『二』の約束
日記シリーズ第二作です。
ここからでも楽しむ事は可能ですが、もし宜しければ第一作『ゆめまち日記』を先にご拝読頂けますとより楽しむ事が可能ですのでよろしくお願いします。
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夏休みに入り、約二週間。
前もって計画していた予定を忠実にしている事で充実した日々を過ごしている。普段予定通り行く事は少ないため、ここまで順調だと逆に怖くなる。
まず、朝六時に起床。
朝食を済ませ、夏休みから始めたランニングをする。
そして午前に学校の宿題に手を付け、昼からは塾に行くか友達と遊びに行くかの二つだ。
高校に入っての夏休みは充実したものにしたいと、かねてより計画していたのだ。
そんな中、今日は宿題を早々に切り上げ、外出の準備をする。準備といっても今まで撮ってきた写真とカメラ、そして最後にお金の入った封筒だ。
これらをカバンの中にしまい家を出た。
電車に乗ること約一時間。目的地である華岡総合病院に到着する。
ここには通いなれたもので、約二年前からお世話になっている。
目的の病室は五一○号室。
この五一○号室は小児病棟にあるのだが、この小児病棟に入るまでに一つのガラス扉がある。
それは階段と病棟を遮る事によって入院中の子供の事故を減らす目的なのだと勝手に思っている。
この扉は普段鍵がかかっており、専用の鍵がない限り外側からは開けることが出来ない。
その代わりに扉の隣にインターフォンがついているため、そこで中と連絡を取り遠隔で鍵を開けてもらう事が出来る。
一方で、内側の鍵はサムターンとなっており、子供の手が届かないようかなり高い位置に設置されている。
初めて来た時は戸惑ったが、二回目以降は慣れたものだ。いつもの要領で扉のインターフォンを押す。
すると、少ししてからインターフォン越しに「はい」と聞こえる。
「こんにちは。花山晴頼です。弟のお見舞いで来ました」
そう言うと、ガチャリという音と共に鍵が開いた。
小児病棟の扉を開けると迷うことなく五一○号室へ向かう。
病院の中でも最奥にあるこの部屋は直接この病室に用がない限り目の前を通る事はない。
来る人間といえば、この病室の人物に用がある人間か医師や看護師のような医療関係者くらいだろう。
扉をノックする。
すると「はい」という返事が返ってきた。
それを確認して病室へ入る。
「あ、お兄ちゃん! 久しぶり」
部屋に入った自分の姿を見るなり、ベッドで寝ていた少年が起き上がる。
「ああ、たか。暫く振りだね」
そう言いながら壁際に置かれた椅子をベッドの近くまで寄せて座る。
「そうだよ。もう二ヶ月近く会っていないんだから」
「それはごめんね。ちょっと色々と忙しくて」
たかの頭に手をポンと乗せる。そしてそのまま頭を撫でた。
彼は花山鷹頼。五つ年下の弟で現在は小学生五年生である。彼がここにいるのはもちろん検査・治療の為だ。
去年の春頃、高熱を出して寝込んでいた。最初の頃は流行遅れのインフルエンザだろうと思っていたが、結果は陰性。
地元の病院では結局わからず、こちらの病院で検査するうちに”全身性エリテマトーデス”という診断が付いた。
個人的に調べた所、結構珍しい病気な上に、女性が圧倒的に多い疾患らしく中々見つからなかったのも無理はないだろう。
最近は症状が落ち着いていたのだが、二ヶ月弱前に定期健診で異常が発見されたため再度入院となったのだ。
普段は定期的に母親が顔を出していたのだが、折角の夏休みという事もあり、母親の代わりに顔を出すことにしたのだった。
「はい。これお土産」
そう言って鞄に入れていた封筒を渡す。
「これ、今月のお小遣いだから大事に使うんだよ」
「うん! やったー!」
元々小遣い制度で用意されていたものだが、こういった風に渡されると少し豪華に見えるものなのだろうか。
「お兄ちゃん、下のコンビニで何か買ってあげようか」
いつの間にか封筒から取り出したお札を得意げに掲げる。
高校生になった今その千円札を掲げられても、たかが千円かとなってしまうのは自分が老いてしまったからだろうか。
「それはたかの何だから大事に使いなよ」
「うん! 分かった」
満面の笑みを浮かべるたかに、優しく微笑み返した。
「最近調子はどうかな?」
一番気になっていた事を尋ねる。
今は元気そうに見えるが、二か月近く入院しなければいけない状態なのだから決していいとは言えないのは間違いない。
「大丈夫だよ!」
しかし、心配をさせまいとたかは気丈に振る舞う。
「そうか。それなら安心だね」
むしやり笑顔を作り、笑いかける。
「それに、お兄ちゃんは将来医者になって治してくれるんでしょ?」
「あ、ああ。……そうだね」
そう言えばそんな事を言ったかな。
「それまで待っているよ」
「おいおい。それだと後十年くらい待たないといけないよ」
「大丈夫だよ」
「それなら僕も頑張らないとね」
自身の感情を押し殺し、再度たかの頭に手を乗せた。
「それはそうと、僕からはこれを見せてあげよう」
そう言ってもう一つの封筒を取り出す。
「お兄ちゃん、それって写真?」
「正解。たかが入院した後に色々と行って来たからね。凄く良い写真もあるから是非見て貰おうと思ってさ」
「見たい!」
元気よく答えるたかを見た後、ベッドテーブルの上を片付けて写真を広げる。
たかはその写真を丁寧に持ち上げるとゆっくりと見ていく。
「これは?」
「ん? ああ、それは花宮高校の写真だよ。今、僕が行っている高校だよ」
「へぇ。大きいね」
「そうだね。近所の高校と比べるとかなり大きいかもね」
「こっちは?」
「これはこの高校で出会った親友さ。普段は全然話をしないし全く行動しないのに、いざという時には何故か頼りになる奴だよ」
「何だか変わった人だね」
たかは興味なさそうにその写真を見て、説明し終えるとすぐに時枝の写真を机に伏せる。
時枝、ドンマイ。
「これは? 凄く綺麗だね」
「そうだろう。写真部で写真を撮ってきた中で僕の一番のお気に入りの風景だよ」
たかが指差しているのは、クローバーの花畑の写真だ。風の影響で中々良いタイミングが見つからず苦戦していたのを覚えている。
「もう一枚捲ってみて」
次がどんな写真かを思い出し、促す。
「これ?」
「そうそう。ここに写っている人達が写真部のメンバーだよ」
この写真はクローバーの花畑を背景に三脚を利用して撮ったものだ。
「さっきの人もいる。……あれ? この人って星野志乃さんじゃない?」
いるはずのない人物を挙げられて少し困惑する。
「星野志乃? いや、見間違えじゃないか」
そう言って、怪訝そうにしながらたかが指差す人物を見る。それは、東雲美咲だった。
「この人は女優の星野志乃じゃなくてクラスメイトの東雲さんだよ」
そう解説しても納得はいっていないようで、「うーん」と唸っている。
「いや、やっぱり星野志乃だよ」
たかがそこまで言うのならばそうなのかもしれない。
たかはドラマを見るのが好きで昔の物から最近の物までよく見ている。
勿論小学生五年生のたかが内容を全て理解しているとは思わないが、その経験値は本物だ。そしてその中で最も好きな女優が星野志乃だった。
入学式の時に写真を撮ってきて欲しいとお願いされたのは今でもよく覚えている。
「たかがそこまで言うならその可能性もなくはないが」
「連れてきてくれたら絶対わかるよ」
多分会いたいだけだろう。
「東雲さんも結構忙しい子だからね。……分かった。僕が東雲さんは星野志乃かどうか調べてくるよ」
「えっ、本当! 頑張ってね、お兄ちゃん!」
たかは拳を突き出す。
「ああ、任せておきなよ」
そう言って拳をぶつけた。
これが花山兄弟なりの約束の仕方だ。
ご拝読頂きありがとうございます。
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