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燃ゆる炎に夢染めますか?⑤

「ありがとうございました」


 席を立ちあがったお客様にそう挨拶をした後に机の上に残された食器達を片付ける。食器と言っても紙製であるため用意しているゴミ袋に捨てるだけでいい。

 それらを処分した後に濡れタオルとアルコールで机の上を清掃していく。


「花山、助かる」


 丁度オーダーを取り終えたのであろう男子生徒がこちらに近付きながらそう声を掛けて来る。


「全然大したことじゃないよ」


 そう返事を返すが、声を掛けてきた張本人は視線をこちらに向ける事なく教室内を見渡していた。


「どうしたの?」


 そう声を掛けると、その男子生徒は困ったような顔をしながら話始める。


「東雲を知らない?」

「東雲さん? 確か飲み物を取りに行っていたはずだけど……」


 首を傾げながらそう返す。


「だよな? でも、何処を見ても見当たらないんだよ」


 それを聞いて先程の胸騒ぎを再び感じた。


「確かに流石にもう帰って来てもいい頃だよね。……わかった。僕が見て来るよ」

「そうか。助かる」

「いや、気にしないで。確か飲み物を置いているのって家庭科室だよね?」

「そうそう。悪いな」

「大丈夫」


 そうとだけ返し、急いで東雲がいるはずの家庭科室へ向かう。


 家庭科室はこの校舎の二階の奥にある。普段は授業で使う程度で料理部でもない限り訪れる事は少ない。

 そんな普段日の目を見ない場所だが、文化祭の際には飲食物を扱う出し物を行うクラスや部活にとって重要な物置兼冷蔵庫となっていた。


 当然飲食物を扱う自分達のクラスも家庭科室にはお世話になっており、物置としては勿論冷蔵庫としての役割でも使用していた。


 人を掻き分けながら出来る限り早歩きで中央の階段を下りていく。中央の階段は文字通り校舎の中央を貫く最も大きな階段で一番利用頻度が高い。

 そうなれば当然人も多く出入りしており、時々ぶつかりそうになりながら二階に辿り着く。


「まだ東雲さんとはすれ違っていないよね?」


 東雲と思わしき人にすれ違わない事に不安を感じながら今来た道を振り返る。しかし、それらしい人はいない。


「流石に荷物を抱えているならわかるか」


 不安な気持ちを抱えつつもそう自分に言い聞かす。


 二階には所謂学生用の教室はなく、職員室や理科室など専門性の高い教室が並んでいる。それに伴って、いくつかの部活はそれらを利用したイベントを催しているようだった。


 化学部の、『スーパーボール自作体験』、生物部の、『川の生き物の不思議』、美術部の、『展示会』等々。いかにもそれらしい題名とともに各教室が開いていた。

 一番出し物が集まる三階、四階と比較すると幾ばくか廊下を歩く人の数は少ないが、それでも五階と比較すると十分すぎる程集まっている。


 写真部も同じ文科系という事で本来であれば同じように立ち並ぶ権利はあるはずだが、事情が事情だけに仕方がない。

 そんな少し前の季節の変わり目の事を思い出しながら先を急いだ。


 校舎の端まで辿り着くとようやく家庭科室が見えてくる。そこの周りには“客”はおらず各出し物用の制服を着た学生が何人か出入りしているようだった。

 

 それを確認してから家庭科室内を覗く。家庭科室内には荷物の整理を行っている数名がいる程度だ。

 しかし、目的の人物は見当たらない。


「あれ? おかしいな」


 そんな独り言を溢す。


「何処かですれ違った……?」


 いや、それは考えにくいか。


 そう考えながら家庭科室から顔を出す。そして考えられる可能性を頭の中で思案する。その時、身体に軽い衝撃を感じた。

 突然の出来事に驚きながらその衝撃の正体を確かめるように振り向く。


「あ、ごめん」


 振り返った先には大きな荷物を抱えた男子生徒が立っていた。男子生徒は顔の高さにまで積まれた段ボールを抱えており、視界を確保する為に段ボールを避けるようにして顔を覗かせる。

 そして積まれたそれが崩れないように小さく頭を下げる。


「あ、いや、こちらこそごめんなさい」


 廊下の真ん中に突っ立っていた事を詫びて逃げるように人通りの少ない家庭科室の更に奥へ避難する。


「最奥とはいえ人通りが多いね」


 これじゃあ東雲さんを探すのも大変そうだ。


 打つ手はもうないのか……? 

 そんな思考が頭を過ぎって、慌てて気持ちを切り替えるように軽く首を左右に振り小さく息を吐く。


「さて、どうしようか……」


 そんな独り言を呟いた時、奥からドンッと何か重量感のありそうな物が落ちたような音が響く。


「……もしかして?」


 まさか、ね?


 心の中でそう溢しながら家庭科室の更に奥に足を進める。


 家庭科室は校舎の奥。それ以上先に何も部屋など無い。しかし、そこには申し訳程度に設置された階段がある。それは中央の大きな階段と比較すると二回りほど狭い。

 

 足音を忍ばせて耳を澄ませながら静かに階段を登る。

 一見そこには誰もいない。しかし、近付くにつれて階段の踊り場から明らかに人の気配を感じる。

 その気配に意識を集中させながら登り進めると、残り数段という所でその人影の正体が明らかになった。


 それと同じタイミングでその人影の正体もこちらに気付いたようだ。


「花山さん!?」


 その声の主は幽霊でも見たかのように目を丸くして、裏返った声で見事なリアクションを取っていた。


「あ、ごめん。驚かせちゃった?」


 東雲の声に内心驚いていた事を隠すように(おど)けてみせる。


「あ、いえ! ……いや、はい?」


 慌てたように返事をする東雲は明らかに動転しているように見える。


「驚かせてごめんね。さっき東雲さんが一人で飲み物を家庭科室に取りに行ったって聞いたからさ。全然戻ってこないからもしかしたら困っているかもと思って手助けに来たんだ」


 そう言いながら東雲とその周囲の様子を確認する。

 東雲の額には薄らと汗が浮かんでおり、その足元には数個の段ボールが置かれていた。


 夏の暑さの中でも汗一つかいていなかった東雲が薄らとはいえ汗を浮かべているのは異常事態とも言える状況だ。


 状況整理の為にも現状を東雲に確認する。


「確認なんだけど、東雲さんは今何をしているのかな?」


 その質問で我に返ったように東雲は反応する。


「あ、今丁度飲み物を運んでいる所なんです」

「運ぶって……やっぱり一人で? その量を?」


 そう言って足元に置かれた段ボールに目をやる。二リットルのペットボトルが六本入った段ボールが計三箱。一人で運ぶとなると男性でも辛い。それを華奢な東雲一人で運ぼうとしているのだから時間もかかるだろう。


「そう、ですね」


 おかしな状況である事は東雲も理解しているのか少しバツが悪そうな表情を浮かべて返事をする。


 先の引継ぎの段階ではまるでペットボトルを二、三本程度持って来ると言うような口ぶりだったが、今の様子にその面影は一切ない。


「これは誰かにお願いされて?」


 もしこれが本当に二、三箱を運ぶようにお願いしているのだとしたら酷い話だ。若干の憤りを感じながら東雲に尋ねる。


「そう、ですね。二、三個持ってきてという事でしたので」

「二、三本じゃなくて?」


 単位の違いに首を傾げながら聞き返す。


「……はい。……でも、常識的に考えれば二、三本でしたね。ただ、本数なのか箱数なのかわからなくなってしまって。それに早く戻らないと人手が……」


 そう言って東雲は項垂れる。


「うーん……」


 確かに常識的に考えれば三本程度が正解なのだろうが、世間の学生の常識とはかけ離れた世界にいた彼女に常識を求めるのは確かに少し酷なのかもしれない。

 それに文化祭という空気や彼女の仕事への真面目さが逆に裏目に出てしまったのだろうと勝手に解釈していた。


 もっとも東雲のいるような華やかな世界がわからない以上、この同情すら机上の空論でしかないのだが……。

 しかし、今はその空論を信じ、東雲を元気付けるように声を掛ける。


「とりあえず今はもう安心していいよ。次のシフトの人達が来たから人数的にももう十分足りているし」

「そうですか。それなら良かったです」


 東雲が少し安堵したように見える。


「とりあえず僕も手伝うから一緒に運ぼうか」


 そう声を掛けて東雲の足元に置かれていた段ボールを一つ抱える。

 力がある方ではないとはいえ男性の自分でも重みをしっかりと感じる程だ。少なくとも女性が一人で持つ重さじゃない。


 それにも関わらず彼女は、「うんしょ」と可愛らしい声を出しながら体格に似合わない重さの段ボールを持ち上げていた。


「ありがとうございます」


 そう言いながら彼女は階段をゆっくりと登っていく。その足取りはふらふらとしており、見ていて危なっかしい。


 そんな状態で良く三つも踊り場まで運んだなと呆れながら、万が一後ろに転倒しても身体を支えられるように東雲の後ろを歩く。

 彼女は途中で休憩を挟みながら数分かかってようやく上に段ボールを一つ運び上げる。上の階には台車が準備されており、その上にゆっくりと段ボールを下ろした。

 

 それに見習うようにして台車の上に段ボールを載せる。


「東雲さんはどうしてここに?」


 上の階から踊り場まで降りる時に話しかける。


「結構荷物がありますし中央の階段だと皆さんの迷惑になりそうでしたので。その点こちらの階段でしたら殆ど人も通らないので丁度良いかなと」


 普段ならともかく、文化祭で賑わっている状況においてこの階段を使用する人はほとんどいない。

 確かに東雲が言うようにこんなにふらふらとした足取りで階段を歩かれたりしたら邪魔に感じる人も少なからずいるだろう。

 それに間違いはない。


 ……ただ。


「確かにそうかもしれないけど、もしそれで何かあったらどうするつもりなのかな?」


 少しだけ怒気を含ませて東雲に問いかける。


「どうするつもりって……」


 そう問われて困惑する東雲を見て、小さく溜息を吐きながら言葉を続ける。


「東雲さんの身体は一人のものじゃないって事。もし階段から落ちて怪我でもしようものなら大変でしょ?」

「そう、ですね。申し訳ありません」


 東雲は素直に反省しているようにみえる。


 その事を横目で確認してから最後の段ボールを持ち上げる。そして確かな足取りで段を踏みしめながら話を続ける。


「僕は僕の事情で東雲さんの事情を知った。それに関して申し訳ないと思っているんだ」

「いえ、あれは私達の不注意もあった訳で……」

「いやいや、それは関係ないよ。結果的に秘密を知る事になったんだから。

……でもさ、だからこそ僕も時枝と同じように東雲さんに協力させて欲しいんだ。だって同じ写真部の仲間でしょ?」


 そう言うのと三階まで登り切ったのはほぼ同時だった。上の階から見守っていた東雲と目線が合う。


「ありがとうございます。……あの、もし花山さんがよろしければ」

「当然!」


 そう言って台車に段ボールを積み終える。


「それが僕なりの謝罪でもあるから」

 

 そう東雲には聞こえない程度に小さな声でそう呟いた。


「さて、行こうか。皆待っているし」

「はい、そうですね。かなり時間がかかってしまったので」


 その返事を聞きながら台車に力を籠める。ずっしりとした重みが鉄製の持ち手越しに伝わってくる。それに負けないように更に力を込めてようやく車輪が動き始めた。


 まさかこんな場面でこんな謝り方になるとは思いもしなかった。


 謝るのが下手すぎと時枝に言ったけど、これじゃあ人の事は言えないな。


 そんな風に考えて苦笑いを浮かべる。


「どうされたんですか?」


 その表情を見てか東雲は不思議そうにしながら話しかけてきた。

 突然何の前触れもなく隣の人が笑いだしたら誰でもそう言う反応になるだろう。


 そう思いつつも、「いや、ちょっと思い出し笑い」と返す。


 その様子を見て東雲もクスっと笑みを浮かべる。


「東雲さんこそどうしたの?」

「いえ……。花山さんが楽しそうでしたので、時枝さんと花山さんが仲直りしたのかなって思いまして」

「へえ、よくわかったね」


 百点満点の回答に素直に驚く。


「はい。だっていつもの笑顔がようやく見られましたから」


 東雲はそう言って満面の笑みでこちらに笑いかけて来る。


 そんなにわかりやすかったのかな?


 そんな気恥ずかしい感覚を抱きながら、また一つ懐かしい足音に耳を傾けていた。

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