どうかご無事で
ふと、あることに思い当たりソラは固まった。
だが今さらどうにかする時間はない。
知らない振りをしてこのままやり過ごすことにした。
「なんですか!?」
「ああ、いや、なんでもありません」
「そ、そうですか。あの、俺Cランクなんでオーガはちょっと……」
「大丈夫。弱らせますから」
瞬間、ソラはオーガに接近。
二本の剣で、素早くオーガに斬りかかる。
「ガッ!?」
対するオーガは、ソラの攻撃に反応。
ギリギリのところで致命傷を防いだ。
(不意を突いたつもりだったんだけどな)
現在のソラのステータスを以てしても圧倒出来ないのは、さすがはBランクといったところか。
オーガが反撃の態勢を取った。
腕を振り上げるが、
「ギィッ……グッ!?」
突如、オーガの動きが止まった。
顔には苦悶が浮かんでいる。
それを見て、ソラは警戒を解く。
「よし、一度で効いたか」
「あ、天水さん、いったいなにを……?」
「デバフですよ。もうほとんど動けないと思います」
アビリティ【弱体攻撃】により、ソラの攻撃には一定確率でデバフが追加される。
今回オーガにかかったのは麻痺のデバフだった。
発動率はおおよそ20%前後。
ラッキーなことに、今回は一回で発動させられた。
「麻痺はさせたけど、完全に動けないわけじゃありません。対応には気をつけて」
「えっ、ちょ――」
ソラは素早く冒険者協会の建物の中へと突入した。
その後ろ姿を、稔田は呆然と見送った。
「いや、天水さん、これ、どうすればいいんですか……」
麻痺したと思われるオーガが、仁王立ちの体勢でピクピクと痙攣している。
その瞳にはまだ、激しい敵意が燃えている。
もし麻痺が解ければ、次の瞬間には稔田が殺されるだろう。
とてつもない殺意だ。
「天水さんは、いったいどれほど強いんだ……」
こんな魔物を相手にしても、指一本触れさせずに動きを封じてしまった天水が、いったいどれほど強いのか想像もつかない。
少なくとも、冒険者ランクCではないと思った。でなければ、稔田も同じ動きが出来ることになってしまう。
「前に見た時は、もっと近い強さじゃないかと思ってたんだけどなあ」
その時は、実力を隠していたのか。
あるいは急成長したか……。
まさか動きを目で追えない程強いとは思いもしなかった。
いずれにせよ、今の天水は稔田の想像を遥かに超えた存在だった。
彼ならば、一人で建物の中に入っても大丈夫だろう。
問題は、稔田だ。
自分のパーティが壊滅してから、稔田は魔物を見ると震えが止まらなくなってしまった。
だからいま、稔田は脚が震えっぱなしだ。
(冒険者を辞めるって決めたじゃないか……)
しかし、冒険者協会本部でスタンピードが発生するなんて、のっぴきならない状況だ。
そんな状況で、自分の意思を優先するべきなのか?
たとえ優先しても、きっと誰も稔田を咎めないだろう。
だが、優先した結果、自分以外の誰かが死ぬ可能性がある。
その時に、稔田は自分を許せるだろうか?
(――いいや、絶対に許せない!)
我が儘を貫いた結果、誰かが命を落としたら、今後一生稔田は今日の自分を許せなくなるだろう。
「一人でも多くの命が救えるのなら……」
稔田は、意を決して盾を構えた。
まだ脚は震えている。
盾だって、ブレブレだ。
だが体に染みついた動きが、稔田の思いを支えてくれた。
オーガをまっすぐ睨み付けると、稔田の震えが消えた。
命をなげうち、未知を冒険する者としての、本能が目を覚ます。
(天水さんは、対応には気をつけてって言ってたな)
このまま放置すれば、いずれ弱体化が切れてオーガは動きを取り戻す。
ならばその前に、決着を付けるべきだ。
剣を振り上げ、オーガの首元へと全力で振り下ろす。
天水が貸してくれた長剣が、オーガの首を軽々と切り落とした。
「はぁっ!?」
その手応えの無さに、稔田は目を剥いた。
想像していた何倍も、剣の斬れ味が鋭かった。
「なんて武器だ……」
ダンジョン産の武具は、そのランクによって強さが変化する。
Eランクのダンジョンならミドルクラスの人工武器と同程度。Aランクのダンジョンならば、人間の技術では太刀打ち出来ないほどの性能となる。
ただし、ダンジョン武器は冒険者を選ぶ。
弱い者は強い武器を装備出来ないのだ。
天水から借りた武器は、Cランクの稔田にも装備出来た。
だから、ドロップしたダンジョンはCランク程度なのだろうと推測出来る。
それにしては、斬れ味が尋常ではない。
まるでBランク以上のような強さである。
「まさか――ッ!」
稔田はふと思い出した。
ダンジョン武器を強化するアイテムがあることを。
「いや、それはないか」
しかしすぐに、首を横に振る。
強化アイテムはかなり希少かつ、値段が恐ろしく高い。
たとえ天水がお金持ちだったとしても――強化アイテムはそうそう入手出来るものではない。サブの武具を強化するほど酔狂ではないはずだ。
「ま、まあ……不思議な武器だって思おう」
実際、非常に有用ではあるのだ。
これがあれば、早々に戦線離脱はするまい。
稔田は意識を建物に向けた。
中にはまだ、何匹ものオーガが潜んでいる。
「こんなにいるのか……」
その数の多さに、愕然とする。
十や二十、なんてものではない。
中からは時々、衝撃音と悲鳴が聞こえてきた。
「くそっ!」
稔田は奥歯を強く噛んだ。
天水にお膳立てされて、稔田は無防備なオーガを一体倒した。
だが自分一人ではなにも出来ない。
建物の中に入ることさえ、怖くて出来ないのだ。
稔田が出来ることは、ほとんど無い。
出来ることは、外に出てくるかもしれない魔物に備えることと、もう一つ。
「天水さん、どうか……どうか、春日を助けてやってください……!」
かつての仲間の無事を、祈ることだけだった。




