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異動ガチャ  作者: 泉北亭南風
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1 プロローグ

 大阪湾を見下ろす高層ビルの一室。時間や季節とともに変化する雄大な景色が心を癒してくれる。訪れた人はかならずその景色に心奪われ息を飲む...そこが私の職場である。


 私の名前は高槻 浩司45歳。大阪府庁の福祉専門職として働く何の変哲もない地方公務員がこの物語の主人公である。


 景色のよさとは裏腹に、持ち込まれる相談は難しく人間臭いものが多い。入り口には「お金の悩み相談室」の看板がかかっている。


 ここは2011年春に大阪府の商工局が開設した債務...すなわち借金の相談窓口。当時の知事の肝入りによるものである。


 多少裏話になるが、大阪府が「特区」としてやろうとしていた事業が多重債務者を生む恐れがあると外部から指摘され、その受け皿として作られたのが実際のところ。IRをやろうとして、その受け皿としてギャンブル依存症対策を充実させようという昨今の構図とよく似ている。


 結局「特区」は国の認可が下りず、尻ぬぐいになるはずだった「相談室」事業だけが残ったらしい。


 しかしながら相談室は好評をもって推移し、全国の先駆事例として取り上げられることも多かった。相談室のトップは弁護士や司法書士ではなく、大阪府が長年培ってきた「福祉専門職」である。商工局採用ではなく、福祉局から一本釣りで引っ張ってくる。私はその2代目になる。


 「借金」の問題は、借りなければならなかった事情、返せなくなった事情、そしてこれからどうしていくのか...?それらを多角的に考える必要がある。ケースの「見立て」が必要なのだ。ベテランクラスの福祉専門職はその技術を身につけている。


 そして実務に就いて初めて知ったことだが、返さなくてよい借金や返すべきでない借金もある。前者は闇金融業者からの借金。そもそも違法な貸し付けを弁済する必要はないという理屈。後者は依存症に伴う借金。


 貸金業者は顧客からの貸付利息で経営を維持している。家族等が世間体を気にして律儀に返済してしまうと、業者が「優良顧客」とみなしてさらにお金を貸してくれる。そして当の本人はさらに依存の沼にはまるという理屈である。


 実際持ち込まれる相談は幅が広い。入口は「借金」だが、その背景は事業破綻、生活困窮、病気、離婚問題、ギャンブル依存等々非常に多岐にわたる。相談を受ける側もそれらに対応できるスキルに加え、相談機関たらい回しではなく「ワンストップ」のサービスが求められる。


 私がここにやってきたのは2014年...4年前のことである。初代の任期切れに伴って良い人材はいないかと探したところ、さまざまな職場を転々としてそれぞれは浅いながらも「ゼネラリスト」として認識されていた私に白羽の矢が立ったという事情らしい。


 福祉の仕事の大半は市町村に権限が下りており、広域行政の大阪府がやっているのは、児童相談所や福祉事務所を持たない町村の生活保護、福祉施策の企画立案等に限られ、職務の範囲が年々狭まってきていた。


 正直なところ、私が持っていた幅広い知識とスキルは福祉局では「無用の長物」であった。それらを存分に活用できる...私にとって相談室は「天職」とも思える職場であった。


 私が着任して2年目の2015年、「生活困窮者自立支援制度」がスタートした。相談室が先駆事例としてやってきた事業が国の制度の一部に組み込まれることになったのだ。「生活困窮者自立支援制度」の所管は福祉局である。商工局と福祉局で「二重行政」が生まれることとなってしまった。


 こういう「セーフティネット」に関わる事業はそう簡単にはスクラップできないのが行政である。相談室は永続的に残るものと誰もが信じていた。ところが知事が「無駄」とトップダウンで判断し、7年の歴史に幕を下ろすことになった。方針が出たのは2017年春のことである。ちょうどその時期に私の任期が切れるはずだったのだが、残り1年の「サンセット」の事業にわざわざ人を引っ張ってくることもなかろうということで、私はそのままもう1年居残ることになった。


 2018年3月23日夕刻。直属の上司である中山課長に個室に呼び出された。


「高槻さん。あなたの新年度からの職場が決まったよ。」


 私は、これまで培った知識と経験を生かせる職場に異動させてほしい旨事前に伝えており、中山課長からもその方向でと前向きな答えをもらっていた。ところが...答えをもらった瞬間から世界が一変した。「人生一瞬先は闇」とはうまくいったものだ。


  この日この瞬間から、想像を絶するような苦難と闘いの日々が始まった。

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