空舞う花に願いを込めて⑤
昼休憩も終わり増々日差しが強くなって来た頃、その暑さにも負けない熱意を持った学生達がグラウンドの中央に並ぶ。
「これより、クラブ対抗リレーを行います。クラブ対抗リレーは第一部と第二部に分かれております。走者の方はスタートラインに着いてください」
ブチっと放送の切れる音がした後、走者がバラバラとスタートラインへ並び始める。
クラブ対抗リレーは第一部と第二部があるが、要するに第一部はセカンドリーグ、第二部はトップリーグと言う訳だ。
第一部で走るのは、女子陸上部、卓球部、テニス部、山岳部、バドミントン部、柔道部となっている。
第二部で走るのは、男子陸上部、野球部、サッカー部、ラグビー部、バスケットボール部、バレーボール部だ。
それらしい顔ぶれではないだろうか。
このクラブ対抗リレーではそれぞれのメンツをかけて勝負する訳だが、実はもう一つ希望と絶望を与える勝負がある。
それはセカンドリーグで優勝した部活は、トップリーグの最下位チームと入れ替えになるという制度だ。
どんな部活だってトップリーグへ上がりたいだろうし、一方でどんな部活だってセカンドチームへは落ちたくないだろう。
そういう意味で優勝争いだけでなく、最下位争いも盛り上がるらしい。
ただし女子陸上部が優勝した際には、トップリーグに陸上部が二つ出てしまうことになるので、入れ替えなしとなる。
ほとんどの場合、女子陸上部が優勝するため変わる事が少ないのだが、偶の番狂わせは起きるものだ。
さて、リレーのルールの確認をしている間に先生はピストルを空へと向ける。
そして、希望と絶望のレースの幕開けを告げた。
まず先頭に躍り出るのは予想通り女子陸上部。それにバドミントン部、テニス部が続く。
この簡易トラックは約二百メートルで設定されており、意外と長い。
普段からこの距離を専門に走っている陸上部員は慣れているだろうが、その他の部活は意外と慣れていない。そのため、二位以下の順位は頻繁に入れ替わる。
女子陸上部は他の部活の追随を許す事なく、第四走者、つまりアンカーへとバトンが渡る。
女子陸上部のアンカーには見覚えがある。
予想通り過ぎて驚くことはなくむしろ、やっぱりか、という感じだ。
女子陸上部のアンカー――海老根はかなり開いた差を更に広げんとばかりに加速する。
予想通りというか当然というか、女子陸上部が今年も優勝するだろう。
そんな空気が本部の中でも広がっているのを感じる。
自分もそう思う。
だからこそ、目の前で起きた現実に対して、それが現実であると理解するのには時間を要した。
まずは一番近くにいた東雲が海老根の下へ駆け寄る。それと同じタイミングに本部から救急箱と担架を持った教員がその現場まで走っていった。
優勝するだろうと思われていた女子陸上部のランナーが転倒した事でグラウンドでは騒然となる。
しかし、レースはまだ続く。
他の部活の学生は優勝の可能性が顔を覗かせた事で、その足に再度活力が漲ったのか先程よりも速くなっているのを感じる。
その気配を感じたのか、海老根は駆け寄る東雲を押し退け、迫る走者に負けまいと再度足に力を込めて立ち上がり、走り出す。
手負いの海老根は足を引きずりながらも百メートル先のゴールに向かって足を動かす。しかし、後方の彼らを引き離すことはなく、むしろその差は縮まる一方だ。
走者が自分の前(つまりゴールの直前)に着く頃には海老根のすぐ後ろに山岳部が迫っていた。
ゴールテープを割るのは山岳部か女子陸上部か。
周囲がその様子を見守る中、そのゴールテープを切ったのは女子陸上部だった。
彼女はそれを切った後、力が抜けたように地面に倒れこむ。
すぐ傍に待機していた先生は海老根に肩を貸し、速やかにグラウンドを後にする。
残された女子陸上部員も優勝した喜びと仲間が怪我した事実の板挟みによって喜ぶに喜べない様だった。
「あの子の怪我、結構酷そうだったね」
隣で見ていた花山が小さく呟く。
「そうなのか?」
色々な知識のある花山が言うのならもしかしてかなり酷い怪我なのだろうか。
「ちゃんと見てからじゃないとわからないけどね」
「……そうか」
「彼女の事が気になるのかい?」
「いや、まあ、な。……知り合いなんだよ」
堂々と知り合いですと言えない自分に少し苛立ちを感じる。
……いや、何故苛立ちを感じているんだ?
確かに海老根は幼なじみだが、別に花山と自分の関係の中に海老根は存在しない。
それならば別に海老根の事を知っていると答えても、知らないと答えても問題ないはずだ。
ならばなぜ苛立ちを覚えるのだろう。
少し深呼吸をして自分の感情と相談する。
胸にあるのは焦燥感、憂い、そしてそれらに付随する感情……。
……そうか。海老根の事が心配なのか。
時間をかけてようやくそんな当たり前の事にようやく気付く。
それならば行かなければならない場所がある。温められた座席から立ち上がる。
「今から第二部が始まるけどどこかに行くのかい?」
立ち上がった自分を見て花山は不思議そうに尋ねる。勿怪な顔をした花山をしっかりと見て口を開く。
「一人で泣かす訳にはいかないからな」
そう宣言しようと決めた心には迷いがなかった。




