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思いのままに書き連ねた短編集  作者: けゆの民
2/5

『狂気』の責任

…その空間は恨怨の声に溢れていた。


───助けてくれ。

───どうして俺が。

───なんであんな奴に。

───なんだあれは

───国が安全だって言ったのに


そんな恨みを一身に浴びる狂人がその戦場の中心にて叫ぶ。


「どうしてこの世界はこんなにも楽しいのかしら!」


自身の魔法により死した数多の兵、そしてその声を物ともせず歓喜に浸る。


「まだまだこの世界には『私の知らないこと』がある筈!こんな物では味わいきれない!」


そう言いながらまた次の場所へと向かう。


──そんな狂人の始まりはとある一言だった。

彼女の母親の一言によって彼女の人生を狂気に捧げることが運命付けられてしまった。


「─────────」


その言葉は彼女にとって毒でしかなかった。

なんでお前が。

なんでお前みたいな低能がそれを発することを出来る。

当時は未だ正気を保っていた彼女はそれに激しい憤りを覚えた。


なんでお前が、私のことを私より知った気になっている!

私のことは私が一番知っている!

あんたが言う『残念』も『悲しい』も『喜び』も。

全部全部私の物だ。

何故それをお前が我が物の様に振る舞う!

何で私よりも悲しんで、私よりも残念がる!



──それはひとえに母親の愛情故だが彼女はそれを是としなかった。


なんで、何故、お前が!

たったそれだけの、されど彼女にとっては全ての根源である『それ』を否定されたことで正気を失うこととなる。


彼女の中で言葉に表せない浅い狂気の種が芽生える。

その種は誰しもが持っている程度の小さい芽。

されど彼女にとっては初めての…つまり巨大な芽だ。


それから彼女は狂い、苦しむ。

良心と両親の間に埋もれ、他者の同情の気持ちを憎む様になる。


「可哀想に」

「残念だったね」

「次は大丈夫だよ」

「私もわかるよ」


そんな同情が彼女の浅かった狂気を深く、どろりと淀んだ物へと変える。



話は変わるが、彼女は勉学において優秀な部類であった。

とはいっても県で一番だったり何かの賞を取っている訳でもない。

精々学校内1程度だ。

そして彼女自身も、その学校が優秀でないことを知っていたため自覚していなかったが──


─彼女の知的好奇心は他者とは圧倒的にかけ離れた物であった。

それこそ余人、例え肉親ですら理解出来ない水準で、だ。


しかし彼女の脳の機能はそれに追随する程優秀ではなかった。

精々中の上、良く見積っても上の下だ。

だからこそ、上を知り、自分の状況を知っているからこそこの狂気は狂気たり得た。


故に彼女は『未知』を求める。

故に彼女は『知識』を求める。

それは一般的な『知識欲』ではなく『知識狂』ともいうべきものだ。


始まりは母親の言葉だとしよう。

ならばそれを次へと繋げたバトンは────


「──って何でも出来るよね」


彼女はそれに対して何事もなかったかの様に答える。


「そんなことないよ」


彼女の内心では苛立つ心が煮え、沸騰していたが、この『学校』という場所で心のままに振る舞えば得られる物も得られなくなる。

それを理解していたが故に彼女は平然と答える。


誰もいない家に帰り、彼女は思いの丈を全て『それ』にぶつける。


──私はそんなに優秀じゃない!

──なんでそんなに『期待』するの!

──私は、私は…


人類という愚かな生き物は自身の周囲の環境のみを基準に語る生き物だ。

それ故に学校1である彼女に対して大量の『期待』を押し付ける。

それはもう、無責任に。

当の本人である彼女は既に限界が見えている、いや。

既に限界を越えている。

許容できる水準を超え、正気を、『普通』を捨てながらもその『限界』を水で付け足し薄める。


彼女は元来、一般的に『善人』に分類される人間である。

他者の頼みは不可能でなければ断らず、他者からの期待も可能な限り答える。

だからこそ、彼女への『信頼』は、彼女への無責任な『期待』は積み上がる。


積み上がり、積み上がり、空の果てまで登りきった彼女は既にその『信頼の塔』から降りれなくなっていた。


そして既に狂気に染まっていた彼女は脳の片隅でこうも考えていた。


──この『塔』を、この『信頼』をもっともっと積み上げて…


その後で盛大に崩したらどうなるんだろうか。

それは私に『未知』を提供してくれるに違いない。

なら限界なんて関係ない。

正気のままで未知が得られないなら狂気に落ちればいい。

『善人』でなければ未知が得られないならば『善人』に成ればいい。

ほんの一欠片の既知を潰して、何十もの未知が得られるならば既知なんて棄ててしまえ。


この時点で彼女は手遅れであったのかもしれない。

だが僅かに残る正気を崩したのは最後の出来事。

それはこんな言葉より始まる。


「──って何を我慢してるの?──」


それは先程と同じ人からの言葉である。

彼女は精一杯その恨みを押さえながら返答する。


「──何も我慢してナイよ」


それが最後の正気が狂気に呑まれる瞬間だった。


──何を我慢してるか、だって?


そんなの決まっている。何故なら彼女はあの時から常に『我慢』して『我慢』し続けたのだから。

その我慢の果てに未知を得るために。


最後の理性が、最後の『正』気が壊れた彼女の行動は早かった。

既にそこに未知を見いだせず、常識の範疇に未知がないと知るとその常識外にて未知を見いだす。


それは人間を縛る法や道徳を説く倫理等には縛られない方法で。



法の外の未知を掴みに今日も狂人は『善』の街を走る。














ところで。

話は変わるが、彼女が狂人になった責任は誰にあるのだろうか。


彼女の狂気にバトンを渡したあの言葉は単なる善意の『誉め言葉』である。


彼女の狂気を助長した最後の言葉は正式にはこんな物である。


─ ──って何を我慢してるの?辛くなる前に相談してね。


ではやはり彼女の母親が原因なのだろうか。

それでは禁じられた箱を開けて答えを見よう。



「──が優秀だなんて、私も嬉しいわ」




世の中には『悪意』溢れる言葉もあれば『善意』のみの言葉もある。

だが、悪意は必ずしも人を傷付ける物ではなく、

そして善意は必ずしも人を救うものではない。


ならば改めて問おう。



───彼女が狂気に堕ちたのは誰の責任だろうか。






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