空舞う花に願いを込めて①
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花火大会から約一週間。
多くの学生に名残惜しまれながらも夏休みは終わりを迎える。
私としては久しく友達と会う事が出来るため、夏休みが明ける事に名残惜しさは感じた事はないのだが、それも去年までの話。
今年はもう少し期間が欲しかった。
普段よりも早く家を出たせいか教室は電気が消えており、中には誰もいない。電気を付けると懐かしの教室が現れる。
一ヶ月教室に来なかっただけでこの懐かしさなのだから、卒業した後に教室を見たならばその感動は計り知れないだろう。
そんな少し遠い未来の事を考えながら教室のカーテンを全開まで広げる。すると、教室に入るには今しかないと言うかのように雲一つない空から教室へ朝の日差しが入り込む。
換気の為に教室の窓を開けた後、自分の席に座り時間潰しの為に夏期課題を取り出した。
夏期課題を開いた所で何かをする訳ではないのだが、殺風景な机を眺めるよりは良い。
国語の課題を問題としてではなく物語として三つ目の話を読み終えた頃、教室後方の扉がガラガラと開く。
その音の主は教室に電気が付いている事を不思議に思ったのか少しキョロキョロとした後、私の存在に気付く。
「あれ? 凛いつもより早いね」
教室に入ってくるなりショートヘアで夏の日に焼けた女子学生――藤田香奈枝が私の机まで歩いて来る。
「あれ香奈枝ちゃん。久しぶり! 大会ぶりね」
「確かに久しぶり! でも、そんな感じしないけどね」
そう言いながら笑う。夏の空がよく似合う、そんな笑い方だった。
彼女とは同じ陸上部の所属で、種目こそ違うが同じクラスメイトとして仲が良い。
「あれから練習してる?」
「今は少し休憩中」
「サボっていてもいいの?」
「いい訳じゃないけど……。そう言う凜こそ練習しているの?」
目線を逸らす。
「あ、その顔は練習してないな!」
「えへへ、バレちゃった」
「そりゃあ私でも分かるよ」
香奈枝は誇らしげに胸を張る。
「学校だと練習もやる気が出るけど、お盆休みで学校が閉まっちゃったから」
「あ、それ凄く分かる! 私も一応走ってはいたけど真剣味は欠けていたよ」
お互いに笑い合う。
「じゃあさ。凜はその間何していたの? 件の彼と遊んでいたんでしょ」
香奈枝は冗談交じりで言う。
特に意識してその話題を出した訳ではないのだろうが、それでも今の私の心には鋭利な刃物に変わる。
「……いや、そう言うのじゃないよ」
心に付いた傷を隠しながら精一杯の笑顔を顔に浮かべる。頭の中でイメージするのは常に笑顔を湛えている姉の姿だ。
「そうなんだ。てっきり花火大会も一緒に行っているものだと」
よりによってその話をしますか。
「そ、そんなの翔は知らないわよ。花火なんて興味ないもの」
「へえ! 勿体ない。私は見たことないけど翔君って結構冷めているんだね」
冷めていると言う訳ではないのだが、似たようなものではあるのであえて弁明はしない。
「まあ、私は特に何もなかったという事で、香奈枝は何もないの?」
私の話題を避けるためにも香奈枝に話を振る。
「え! それ聞いちゃう?」
話を振った途端、顔を赤らめる。
……何かあったの!?
どのような話があるのだろうか。私は興味の的をそちらにシフトさせていった。