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燃ゆる炎に夢見てますか?⑥

 最初こそ不慣れな様子が目立っただろうが時間が経つにつれて慣れてくる。

 仕事を始めて一時間が経つ頃には周囲に目を配る事が出来る程度には余裕が出てきた。


 先程ここを出た人を見送り、教室内を見渡す。


 自分が来た時も割と賑わっていたのだが昼も近くなってきたからか入店する人も多い。

 途中までは看板を持って宣伝していた人達が接客をしなければならない程度には忙しくなってきていた。


 そんな忙しさが溢れ出る中でも自分はここを動く必要はない。と言うよりもそもそもここから動く事は出来ない。

 いつ人が席を立つのかもわからないし、そもそも出口に近い所に会計を設置しているのだから、もしここを離れてしまえばお金だけを放置してしまう事となる。


 こんな田舎でお金を盗んでいくような人がいるとは思いたくないが、念には念を入れる事が重要である。 


 それにお金を管理しているからこそわかるが一日目の午前だというのに売り上げはそこそこある。

 少なくとも高校生一人が管理するには身に余る金額だ。


 そう言う点からもここから離れる訳にはいかなかった。


「あ、翔。みーっけ」


 店内を見渡しているとそんな風に親しく話しかけてくる人がいた。その声から人物を予想しつつ声を掛けた本人を見る。


 そこには姉がいた。

 それだけではなく海老根姉(えびねえ)もその後ろで笑顔をこちらに向けていた。


「翔君。こんにちは」

「こんにちは。姉貴がここにいるのはなんとなくわかるとして海老根姉はどうしてここへ?」


 首を傾げながら尋ねる。


「美波ちゃんに誘われたのよ。久々に高校の文化祭に行こうって」

「へえ、それで」


 休日は自室に籠っている姉にしては珍しい事もあるもんだと思いながらそちらを見る。その視線に気づいたのか姉は自慢げな顔を浮かべる。


「どう? 私達がお客さんになってあげようか?」


 お金を持っていますアピールだろうか。


「じゃあとりあえず一名様でいいか、海老根姉。自分達の教室では問題を起こしそうな人はいれないようにしているから」

「あー、そういう事なら……」


 海老根姉は少し意地悪そうな笑顔を浮かべて姉を見る。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 その様子に姉は慌てながら海老根姉の顔を見る。

 ……海老根姉の表情は変わらない。それが先程の冗談にリアリティを加える。

 姉の表情から自信が抜け落ちていくのが見えた気がした。


 流石にこれ以上は可哀想か。そう思い姉に声をかける。


「じゃあちゃんとした振る舞いをする事」


 姉はあからさまに肩を落とす。


「……はいはい。わかったわよ。と言うかあんたは私をなんだと思っているのよ」

「……動物?」

「なっ……!」


 姉は驚いたまま固まってしまう。


 そんな姉を他所に海老根姉は、

「とりあえずそこで待っていればいいの?」

 と教室の外に並べた椅子を指差す。


「そう。席が空いたら接客係の人が対応するから」

「はーい」


 そう返事をして、姉を引っ張りながらそこへ向かう。


 普段は比較的真面な姉だが時々ネジが抜けている状態になる。

 テンションが上がっている時にそう言った現象がみられるのだが、弟の感覚的にそれが今日なのだろうと察した。


 暫くして席が空き二人は接客係に案内される。


 その様子を見ながら、「ごゆっくり」と声をかけた。


 海老根姉は笑顔を見せて、姉は小学生のように歯を見せて挑発してくる。

 海老根姉には小さく手を振って返し、姉は無視して座席へと送り出した。


 その様子を見ながらふと思う。

 よく考えれば二人は普段どんな話をするのだろうか?


 子供の頃は一緒に遊んだ経験があるとはいえそれも小学校の時だ。

 大学生になった今の二人の言動には少し興味があった。


 幸い姉達が座った席は会計から近い。盗み聞きは良くないと思いつつも聞き耳を立てる。


「さっきの話の……だけど、次の文化……件だけど………るの? もしか……本当にい…ないつも……の?」

「うーん。…………行かな……な」

「ど……て? 美波……んがいれば文化祭もも…………上がると思……に……」

「だって……もう部活を引…………だよ? 今更行くな…………みたいじゃない」

「そ……ことはないと……けど…………」


 周りの喧噪に遮られながらも姉達の会話に意識を向ける。

 しかし、やはり何を言っているのかはわからない。強いていれば決して明るい話題では無さそうと言うくらいだ。


 そんな風に集中していると、

「時枝さん」

 と声を掛けられる。


 不意打ちに少し驚きながらも、

「っはい?」

 と返す。


 少し素っ頓狂な声になってしまった。その事に恥ずかしそうにして声がした方を見る。


 そこには東雲と山吹が立っていた。


「あ、本当に時枝君だ」


 何か珍しいものでも見たかのように山吹は目を輝かせていた。


「二人とも揃ってどうしたんですか?」

「今二人で色々と写真を撮って回っているのよ。それで折角だし東雲さん達のクラスの催しも見ておこうかなって思って」


 そう言いながら山吹はこちらに向かってカメラを構える。そしてこちらが準備をする間もなく撮影する。


「そんな急に撮られても何の準備も出来ていませんよ?」

「それが良いのよ」


 山吹は撮った写真を確認しながらそう言う。


 どうやら満足の出来る内容だったらしく一回頷く。


「別にカメラで撮る写真ってそんなにカッコを付ける必要はないのよ。むしろ私は自然な写真の方が好きなのよね」

「あ、凄く共感出来ます!」


 東雲はそう言って何度も頷く。


 ……それでいいのか女優よ。

 そんな風に心の中で突っ込みを入れる。


 当の本人はそんな事など全く気にしている様子を見せずに山吹と談笑している。

 その様子はいつも通りの風景で、だからこそどこか物悲しく感じてしまった。


「ところでこれからどうするんですか? うちは今満席なのですぐには席を準備できないんですが」

「そうなの? じゃあまた後で来ようかな。二日間で全部のお店を回りたいし」


 そう言いながらカメラを胸元まで掲げてみせる。


 もしかすると全てのお店で写真を撮るつもりだろうか。


「それじゃあもう少し一緒に見て回りませんか? 行ってみたいお店があるんです」

「ええ。そうしましょう。折角の時間を楽しまないとね」


 その言葉に少し胸が跳ねる。


「じゃあ時枝君」


 そう声を掛けられて山吹と東雲を見る。


「私達はもう行くけど引き続き頑張ってね」

「時枝さんまだ先は長いですが頑張ってくださいね」

「あ、ああ」


 そう言って軽く手を振る。

 東雲と山吹はその手に振り返しながら教室を後にした。


 その後を目で終える範囲で追う。そうして彼女達の姿が見えなくなった時に小さく息を吐き出した。


 文化祭は内輪で行うイベントだ。自分達の作った“作品”は自分達の中でだけ展開されそれが世の目に触れる事はない。そしてそれらは二日間の祭りののちに跡形もなく片付けられてしまう。


 そんな儚く切ない未来が待っているから、一生懸命作り上げたものがなくなってしまうから文化祭はあまり好きになれなかった。


 一時の時間は過ぎれば切なく、それを無くすには忘れるしかない。それならば何の思い入れもなく終えてしまうのが精神衛生上いいのだろうと考えていた。


 でもどうやらそうではないらしい。


 今にして思えば青木も海老根もクラスのみんなもそうなのだろう。

 終わってしまった切なさや楽しかったと感じた過去を全てまとめて思い出として心の中に残しているのだろう。

 一見無駄なように見えるし、実際そう感じている自分がいる。それでもその無駄が実は大事なものなのかもしれないとなんとなく結論付けた。


 ……いや、何もこの風景を想起させるのは思い出だけじゃない。


 その事実に気付き杉山を呼ぶ。杉山は客もいないのに……とでも言いたげな表情をしてこちらに歩いてくる。


「少しここを見ていてくれないか?」

「えっ? まあ、別にいいけど」

「ありがとう」


 そう言って店の裏に入る。そこに置かれた荷物を漁り、目的のものを取り出す。


 それを持って会計の場所まで戻る。


「時枝。そのカメラがどうかしたのか? 慌てて取りに行ってたみたいだけど」

「ああ」


 ……いつか大事になるかもしれないものを撮るんだよ。

 そう言おうとして止める。


 その代わりに立ち上がっていた杉山に向かってカメラを向ける。


「えっ!? 今写真を撮るのか!? ちょっと持っ……」


 そう言い終えないうちにその姿を写真に残す。


「ちょい待てって。もう一枚!」

「はいはい。何枚でも撮ってやるから落ち着けって」

「オッケー。ちょっと待ってろ」

「そんな事をしている間に注文が来るぞ。……ってほら」


 そう言って一つのテーブルを指差す。


「うわ、本当だ。マジか……。後で絶対撮ってくれよ?」

「いつでも撮ってやるからまずは仕事しろって」


 そう言葉を掛けたのにも関わらず、まだ名残惜しそうにしている杉山の背中を押す。

 それでようやく自分の仕事へと戻ったようだった。


 お客さんと話す杉山に狙いを済ませる。そして残したい表情になったタイミングに合わせて記憶を作り上げた。


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