Dランクダンジョンの脅威
Dランクの固定ダンジョン前にも、辻ヒーラーと辻バッファーが待機している。
しかしFやGと比べると、待機人数がかなり少ない。
というのも、ダンジョン攻略に向かう冒険者の人数が、FやGに比べて圧倒的に少ないからだ。
人口比でGは最も多く、Sが最も少ないのだ。
スキルは使った回数によってレベルが上昇する。
そのためボリュームゾーンであるGとFのダンジョンに、辻ヒーラー・辻バッファーがより多く集まるのだ。
隠密で気配を隠しながら、ソラはダンジョンの中に足を踏み入れた。
ソラは慎重になって、ダンジョンの奥へと進んでいく。
誰も居ない場所で、武具を装備。
気配察知を薄くのばすと、すぐに魔物の気配が引っかかった。
隠密を使ってばかりいると、いざ看破された時に動きが甘くなる。
必要な時以外は、隠密を使わない方が良い。
Eランクのものより強い気配が、こちらに近づいてくる。
ソラは臨戦態勢で待ち構える。
通路の奥から二体の魔物が現われた。
大型犬ほどの大きさの、アリの魔物だ。
「「ギッ」」
ソラに気付いたアリが、一斉に襲いかかってきた。
体当たりを躱し、剣を振るう。
――ガンッ!
剣が外殻にはじき返された。
腰を入れた攻撃ではなかったとはいえ、傷が付かないとは思わなかった。
(硬いな)
ソラは即座に左手の短剣で攻撃。
すると、短剣は面白いようにアリの外殻を削り落とした。
(うおっ!?)
あまりに感触がなさすぎて、ソラは危うくバランスを崩すところだった。
(攻撃力が倍違うと、結果はこんなに変わるんだな)
外殻を傷付けられたアリが、「カチカチカチ」と牙を鳴らす。
ダメージを与えたせいで怒っているのだ。
アリが牙で反撃。
(……遅いな)
AGI60は伊達じゃない。Dランクの一般モンスターが相手でも、まるで追いつかれる不安を感じない。
また、SEN値を伸ばしたせいか、相手の挙動をいち早く察知出来る。
対応に余裕が生まれた。
おかげで速度が生きてくる。
ソラは躱しながら、後ろへと回り込む。
剣では外殻が傷付かない。
なのでアリの関節を狙う。
ソラが剣で関節を切り落とす。
関節を失ったアリが、バランスを崩した。
そこを、短剣でひと突き。
延髄を断ち切られ、アリが絶命する。
残る一匹も、手早く地面に沈める。
「……ふぅ」
ソラは熱くなった息を吐き出した。
戦闘は、予想していた以上に余裕をもって進められた。
Dランクの魔物を相手にしても、速度で圧倒出来たのは嬉しい誤算だった。
Dランクのダンジョンでも、ソロで十分戦える。
今回の戦闘で、ソラはそう確信した。
【気配察知】で魔物を探しながら、ソラはダンジョンの奥へと進んでいく。
なるべくアリと戦って、少しでも多くの経験値を稼いでいく。
〉〉レベルアップしました
Dランクの中でもレベルが低いのか、アリとの戦闘でソラは一度も危険な目に遭わなかった。
あるいは無意識に、リッチーを相手にしたギリギリの戦闘と比べてしまうからか。
どうしても『あれよりはまだ楽』と思ってしまう。
どうやらソラにとっての安全ラインが、少々後退してしまったようだ。
〉〉レベルアップしました
「中級二刀流術も、なかなかだな」
二十匹目のアリを倒した時、ソラはぽつりと呟いた。
以前に比べ、両手がより自在に動かせるようになった。
また、多少バランスが悪くても、重い一撃を加えられるようにもなった。
おかげで、かなり戦いやすい。
この時、ソラは幾分油断してしまっていた。
それも無理はない。
Dランクの魔物を鎧袖一触はね除けられる力を手に入れていたのだから。
そんな自分がまさか窮地に陥るとは、この時のソラは想像だにしていなかった。
○
ソラは次から次へと、アリを倒しながらダンジョンを進んでいく。
【気配察知】でアリを捕捉し、奥へ進む。
アリを見つけて倒すと、また【気配察知】でアリを探すを繰返す。
そうしているうちに、気がつくとソラは壁に複数の穴が空いた部屋にたどり着いていた。
「おお、すごい」
まるで吉見百穴のような光景に、ソラはしばし目を奪われた。
その時だった。
ソラの【気配察知】が、魔物の気配を捉えた。
それも、尋常な数ではない。
十、二十は優に超えている。
その気配が、一斉にソラへと近づいてくる。
「なっ!?」
慌ててソラは戦闘態勢を取った。
次の瞬間、壁に空いた穴からアリが出現した。
いくつも空いた穴から、アリが次々と這い出てくる。
それを見て、ソラは内心舌打ちした。
(嵌められたか)
この壁に空いた穴は、アリが掘った跡だったのだ。
アリは【気配察知】で知覚できないほど遠くに離れ、ソラをこの部屋におびき寄せた。
そうして部屋に入った途端に一斉に近づいてきたのだ。
穴から這い出てくるアリが、三十を超えた。
ソラの背中に、冷たい汗が流れる。
(さすがに逃げるべきか)
ソラが踵を返そうとしたとき、背後から近づく複数の気配を捉えた。
(しまった、逃げ道が塞がれた!)
カチカチカチカチ。
牙をならし、アリがソラを威嚇する。
もしソラがもう少し冷静だったなら、一方向にのみ出現するアリの気配に、不信感を抱いたはずだった。
だが、ソラは油断してしまっていた。
――いや、魔物に人をおびき寄せるほどの知能があるとは考えもしなかった。
(これが、Dランクの魔物か……)
ランクの高さは腕力の強さだけを表すものではない。
一定以上のランクの魔物には、人間を陥れる知力もあるのだ。
それを、まざまざと体感させられる。
じりじりと、ソラは部屋の中央に追い詰められていく。




