奥の手
「剣が!」
ベガルタが振るった剣が、天水の右手の剣を根元から断ち切った。
緊迫感から、一瞬が永遠に引き延ばされる。
剣を斬ったベガルタが、にやっと歪な笑みを浮かべた。
勝利を確信した笑みだ。
対して天水の顔は見えない。
彼は若干、バランスを崩していた。
攻撃を受けそこなったからだ。
すかさずベガルタが斬り返す。
まるで地面から跳ね返ったかのように、小剣が天水の喉元に迫る。
もし天水が死ねば、次は自分たちだ。
碓氷たちでは、あのベガルタの攻撃に対応出来ない。
(死にたくない。まだ、死にたくない!!)
コマ送りの世界の中で、碓氷は思わず叫んでいた。
「天水さんっ!!」
次の瞬間だった。
天水が腰から何かを引き抜いた。
――タタタタタンッ!!
鼓膜を劈く破裂音と共に、ベガルタが後ろに吹き飛んだのだった。
○
Dランクの武器が、あっさり切断された。
落ちる剣身を眺めながら、ソラは落胆する。
(折角手に入れたメイン武器だったのに……)
精錬も一回しかしていない。
まだ将来性のある武器だった。
それが破壊されて、ソラは落胆する。
しかしそれもコンマ一秒に満たない間だけ。
すぐに気持ちを切り替える。
武器の切断は想定内だ。
ソラは折れた剣を即座に手放し、腰に手を伸ばした。
ベルトに差した武器を引き抜き、ベガルタ目がけて一気に引金を引いた。
それを見て、ベガルタが目を見開いた。だがもう遅い。
――タタタタタンッ!!
「――ッ!?」
射出された魔法が、彼の体を吹き飛ばした。
ソラが使ったのは、Dランクのダンジョンで手に入れた『完璧な水鉄砲』だ。
水鉄砲は一日に10回、水魔法が使用出来る武器だ。
魔法だけでなくサブ武器としても利用したいので、+10にした炎剣とは違い、精錬は控えめの+2だ。
それでも、驚く程の攻撃力だった。
ファイアボールをまともに食らっても平然としていたベガルタに、手傷を負わせた。
傷は、貫通しているものが一つと、表面で止まったものが四つだった。
どうやら初撃にのみ、【一撃必殺】の効果が乗ったようだ。
(本当なら【弱点看破】の線を撃ち抜きたかったんだけどな)
ほんの僅かな間隙で、ソラは【弱点看破】の線を狙った。
だがベガルタもさるもの。刹那の間に、首や心臓など急所をガードしてみせた。
恐ろしく場慣れしている。
戦闘の経験が段違いだ。
だが、その経験をソラの機転が上回った。
「く、そっ。まさか、水魔法を撃てる武器を持ってやがるとは……」
ベガルタがぼやきながら立ち上がる。
腹部からはいまも血液が溢れ出ている。
かなりの大けがだ。これまでのように戦えはしないはずだ。
それでもソラは、慎重に間合いを詰めていく。
自分と同じように、相手に秘策があるかもしれないからだ。
力が拮抗した相手との戦闘は、たった一手で生死が分れるものだ。
だから、最後まで気を抜かない。
意識の底へ、深く、深く、潜っていく。
集中力が限界に到達。
回りから、不要な情報がそぎ落とされる。
ベガルタと自分だけがいる世界。
相手の一挙手一投足を注視する。
反撃の予兆を、決して見逃さない。
「ふぅ……」
息を吸って、停止。
一気に距離を詰めた。
ベガルタが剣を構えた。
剣に短剣が触れる。
その前に、急停止。
水鉄砲を持ち上げる。
即座にベガルタが射線から逃れた。
逃げた先を、短剣で斬りつける。
「――クッ!」
ベガルタの肩を深々と切り裂いた。
攻撃力は、問題ない。
当たれば確実にベガルタを落とせる。
ソラは、回転数を上げた。
それにベガルタが食らいつく。
再び、一進一退の攻防に入るかに思われた。
だが戦況は拮抗せず、ソラに傾いたまま。
斬って、突いて、構えて、フェイント。
攻撃誘導、カウンター。
ベガルタの体に、次々と赤い線が刻まれていく。
「ふざけんじゃねぇぇぇえ!!」
ベガルタが、雄叫びを上げた。
――奥の手か?
ソラは注意深く、相手の出方を窺う。
「巫山戯んじゃねぇぞ! クソッ、何が転生だ! こんなに力が落ちるなんて聞いてねぇぞ、騙しやがったな糞マコウ!!」
地団駄を踏み、牙を剥く。
「俺は獣皇だ。最強の獣人だぞッ!! アインツヴァルドなら、こんな雑魚野郎なんて一撃だ! 一撃でぶっ殺せるのに! クソッ! クソッ! クソッ!!」
怒りを露わにするが、ベガルタから切り札が出てくる気配がない。
相手が僅かに、ソラから視線を外した。
それに気付いた瞬間、【隠密】を発動。
ソラはゆっくりと、相手に近づいていく。
ベガルタは獣人だ。
リカオンと同様に、鼻が利く。
【隠密】を使っても、無効化される。
ただし、相手が冷静であれば、だ。
「こんなところで、死んでたまるか!」
憤激したベガルタがギロリ、碓氷たちへと充血した目を向けた。
その口から、血が混じった唾液がしたたり落ちる。
「俺の、糧にしてやる。テメェらを食って、力を取り戻す!!」
ベガルタが、一歩前に足を踏み出した。
次の瞬間。
「お前の相手は、僕だろ」
「あ――」
背後に回ったソラが、ベガルタの首へと短剣を突き刺した。
【弱点看破】の光が灯るそこは、人体の急所――延髄だ。
延髄は、なんの抵抗もなく短剣を受け入れた。
一度体が大きく痙攣し、ベガルタはそのまま地面に倒れ込んだ。
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