12 毎日の過ごし方
急性期を抜け、仕事に行く以外のことは比較的スムーズに進むようになってきた。ただし、あくまでも急性期と比してである。健康な人のレベルからは程遠い。
朝決まった時間に起きる。洗顔して朝食を摂って着替える。駅まで歩く。満員電車に乗る。駅から歩く。職場に着く。仕事をする。駅まで歩く。満員電車に乗る。駅から歩く・・・。
病気になる前は普通にこなしていた「仕事に行く」ということが、実は相当ハードルが高いということを認識した。これらのすべてのハードルをクリアしないと復職はできないのだ。
朝は意図的に7時に起きた。これは平日も土日も変わらない。起床時間を崩すとおそらくは元に戻れないだろうと感じたからである。朝食も仕事に行く妻の良子と一緒に摂る。
良子が出かけた後は新聞を読む。そして家の掃除やら家事全般をこなす。これは、いくら給与が全額出ているとはいえ、いろいろと迷惑をかけている良子への罪滅ぼしの意味もある。
昼食はできるだけ外で摂るようにした。11時頃自転車で家を出て、行きつけのポプラカフェ、マッハ5、そして別の行きつけのお店のマスターから教えてもらった喫茶ガジュマルをローテーションで。どのマスターも私が病気で仕事を休んでいること知っている。マスターと話し込んだり、しんどくなってしまって休ませてもらったり・・・結果として長居することも多かったが、いつも変わらず優しく受け入れてくれた。
帰ってくると少し昼寝をする。夜十分に眠れていないのに加え、エネルギーの絶対量が不足しているため、休まないと体が持たないのだ。
目が覚めるとTVの再放送枠のドラマを見る。集中してTVを見るということも大事だと思う。
夕方良子が仕事から帰ってくると、一緒に夕食の準備をする。夕食、入浴、そして11時に就寝する。
平日はざっとそんな感じである。土日は良子と一緒に、これまでの休日と同じように過ごした。体調が悪くなければ車で買い物に出かけたりもした。
クリニックは月に2回。意図的に朝一番の枠にしてもらった。駅まで歩いて電車に乗り、安藤先生の診察を受け、カウンセラーの元木さんと40分間話をし、薬局で薬をもらい、電車に乗って帰ってくる。体調が良ければ駅前でウィンドウショッピング。そして家まで歩いて帰ってくる。
移動手段は徒歩か自転車か車。移動能力がスポイルされなかったのは大きいと思う。ただし、バイクには上手く乗れなくなってしまった。当時の我が家にあったのは大型のマニュアルトランスミッションのバイク。マニュアルバイクは両手両足がすべて役割を持ち、バラバラに動かす必要がある。発進時は左手でクラッチを切り、左足でギアを1速に入れる。そして左手でクラッチミートしながら右手でアクセルを開ける。一定の速度に達したら左手でクラッチを切り、左足でギアを操作する。ギアは6速あるのでそれを5回繰り返すのだ。
減速する時は右手で前ブレーキ、右足で後ブレーキを操作する。前ブレーキをかけすぎるとフロントロックでひっくり返るし、後ブレーキをかけすぎるとリアロックでこれまたひっくり返る。停止直前に左手でクラッチを切り、左足でギアを落とす。
文字にしてもややこしい操作がうまくできなくなってしまったのだ。
運転は「認知」「判断」「動作」の3点セットの繰り返しであると教習所で習った。安藤先生によれば、抑うつ状態の時は脳のオーバーヒートを防ぐために機能が抑制されるのだという。だから3点セットがうまく処理できなくなるのだろうと自己理解した。
大好きなバイクに乗れなくなったのは非常に辛かったが、おそらく時が解決してくれるだろうと思っていた。結果として再び乗れるようにはなったのだが、そのことが話をあらぬ方向へと導いていく。
世間的には大型バイクに乗ることは「道楽」でしかない。そして仕事を休んでいる精神疾患患者が「道楽」を愉しむ・・・けしからん!となる次第である。




