世界一、世界が嫌い
私はこの世界を愛してる。
何もなくて、必要以上に醜くて、下らないことで命が奪われるそんな世界を愛してる。
そのためには私の命なんて惜しくない。
私が死んで世界が助かるなら、私は何も惜しまない。
「──は真面目だよね。どんな人とでも仕事をキチッとするし、仕事でミスもしないし」
…そりゃそうだ。
私がミスしたせいで世界が壊れたらどうするの?
私が乱雑は対応をしたせいでその人が壊れたらどうするの?
私は無価値なんだから。
「えー、そんなことないよ。──は美人じゃん。そんなの勿体ないよ」
見てくれなんてどうでもいい。
私は無価値だ。
私がいたところで世界に悪影響しか出ない。
なら、私が世界に対して出来ることなんてほとんどない。
他の誰の命も奪わせない。全部全部、私が受け持つ。
私が代わって、替わって、換わって、全てを背負う。
そのかわり、私以外は何の損害も負わない。
そして私にとって損害は幸福以外の何物でもない。
「──、これやっといてくれない?
え?責任はどうするんだ、って?
──なら任せても大丈夫だろ?」
私だって人間だ。
過誤を起こさない様に努力はするけど、その内起こす可能性も…
いや、私が引き受けないことでこの人が不幸になるかもしれない。
引き受けなきゃ、世界のために。
「おお、引き受けてくれるか。すまんな、いつも頼んでばかりで」
私の事は気にしないで下さい、その代わり絶対に幸せになって下さい。
そうじゃないと私が受け持てなかったことになる。
世界は私を歯車にして回っている。
されど、部品が一つ欠けても然したる影響はない。
なら、その部品が他の部品を修理した方が世界は長続きする。
私の代わりはいない?
何を馬鹿な。…いや、ある意味では正しいのか。
私の代わりは確かにいない。でも私の上位互換は沢山いる。
私がいなくなれば、私よりも高級で優秀な部品がそこに填まるだけ。
「火事だ!逃げろ!」
「嫌よ、まだあの中に幼い子供がいるのよ!」
ああ、それは大変だ。
私よりも尊い人がこの世から失われるなんてダメ。
私よりも尊い人が不幸になるなんておかしい。
私が助けなくては。
「ありがとうございます!ありがとうございます!娘を助けて下さり…是非とも名前を伺いたいのですが…」
気にすることない。
左腕に出来た火傷跡を隠しつつ、その場から闇に紛れて逃げる。
私よりも大切な人が私に執着しちゃいけない。関わっちゃいけない。
「おはよー、──。昨日の事件聞いた?火事から子供を救った人がいるんだって。もしかして──?」
私はそんなことしないし、その時間になそこに居合わせてない。
だからしたくても出来ない。
「えー、嘘だー!──ならそういうことしそうなのに」
居たらするかも、でも居なかったからしょうがない。
その時間は家で今日の仕事の準備をしてたから。
世界は素晴らしい。世界は明るい。当然のこと。
私は汚い。私は無価値。それも又、当然のこと。
「──、今日はこれ頼むよ。──しか出来る人材がいないんだよ。お願い!この通りだ…」
命の危険がある仕事?
…その代わり成功したら、人類に安泰が?
何でやらないんだろうか。
ああ、そうだ。それ以前に。
「え?『私以外に参加させないでくれ』って?珍しいな。お前が条件を付けるなんて」
当たり前。私以外に危険があるのを許容しない。
私だけが危険に逢い続ければいい。
だから私だけで終わらせる。
だから、私以外は幸福じゃなきゃいけない。
私が全人類の不幸を、不運を、悲運を引き受けるから。
──そのためには、愛しい世界にすら牙を剥こう。
『昨夜未明、自らを『無』と名乗る正体不明の集団が世界各国のサーバーをハイジャックし…』
「聞いた?あの都市伝説」
「え?何のこと?」
「あれだよ、あれ。世界全体を幸せにする!とか公言しながらサイバーテロした人の話」
「ああ、知ってる知ってる。あれが起きてから皆警戒心が強くなったよね。で、それについての都市伝説?」
「そうそう、あの人が居たからこそ平和になった、って主張する人がいるんだって」
「それの何が都市伝説なの?」
「違うよ、都市伝説じゃなくて、都市の伝説だよ」
「何だぁ、そんなことか。」
「むー、──のことを理解してないなぁ」
「その──って誰のこと?」
「さあね。でも一つだけ言えることは…あの人が一番──」
「一番?」
「ううん、何でもない」
───世界を嫌っている。




