の配慮もなされないということですか?』
「いえ、そうは言ってません。必要な配慮はするけれど、緊急対応課で与えられた職務は完ぺきにこなしてもらう必要があります。」
その後しばらく堂々巡りが続いた。
山口所長の声が突然小さくなった。
『高槻さん。それが無理なら・・・もうそろそろ別の人生を考えはったらどうですか?』
来たよ・・・退職勧奨である。
私は現段階では退職の意志はない旨毅然と言い切り、それ以上お話しすることはない旨、正面にいる3名に伝えて離席した。
うつ病は寛解に至るまでに相当長い年月を要するとされている。そして残念ながら寛解に至らないことも少なくない。山口所長はそのことを知っていたのか知らなかったのかは定かではない。どちらにせよ、病と闘っている人間に「完璧」を求めるのは明らかにおかしい。
ではがんや高血圧、脳卒中後遺症等内臓疾患で闘病しながら仕事をしている人間に完璧を求めるだろうか?おそらく求めないだろう。
あとで調べて分かったことだが、山口所長の主張はとある大学病院の医師の受け売りである。うつ病が「完治」する病気であると勝手に決めつけ、ある意味「お荷物」になる病人を排除して、組織を健全化するための対応方法を説いているとんでもない医師がいるのだ。「〇〇メソッド」と名付け、金儲けの手段にもしている。
医学的視点ではなく労務管理の視点から効果的な復職を実現すると謳うが、残念ながらうつ病は「完治」はしない。再発のリスクがあるという前提で「寛解」という表現が使われる。がんと同じである。
管理職からすれば非常にわかりやすい「メソッド」で、個人よりも組織を守ることを大事にする山口所長にはうってつけの理論であるが、うつ病当事者から見ると迷惑千万である。
うつ病の症状には波がある。そして復職後も定期的な通院治療を継続しなければならないことが多い。この暴論に当てはめれば、たとえ復職しても、仕事が十分できない等理由をつけられて再休職に追い込まれたり、結果として組織から葬り去られる運命にある。そこには障害者差別基本法に定められている「合理的配慮」なぞあったものではない。
そして、声を小さくして
「別の人生を・・・」
意図的である。石橋を叩いて壊す人物だから、私がICレコーダーを仕込んでいる可能性も頭に入っていたのだろう。
山口所長は2021年3月末に定年退職するのだが、その話し合い以来、私の前に姿を現すことはなかった。
石橋を叩いて壊す人物からすれば、健全な組織運営に悪影響を及ぼす存在に引導を渡したつもりなのだろう。自分の退職後のキャリアに傷が付くとでも思ったのだろうか?何にせよ・・・組織の長として、そして人の悩みごとに寄り添う福祉専門職のトップとして失格であるのは疑う余地もない。
私が喰らったダメージは想像以上に大きかった。この日を境に私の体調は「最悪」レベルにまで低下し・・・そして極度の人間不信に陥った。




