燃ゆる炎に夢染めますか?⑥
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人には人それぞれの感性がある。故に似たような考えや感性を持っている人はいても全く同じそれを持った人はいない。
そうなれば当然人の数だけの価値観があり、人それぞれの思いや感覚があるはずだ。
そんな事は一般的な人生を送っていれば誰でも感じうる事だろう。そしてそれが如何に大変な事なのかも。
しかし彼らはそんな事をおくびにも出さない。そしてさも当然とでも言うようにバラバラに散らばっているはずの人の感情の隙を突いていく。
お笑いなど別に興味はない。そもそも興味があるならテレビを見ているだろうし、テレビを見ないからお笑いに興味が湧かない。
そんな自分が写真部の仕事以外の目的を持ってここまで足を運んでいるのだからある意味異常事態なのかもしれない。
ここは部室棟前。主に運動部の部室が並んでおり、本来であれば賑わう要素など一つもない。しかし、この場所が少なくとも写真部の部室前よりも活気があるのはこの舞台が設置されているからだろう。
一日目も、二日目もこの舞台前は賑わっている。体育館がメインステージならばこちらはサブステージの扱いだろうが、むしろ体育館よりも演者との距離感は近い。
だからこそお笑い芸人がゲストとして壇上に上がるにはこちらの方が相応しいと生徒会は考えたのだろう。
「…………。俺な、情景描写を口にするんが上手いねん」
「ほんまにそれ言ってる? 自分、年に一ページしか本読まんって言ってたやん」
「それはそれ。これはこれや」
「いやー、ほんまかなぁ? でも本も読まへんのに情景描写の説明とか出来る? そもそも仕方知ってる?」
「出来る知ってる。じゃあ、一回やってみよか?」
「まあ、そこまで自信満々に言うなら……」
「よし! じゃあ、任せて。じゃあ、とりあえずこれを準備するわ」
「いやいや! それ、しっぽのない猫のぬいぐるみ? と短い棒やん。物持ってる時点で情景描写を口で言ってないで!」
「いやいや? これが俺流の情景描写や。まあ、見てて。凄いから」
「まあ、そこまで言うなら……」
「ごほん……。今から三回、この黒い棒の先で掌を叩くでしょ? その後に叩いた先をぬいぐるみで隠します」
「あ、やっぱりぬいぐるみなんや」
「いくで、三、二、一。……ほら! 柄が尾になります」
「ほんまや。笑顔になってて猫みたい! でも、全く面白くないわ。むしろ殆ど顔芸やん」
「どっちが?」
「どっちがって……。そんなんお前の顔がやないか。それに全く情景描写されていないし」
「いやいや、されてるよ」
「どういう事?」
「だって俺らの会話を文章に起こしてみ? 何が見えてなくても何が起こってるか大体わかるから」
「大体かい! そもそも会話を文章に起こせるかい!」
前述訂正。全く面白さがわからない。
……いや、もちろん真につまらないとは思わない。しかし、それは関西弁の独特なイントネーションと絶妙な間の取り方で観客を取り込んでいるからに過ぎない。
彼らの言うように本当に文章に書き起こしてみたのならなんて事のないただの文章の羅列だろう。
そう考えると面白さが全く伝わってこないのだ。
もっとも漫才を文章で書き起こそうとするのがそもそもの愚策なのかもしれないが。
つまりは文字単体では面白みがなかったとしてもそれを話術で盛り上げる。そんなプロ魂だけは良く伝わった気がした。
そう頭の中で結論付けてその場を去ろうとすると、
「あれ、翔? どうしてこんな所にいるの?」
と正面から声がする。その声だけで誰かすぐわかる。
「別になんでもいいだろ」
素っ気なくそう返して歩き出そうとしても、正面にいる人はそうはさせまいと進行方向を阻む。
その顔には悪戯心が宿っている。
「なんでもよくない。珍しいね、翔。お笑い芸人って好きだっけ?」
「いや、別に。折角有名人が来るって言うからちょっと顔を出しただけだ、……写真部としてな」
「覚えてないの? オリーヴの写真撮影はしなくていいって話が出てたでしょ?」
記憶を辿ってみる。……が、そんな話は知らない。
「いや、知らない」
「そっか、もしかしたら翔がいない時のミーティングで話が出てたのかな? 著作権が関わるから写真撮影はダメって話があったのよ」
「そういう大事な事は先に言っといてくれ」
「言わなくても翔は仕事以外でカメラ持たないでしょ」
見透かしたように海老根は悪い顔を見せる。
少し目線を逸らす。手元にカメラを持たずふらふらしていた以上何も言い返せない。
「ま、別にいいけどね。その分私が頑張ってあげるから」
「なんだか恩着せがましいな」
「でも翔にとっても都合は良いでしょ?」
「…………」
言い当てられて何も言えない。
「図星ね」
「……はいはい。図星ですよ」
意地でも認めさせたい海老根の意向を組んでそう返す。
「なんか逆に馬鹿にされてる気がする……」
「いやいや、そんな事ないって」
「ならいいけど……」
少しだけ不満げな表情を浮かべるが、すぐに元の表情に戻る。と思ったら今度は少し悲しそうな表情を浮かべる。
相変わらず感情の変化が激しい。
「それにしても、もうすぐ文化祭が終わっちゃうんだね」
そう言いながら一点を眺める海老根の視線は一部が地面に隠れつつある太陽に向けられていた。オレンジ色に輝くそれの活動時間は徐々に短くなっており、それとともに下がる気温が冬の訪れを示唆している。
「まあ、そうだな。文化祭が終われば高校生活の六分の一が終わった事になるんだな」
微かにそうぼそりと呟く。
「六分の一じゃないよ」
声質は違えど、声音は同じ。憂うように海老根も呟く。
「一年生の体育祭や文化祭みたいなイベントは冬にはないでしょ? ただ単に授業をこなすだけ。それは高校生活の六分の一にはなりえないよ」
いや、授業も大事な高校生としての行事だ。なんて野暮な突っ込みはしないでおこう。
その代わりに、「そうだな」とだけ返す。
「……………………」
「……………………」
暫くの無言が続く。しかし無言であっても無駄ではない時間。その合間に思考を整理する。
「まあ、学校行事はなくてもそれでいいんじゃないか?」
「翔らしい」
またそういう事を言って……。と言った表情をした海老根を見て慌てて訂正する。
「いや、そういう事じゃなくて。折角部活があるならそこで活動すればいいだけじゃないか」
それを聞いた海老根は眼を見開きながら口をパクパクさせている。
「翔が、そんな事を言うなんて」
「たまにはいいだろ」
「別に良い、というかむしろ良いんだけど。……なんか翔も変わったね」
「誰かさん達のせいでな」
その誰かは察しの通りだろう。
「良い事じゃない」
「どうなんだろうな」
そう言いながら一度天を仰ぐ。徐々に暗くなる空が終わりの時間を示していた。
「そろそろ教室に戻る。多分片付けがあるし」
「あ、それもそうね。私も戻らないと。翔は後夜祭来るよね?」
「行かないという選択肢を用意してくれるのか?」
そう問いかけると、満面の笑みを浮かべる。無言の笑顔が恐怖を助長する。
海老根はたっぷりと時間をかけて間を取った後、
「しない」
と表情を崩さないまま返答した。
「なら選択権はないだろ」
「それもそうね」
海老根はクスクスと笑いながら軽い足取りで時枝の前へと躍り出る。そして振り返り、「じゃあ、また後でね」と言い残して後者の方へ姿を消した。
その姿を見送りながらもゆっくりと歩を進める。
どうやら海老根と話をしているうちにひとしきり漫才を終えたようで、芸能人は舞台の構造を活かしてファンサービスに興じている所のようだ。
もう漫才をしている訳ではない。ただ、彼らにとって全てがアドリブとなるはずの観客からの質問に面白おかしく回答しているようだった。
やはりお笑いは文章に起こさない方が良い。
質問してそれを聞く。質問されてそれに答える。そんな何の記録にも残らない当たり前のコミュニケーションを題材に扱うからこそお笑いは面白くなりえるのだ。
……なんてね。こんなことを姉貴に言ったら説教間違いなしだ。




