3話--妹と服--
「はぁーーーーー、お姉ちゃんの匂い……」
「せっかく布団を整えたんだから潜り込んで荒らすなよー」
「うん。わかってるよ、フリでしょ?」
あぁ、何というか沙耶らしい。笑顔で布団に潜り込んでいった。
回帰する前……私が男の時も布団に潜り込んで何やらもぞもぞしていた記憶がある。
何をしているか分からないが私の感覚では40数年振りなので非常に懐かしく感じた。
「あ、沙耶。買い物どこ行きたい?」
枕を吸うのを止めない沙耶に声を掛ける。
そのままだと間違いなく過呼吸になってしまうぞ……。
「――お姉ちゃんの服を買いに」
「それはさっき聞いたよ。ついでに運動するための服も買いたいなぁ」
「な……なんだって!? お姉ちゃんが自ら服を買いたいって!? これは明日は天変地異が起きそうだ……」
私の言ったことが信じられないと言わんばかりに震える沙耶。
――残念、天変地異は明後日だよ。
などと言えるわけもなく笑って沙耶の言葉を流す。
「さて、着替えるかぁ」
いつまでも寝間着で居るわけにもいかない。
外出するのであれば相応の格好を……と思ったがクローゼットには男物の服。やはり沙耶が置いていった服を着ていくしかないのか……?
服の入っている引き出しには綺麗に上下で分類された下着のセットが入っていた。男の時は寝るとき素肌に寝間着であったが、そこは変わっていおらず下着も着けないといけない。
全知……私はどういう風にいつも服を着ていた?
『回答します。そのままです』
そのまま、とは……?
上下の下着だけは着用して男物の服を裾を引きずり、袖を余らせて居たのか?
『はい』
何ということだ……それは確かに変人に見られても文句は言えないだろう。
通りでズボンの裾が解れている訳だ。
クローゼットを開けて唸っていると沙耶が私の方に近寄ってきた。
「あのね……お姉ちゃん。お願いがあるんだけど……」
「急にかしこまってどうしたの?」
「この服着てほしいの!」
沙耶が持っていた紙袋を私に渡した。袋の中を覗いてみると中には女物の服が入っているのが一目でわかった。
取り出して広げてみると大人の女性が来ているような落ち着いた感じの服であった。
体は女でも現状の心持ちは男のまま。女物の服を着るには少しばかり抵抗があるが……。
合理的に考えれば男物の服を着る方がおかしく見える。
うーん、と喉を鳴らして悩んでいると沙耶が徐々に小さくなっていくように見えた。
「やっぱり、やだよね……。お姉ちゃんは、好きな恰好して……いいよ?」
今まで見たことのない泣きそうな顔をした沙耶。
妹にそんな顔をさせてまで貫くプライドは存在しない。覚悟を――決めよう。
「よし、着てみるよ」
「いいの……? いつもだったら怒って拗ねるのに?」
妙にこだわりが強かったんだな!?
確かに回帰前の私は一度決めたら貫き通すような頑固な性格であったが……。
『過去の事象の記憶の一部欠損を確認しました。問題を解決するため、記憶の再統合をします』
全知の声と共に刺すような頭痛が起きた。そこまで痛くはなく、重めの偏頭痛と言ったところだろか。
少しすると頭痛が引き、全て理解した……いや、思い出したというべきだろうか。
この世界における私の振る舞いや過去にあった出来事全てを。
ただ、思い出した。というだけなので感覚は男のままだ。
しかめっ面をしていると沙耶が心配そうにこっちを見ていた。多分私の返答が無いから不安なのだろうか。
「うん、たまにはいいかな、って思ってね」
「お姉ちゃん……」
「さあ、早く買い物に行こう? 沙耶が選んでくれるんでしょ?」
「うん!」
花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべて沙耶が返事をした。
さあ、支度をしよう! と、着ていた寝間着を脱いでベッドの上に放り投げた。
「わっ、えっ!? 何で下着付けてないの!?」
「寝るとき煩わしくて……」
両手で顔を隠して沙耶が私を見て言った。
見えないようにしているのだろうが、指の隙間からチラチラと見ているのは分かっているぞ。
何故脱いだ私より恥ずかしがっているのだろうか……。
「……わかった。寝る用の下着も買おっか」
「そんなのあるんだ……」
「せっかく大きいんだから形崩れないようにしないとね……もったいない……」
私の方を見ながら沙耶は言った。いつまでも全裸でいるわけにはいかないので一番手前にある下着のセットを着けた。
色気のないシンプルな白いものだ。次は服を着ようとしたが……着方が分からず沙耶の方を見ていると沙耶は小さくため息を吐いて着方を教えてくれた。
全ての服を着終えて鏡の前に立つ。
「……似合ってはいるのか」
「いいじゃーん! かわいい! 美人って感じ!」
沙耶が興奮して私を写真に収めている。
スカート自体、高校を卒業してから履いていなかったのでいまいち慣れていない……羞恥心とまだ見ぬ自分への好奇心で心が揺れ動いている。
『賭けに負けた芸術の神と鍛冶の神がスキルを付与しました。スキル【小さな加護】を2つ獲得しました。重複するスキルがあるためスキルを統合します……スキル【決して小さくない加護】を獲得しました』
……もう何も言うまい。
神々と聞いてはいた何をしているんだ……。暇なんだろうか……。
一応獲得したスキルを確認しておこう。
スキル名:【決して小さくない加護】
効果:隠された本質を知ることができるようになり、手先が器用になり、幸運に恵まれる。
説明:芸術の神、鍛冶の神、全能の神の小さな加護が統合された結果、相乗効果を発揮して通常の加護と同等のスキルとなった。
なんだこれは……。回帰する前に通常の加護持った者も居たが効果は1つだけだったぞ?
全知、これは本当にスキルとしてあっていいのか? と聞こうとしたが沙耶の前で独り言のように呟くのは止めておこう。
頭の中で考えただけでも反応していたはずなのだが全知は何も言わず青い画面だけ出した。
『神々が焦った表情をしています』
『賭けの話を持ち掛けた賭博の神が神々に責め立てられています』
それ見たことか。
どうやら全知が加護を統合したことは神々の想定外だったようだ。
今更加護を返せと言っても絶対に返してやるものか!
目の前の青い画面が消えるように念じて消す。
さて、沙耶と買い物に行くとするかな。
「お姉ちゃんはいいよね、そんなにメイクしなくても見た目がいいからさ」
外に出て手を繋いでアパートから少し離れた駐車場に向かっている時に沙耶が言った。
濃いメイクは私自身が好みではないため、あまり手間のかからない薄いメイクで済ませている。
記憶の通りにやってはみたが30分はかかってしまった。
これでもまだメイク時間は短い方なのだろう。
「沙耶だって可愛いじゃん、自信もって大丈夫だよ」
「えへへ……」
照れくさそうに沙耶が笑う。沙耶の容姿は普通に可愛らしい。
ぱっちりとした二重の目にウェーブのかかっている癖毛が特徴的だ。
少しばかりシスコンの気があるのが玉に瑕だけれど……。
年齢は私より2つ下の18歳。高校3年生だ。
「そういえば最近、新しくできたカフェに行ってきたよ」
「あの駅前のきれいなカフェ? お姉ちゃんがカフェに行くなんて珍しいじゃん。どんな感じだった?」
「仕事の打合せで行ったから会社の金で食べてきた。珈琲も普通においしかったしケーキも甘すぎなくて食べやすかったかな」
「そうなんだ~、今度来た時にでも行ってみようかなぁ」
沙耶と話していて、ふと気が付いた。何気ない女子の会話になっていることに。
少しばかり驚いた。変人扱いされてはいたけれど20年間、女として過ごしてきた記憶がそうさせているのだろうか。
高校を卒業してそのまま社会に出た私は女性らしい買い物もせず、回帰する前によくやっていたゲームに課金等もしない。これといって特筆する点のない生活をしていた。
案外優秀な不動産の営業職なだけあって貯蓄はそれなりにあるみたいだ。
明後日から発生するダンジョンによって世界の通貨は下がり、ダンジョンから排出される純金製の貨幣――金貨が主流となっていく。
つまりどういうことかというと……。
「よし、今日は沢山お金使おう」
「どうしたの急に? ハムスターが貯食するかの如く貯めこんでたのに」
「んー? 何でもないよ。私の服だって決して安いものじゃないしさ……お礼に沙耶の服も買ってあげるよ」
「いいの!?」
女性の服は高い。探せば安いものも普通にあるけれど、おしゃれをするとなると1着数千円はくだらないし、高校生には手の届かない価格帯の服なんてざらにある。
多分母さんと一緒に選んで買ったのだろうけど沙耶が選んで持ってきた服をただで受け取るわけにはいかない。
「わはは、いいとも。姉を崇め奉りなさい?」
「ありがとう! お姉ちゃん大好き!!!」
沙耶が手の繋ぎを恋人繋ぎに変えて腕を絡めてきた。
私の腕に胸を当てて寄り添うような状態になっている。
上機嫌な沙耶にくっつかれて少々歩きづらいが……たまには姉妹で歩くのも悪くない。私が男のままだったら事案が生じていたところだったが……。




