正義気取りのクレーマー
7月5日に拙作「小説版・生き返った冒険者のクエスト攻略生活」2巻が発売となります!
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(――んっ?)
訝る表情に、ソラは眉根を寄せた。
これまで順調だった売却に、暗雲が立ちこめてきた。
「失礼ですが、お客様がお持ち頂きましたこの杖ですが、お客様の持ち物でしょうか?」
「……そうですけど、何か?」
ソラは憮然として尋ねた。
――いや、尋ねるまでもないことだ。
相手はソラが、盗品を売却しようとしていると勘ぐっている。
「こちらの杖ですが、私どものお店では買取出来かねます」
「何故買い取って頂けないのでしょうか?」
「何故……? それは言わずともおわかりではありませんか」
この時、店員の顔にあからさまな嘲笑が浮かんだ。
「Fランクの冒険者がダンジョン産の杖を持ち込むなど、どう考えても怪しいからです」
「……は?」
「Fランクの冒険者が、どうやってダンジョン製の杖を? まさか、自分で取得したとは言いませんよね? そもそもダンジョンドロップは恐ろしく低確率です。それをFランクのあなたが持ち込むなんて、怪しまれないとでも思っているのですか?」
「…………」
店員の余りの言い草に、ソラは閉口する。
Fランク、と口にする店員からは、あたかも『Fランごとき』と言うかのような蔑みを感じる。
まさかFランクがここまで拒絶されるとは……。
(少し、見込みが甘かったか)
警戒はしていた。
だがまさか、たった一本武器を持ち込んだだけで、ここまでの拒絶反応をされるとは思ってもみなかった。
「……出直します」
「そうはいきません!」
「はっ?」
持ち帰ろうとするソラの手から、ドロップ品が取り上げられた。
「このアイテムは盗品です。きちんと警察に届け出て、私の責任において被害者に返還いたします」
「このアイテムは、僕のものです」
「戯言は結構です!」
店員が素早く受話器を取った。
(逃げるか? アイテムを置いて?)
ソラが逡巡する。
その葛藤を見て取ったか、店員が挑発的に言い放った。
「名前も顔も覚えました。逃げても無駄ですよ」
思わずソラの体から、殺気が漏れそうになった。
それをやれば、人間ではなくただの獣だ。
ソラはぐっと、自分の衝動を抑え込む。
(くそっ、どうする!?)
頭を悩ませていた、その時だった。
「横から失礼します。それ、本当に盗品なんですか?」
背後から、覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、先日出世払いだと魔石を渡した辻ヒーラーの姿があった。
「春日、さん?」
何故彼女がここに?
呆然としていると、春日が『ここは私に任せてください』とでも言うように、ソラだけに分かるウインクをした。
「盗品ですよ。Fランクの冒険者が、ダンジョン製のアイテムを持ち込めるはずありませんから」
「つまり、証拠はないということですね?」
「証拠……はありませんが、間違いありません!」
「そうですか。では、そこまでおっしゃるなら、調査してみてはいかがですか?」
「――へ?」
「ダンジョン製のアイテムは、初めて手にした人の魔力の波紋がコピーされると言います。その波紋を鑑定する機械が、冒険者協会本部にあったはずです。まずはそれで、鑑定してみてはいかがでしょう?」
(初耳だ……)
ドロップしたアイテムに自分の魔力の波紋がコピーされることも、それを読み取る機械が冒険者協会本部にあることも、ソラは知らなかった。
「良いでしょう。いますぐ冒険者協会に向かいましょう!」
店員が自信満々に頷いた。
ここへきてもなお自分は間違っていない、自分が絶対に正しいと思い込んでいるようだ。
春日が「大変ですね」とでも言うみたいに、憐憫の帯びた表情を浮かべた。
まったくもって、その通りだ。
ソラはがくりと肩を落とした。
店員が武具を担ぎ、春日が先導。それにソラが続く。
冒険者協会本部に向かい、一階でシステムの使用許可を取る。
(春日さん、なんだか慣れてるな……)
システムがある部屋に付くと、すぐさまアイテムの鑑定を行なった。
「これで窃盗が確定しますね」
「はあ」
「ここは冒険者協会ですから、逃げられませんよ」
たしかに、協会本部には強力な気配をいくつも感じる。
ソラとは強さの次元が違う。
本部に足を踏み入れた瞬間、まるでなんの装備も持たずにトラの檻に入った気分がして、冷や汗が止まらない。
「やっと逃げられないことがわかりましたか? でももう遅いですよ。あなたが最低の人間だということが、いますぐ証明してみせますからね!」
そんなソラの怯えを勘違いしたか、興奮気味にまくし立てた。
「天水さん、こちらに手を乗せてください」
「はい」
「杖をこちらに」
「わかりました」
機械をスタートさせると、即座に波紋が照合された。
結果は、一致。
「おかしいですね。これ、壊れてるんじゃないですか?」
結果が出てもなお、この店員は一切自分の考えに疑念を持たないらしい。
再度鑑定して、結果はまたしても一致。当然だ。この杖はソラが倒したボスからドロップしたものだからだ。
波紋が一致しないはずがない。
「この結果はおかしいです! もしかしてあなたも共犯者ですか!?」
「いったい、何をおっしゃっているのかわかりませんが……」
「さっきから見ていれば、どうも顔見知りの様子。仲間を助けるために、どうせこの機械を裏からコントロールしているんでしょ? そうなんでしょ!?」
店員がヒステリックに叫んだ。
自分の考えが通じなくなったとみるや、ソラだけでなく春日まで犯人扱いを始めた。
自分は良い。だが春日は駄目だ。
ソラは殺気を抑えるのを止め、口を開いた。
「いい加減に――」
「いい加減にしてください」
その時、ソラの言葉を遮って春日が静かに呟いた。
普段の彼女からは感じられないほど、それは冷たい声だった。




