4.秩序ある無法地帯にようこそ!
こつこつこつ、英語教師が黒板にマジックペンで英語の文法を書いている。
画面切り替えで一括表示することもできるが、この教師は古典的に黒板に自分で英文を書くことを心掛けている。
見て覚える。書いて覚える。聞いて覚える。
この英語教師のモットらしい。
留学経験もある英語教師であり、中々に綺麗な英語をしゃべっている。
「グレイト! 佐々木さんはもっとも美しいブリティッシュイングリッシュです。完璧な発音です」
「ありがとうございます」
「あなたは帰国子女ですか?」
「いいえ」
「それにしては素晴らしい、美しい発音です」
「ありがとうございます」
先生が英国英語をしゃべるから自然に英国英語で返しているだけです。
魔法使いのおじいさんから頂いた翻訳魔法は完璧過ぎます。
でも、英語授業で私に教科書を読ませるのが日課になっているのは止めて欲しいな。
読むだけだから別に苦にならないけどさ!
隣の女の子が消しゴムを落としたので拾って上げる。
他の授業はタブレットを使うけど、この英語の授業だけはノートと鉛筆を使用する。
使い慣れない消しゴムにみんな悪戦苦闘を強いられていた。
「あっ、ありがとうございます」
顔を赤めて凄く喜んでいた。
1歳しか変わらないのに可愛いね!
◇◇◇
お昼時間。
「あの、先ほどは消しゴムを拾って頂いてありがとうございます」
隣の席の生徒が友達に背中を押されてお礼を言いにきた。
「大したことないよ。消しゴムを拾っただけじゃない」
「そんなことありません。お姉様に拾って頂いただけで感動です。みんなからお姉様に声を掛けられたと羨ましがられました」
「お姉様って、私?」
「はい」
そんなキラキラした目で答えないでよ。
私の名称が『無駄美人』から『微笑まない氷人形』に変わっていた。
悪い意味ではなく、美しいロシア人形のようだという意味だ。
元々、日焼けし難い体質だけどさ!
奇病で1年間も眠り続けて留年した悲劇の『眠り姫』、全国模試でベスト10に入る秀才、スポーツは万能、親譲りの美貌とどこを取っても非の打ち所がない。
なんかズルしている気分だ。
悲劇のヒロインが偶然だし、模試のベスト10も魔法効果だし、スポーツ万能は言い過ぎでしょう。
学校新聞主催の第2回人気投票では、すでにNo.1が確定していると言う。
「私もお姉様に投票しました」
「ありがとう」
「はい、お姉様の隣の席で幸せでした」
生徒多数の希望で9月初めに席替えが実施される。
クラスメイトの圧倒的多数でそうなったらしい。
私の隣はあと半月のみだそうだ。
何なの、この人気ぶりは?
去年、私と同じクラスだった同級生には違和感がありありだろう。
何もしなければ美人に見えるけど、極度の歴女、ショタ丸出しの残念な女の子だったからね。
もちろん、私は評判なんて気にしなかったよ。
評判を気にしてやりたいことを我慢するなんて意味がない。
魔法使いのおじいさんの賠償として戦国時代でショタに囲まれた生活は十分にやりつくしたのでちょっと落ち着いたのかもしれない。
それと今年はなんとなくしゃべり難い雰囲気だったんだよ。
同級生はみんな3年になって、周りはみんな後輩になってしまったからね!
「お姉様、期末試験の勉強を教えて頂けませんか?」
「うん、まぁいいけど」
「なら、私も」
「ずるい、私も」
「私もお願いできますか?」
よく判らないけど、沢山の後輩友人ができた。
そのうちに絶望されそう。
◇◇◇
放課後は異世界に行くので勉強はお昼にすることにした。
もうすぐテスト期間に入ると、午前中だけの時間割に変わる。
「流石です。お姉様」
「こんなに判り易い教え方ははじめてです」
「そんなことないよ」
散々、教えてきたので馴れている。
いっそのこと、小学校の教師でもなろうか?
駄目だ!
悪ガキの相手をする気になれない。
見飽きない美少年や美少女の囲まれて教えるのは最高に楽しいけど、生意気な子供が駄目だ。戦国時代なら二度と生意気な口を叩けないように躾できるけど、現代では児童虐待とか言われる。
理屈の判らない子供を言葉で説得する?
はっきり言って無茶だ。
アニーサリバンは言った。
『躾けされていない子供は獣と一緒だ。この子の一生を獣にするつもりですか?』
本当に言ったかは知らないけど、私が見たミュージカルではそう語っていた。
悪いことをした時に叱らないでどうやって正すんだ!
「先日からお姉様はごきげんよろしいようで」
「私も思った」
「みんなで氷の微笑だと言っていました」
「そうかな?」
首を捻る。
嬉しい事と言えば、町にお呼ばれすることになったくらいか?
彼らは町まで3日掛かると言ったから、4日目にこちらから訪ねると言って別れたのだ。
「どうして一緒に来られないのか聞いていいか?」
「この迷い人の称号のせいで、ある一定の時間が経つと元の世界に召喚されるのです」
「ほぉ~、迷い人の称号を持つ者は割と多いと聞くが、はじめて聞く現象じゃのぉ」
「そうなのでしょうか師匠?」
「うむ」
「思った場所に戻って来られますので、こちらから訪ねさせて頂きます」
「そうか! では、それで頼む。ランツ、仲間の申請を彼女に出してくれ」
「パーティメンバーに入れるんすか?」
「仮登録だ。パーティメンバーにしておけば、手紙が送れるようになるし、位置も何となく把握できるようになる。嫌じゃなければ、受け入れてほしい」
「判りました」
こうして冒険パーティ『鮮血の誓い』の仮メンバーになった。
そうやって別れたのが4日前であった。
学校が終わり、家に帰ると(戦闘用の)制服に着替える。
制服を脱いで制服を着るのはちょっと変な気分だ。
汚れて大丈夫な絨毯の上に置いてあるコンバット用のシューズを履くと異世界に転移する。
行ったことのない場所に転移はできないけど!
上空3,000mに転移してから目視できる場所を連続転移すれば、軽くマッハを超えるからすぐに到着だ。
城壁の見張りに見つからないように離れた場所に降りて徒歩で町に向かう。
メニューを開けて、手紙を押して「来たよ」と声を出すと、ランツらのメニューに転送される。
ランツらにも何となく「来たよ」と聞こえるらしい。
スマートフォンのグループ通話っぽい機能だ。
彼らは手紙と呼んでいる。
手も使ってないし、紙も使ってないよ。
手は人を差し、紙は契約や宣言することだから手紙で間違っていないって?
あぁ、そうですか!
戦闘前に手紙蘭を意識すると、パーティメンバーの声が他の音に邪魔されずに聞こえるようになるという優れものだ。
“そのまま東門の前まで進んで待ってくれ!”
返事が帰ってきた。
何となく、まだ遠いことが認識できた。
AIちゃんのとった空中からの映像を拡大すると、領都クライシムは東西南北に3kmほどの城壁で覆った城壁町だ。
中央に町があり、周囲に田畑が広がっている。
蛇行する川の旧流路にできた三日月湖を運河のように河川に繋ぎ直し、水路として町に水を引いている。
門に到着したが、門は閉まっていた。
「そこの娘、何のようだ」
「草原の調査の件で呼ばれてきました」
「そうか! 身分証はあるか?」
「いいえ、何も持っていません」
「それでは中に入れる訳にいかんな」
「冒険パーティ『鮮血の誓い』が迎えに来てくれると言っています」
「そうか、ならばそのまま待っておけ!」
(「おい、女の子を城門の外で待たすのか」)
(「そういう規則だ」)
(「危ないだろう!」)
(「外から来たのだ。何とかなる」)
(「武器を持っていない美少女を!」)
門の上で揉めていた。
私の為に争ってくれているのね!<ちょっと嬉しい>
ランツらは冒険ギルド長の紹介状を持ってきたので簡単には入れた。
ステータスチェックや入場料は必要ない。
「確かに大陸の方では入場税を取る都市もあるらしいな」
「やはりありますか!」
「治安維持という名目もあるが大都市になれば、自然と人が集まってくる。それで取れる税収は馬鹿にならんのじゃ」
「ははは、ウチの町でそれをしたら誰も来なくなるな」
「ここは最果ての町だからね!」
フギテ辺境子爵領では万年の居住者募集中だそうだ。
特に農民開拓者ならタダで土地が貰えるらしいが、誰も応募に応えない。
「いくらタダでも城壁の外は危険すよ」
「腕のある冒険者なら魔物を退治した方が儲かる」
「でも、腕のいい冒険者はみんな大陸に行くす」
「私も大陸に渡って『大魔導師』と呼ばれる存在になりたいわ」
「ほほほ、まだまだ先の話じゃのぉ」
「お師匠様、夢くらい見てもいいじゃないですか」
「精進することじゃ」
魔物が定期的は氾濫し、この辺りを荒らしまくる。
城壁で辛うじて生存を保持している地域だそうだ。
生死が隣合わせの土地であった。
土地がタダと言って、そんな危険な土地を耕しに来る変わり者は少ない。
同じ辺境なら隣のフェルテ辺境男爵領の方が安全であった。
二つの川と大森林が魔物侵入を防いでくれていた。
大森林の周辺には領営の冒険者村が6つも作られて、森狩りで魔物の数を減らしてくれる。
土地はタダではないが、安全が買えるなら安いものであった。
金を取ると言っても大陸の10分の一程度である。
つまり、最果ての地に来る者がまともな者は少ない。
借金や犯罪などで、どこから逃れてくる者も多い。
その為か、領都クライシムは荒くれ者が多い。
非合法な薬も出回っていると言う。
なぜか、ニーサさんが目を逸らした。
秩序ある無法地帯と呼ばれていた。