7.私のいない所で何言っているんですか?
フギテ辺境子爵領、領都クライシムは大いに湧きていた。
町の酒場はどこも盛り上がり、不景気で辛気臭い雰囲気が消えて、活気と欲望の喝采に沸いていた。
グラッチェス!
カチャン、カチャン、カチャン、木の盃をぶつけて今日の勝利を祝い、冒険者や商人や職人らが酒を飲み交わしていた。
「がははは、獲物が取り放題だ」
「坊主ら、明日も稼ぐぞ」
「「「はい、お願いします」」」
魔物の大海嘯で騎士団が討伐するのは大型の危険な魔物のみであった。小型の魔物はほとんど放置される。しかも討伐した魔物のほとんどは討伐部位と魔石のみ回収して放置されるので小柄の肉食魔物が集まっていた。
つまり、城壁の外は危険な一杯です。
D級冒険パーティが5つくらい連合して、E級、F級の初級冒険パーティが付いて薬草採取と荷物運びを率先する。城壁から東の森に向かって薬草を取って帰ってくるだけで魔物の死体で大儲けになった。
D級は上機嫌、E級、F級もおこぼれを預かって稼げた。
しかも町では肉の値が四分の一まで下がっており、腹一杯食っても普段より安いというおまけもついていた。
『小麦が買えなければ、肉を買えばいい』
冗談みたいなフレーズが町に広まっていた。
何と屑肉が百分の一まで下がって小麦より安かった。
どこかの馬鹿が買い取り価格の安い屑魔物を大量に冒険ギルドに持ち込んだと噂されたが事実は異なる。
あの屑肉が恐ろしい恐竜種の魔物の肉とは誰も思っていない。
大量に持ち込まれ恐竜種は素材を採取すると固くて臭い肉が大量に市場に放出された。
その結果が小安い肉の秘密だった。
市民権もない下級民にとって、臭く固い肉でも肉は肉であった。
「お肉だ」
「肉だ、肉だ」
子供達は大喜びだ。
とても食えるような肉ではないが、これを食べると元気がでると下級民は噂した。
間違ってレベル30超えの魔物の肉である。
味はともかく、魔素の量は通常の10倍を超えている。
大量の魔素を取り入れて元気が出ているとは誰も考えていない。
町は麻薬ドーピングされたように活気付いた。
そんな活気が湧く酒場の一角に冒険パーティ『鮮血の誓い』も今日の勝利に乾杯していた。
「いやぁ、絶好調す」
「レベルが上がったからでしょう」
「調子に乗っていると怪我するわよ」
「今の俺は超無敵す」
「馬鹿ぁ!」
ランツはこの一週間でレベルが20から25に上がっていた。
アネストも魔法使いでレベル20に達して、念願の魔女にジョブチェンジして、すでにレベル16まで上がっている。
「俺の実力が遂に開花されたす」
「そんな訳ないでしょう」
「ワーウルフをエッジスラッシュで5頭も討伐す。これを開花と言わずに何と言うすか!」
ランツの大きな声は周りの冒険者にも聞こえていた。
騒いでいた男達の声がわずかに小さくなった。
「ワーウルフに突っ込んゆく馬鹿がいるのか?」
「俺、見ました。単騎で50頭はいるワーウルフの群れに突っ込んでいきましたよ」
「マジか! 死ぬぞ。普通」
「あれは馬鹿だ」
「全員、呪いに掛かっていると聞いたな」
「あぁ、あれを仲間にしたからな!」
「狂戦士の呪いだろ!?」
「あれだけの美人なのにもったいねい」
「俺も一目で惚れたんですよ」
「告るのか?」
「冗談言わないで下さい。首を飛ばされたくないです」
「首は飛ばされないが戦闘狂の呪いが掛かるらしいぞ」
「マジですか?」
「マジ、マジ」
ギルドで一・二と言われる副ギルド長のベルントを圧倒する戦闘狂の娘です。
彼女の魅了の掛かると、死も恐れる狂戦士に生まれ変わると噂された。
そして、どこかで野垂れ死ぬとも。
「東の平原で単騎討伐とか、あり得ないよな」
「でも、俺、荷物を倉庫に運んだ時にディーンドラゴンを解体しているのを見ましたよ」
「「「「「「あり得ない」」」」」」
「呪われた鮮血さんは、走竜に襲われているところ助けられて呪いに掛かったらしい」
「戦闘狂の呪いか!」
「遠慮する」
「俺も」
「ですよね」
最近、アネストの友達であった女冒険者達がよそよそしくなっていた。
みんな集まって情報交換をしていたのに、最近はアネストが来るとみんな散っていった。
「うっす、みんな元気してた」
「う、うん」
「私、用事を思い出した。先に行くね」
「急に、どうかした?」
「えっ、なんだろうね」
「答えなさい」
「…………」
アネストは友達から無理やり聞き出した。
「みんな知ってる。私達の事もみんな、『血に飢える呪いの鮮血』って呼んでいるのよ」
「らしいな」
「冒険者で妬まれるのは活躍して証拠よ」
「お師匠様」
「呪いのアイテムが売れて儲かっておるのぉ」
「今まで声を掛けてくれていた男の子らからも敬遠されているんですよ」
「おまえ、彼氏いたのか?」
「彼氏じゃないわ。友達よ」
「ご飯を奢ってくれる。いい友達だったのよね」
「はい」
遂、先日まで下級職の可愛い妹のような魔法使いが、冒険パーティに魔法使いを引き入れたい冒険者らがアネストに優しくするのも下心があった。
依頼を終了した。
みんなが集まって、無事を祝ってくれたのだ。
みんな優しかった。
が、3~4日前から波が引くように去っていった。
「おまえより格下のなってしまったからのぉ」
「ふふふ、自分よりレベルの高い冒険者も仲間に入れると、自分の地位が危なくなっちゃうわよね」
「あっ、そういうことですか!」
モテていると勘違いしていたアネストが脱力します。
ジルや忍のように美人ではないですが、可愛い系でモテていると思っていた。
アネストがエールを一気飲みする。
「おばちゃん、おかわり」
「ふふふ、すねちゃった」
「もっと高い物をねだればよかった」
「ふふふ、大丈夫よ。もう少しすれば、強面のオジサン方が沢山帰ってくるわ」
「オジサンは嫌いじゃないですけど、モテても嬉しくないです」
「贅沢いうわね」
「じゃが、そのオジサン連中もすぐに格下になりそうな勢いじゃのぉ」
「そうですよ。忍、異常過ぎ!」
そんな風に思っていると、メニューのカウンターが動き出した。
「忍、来た!」
「ホンにいつ来るか判らん子じゃのぉ」
「なんで判るんだ?」
「メニューの経験値欄を見なさい。凄いスピードで回っているでしょう」
『へぇ、おかわりお持ち!』
「ありがとうぉ!? 駄目ぇ、いやぁぁぁぁぁっぁぁ、あぁんんんん、だぁ、ダメぇ~~~~~~~~~~~あぁん。駄目ぇ、駄目ぇ、今が駄目ぇぇぇぇ~~~~~!」
アネストは急に跳ね上がり、必死に何か耐える表情をすると悶え始めた。
エールを持ってきた店員が悶えるアネストを見て顔を真っ赤に染めた。
アネストの目はトロンとなり、ダラしなく涎が口から洩れている。
倒れそうになったアネストは偶々いた店員の肩に手を掛けて、倒れないように必死に肩を掴んでいる。
肩には爪が立って、じんわりと服の赤いものが浮かび上がる。
「あはぁ、あはぁ、はぁ、はぁ、はぁ、駄目。駄目なのぉ」
「おおおお、俺ぇ」
エールをテーブルに置いた手が震えている。
アネストから甘く甘美な匂いが漂い、少年は誘惑と自制心の狭間で震えていた。
「なぁ、アネストは何をやっているんだ?」
「気が付かんか? 今、レベルが上がったじゃろ」
「鈍いわね」
「久しぶりに大きい奴だったな」
「才能があるのも考えものじゃのぉ」
「私、あんな風になるのだったら家に籠るわ」
「確かに、アネストから色気が漏れるというのは異常だな」
「ホント」
「なぁ、なぁ、何を言っているんだ?」
「メニューを開いて、自分のレベルでも見なさい」
ソフィア(義理姉)に言われて、ランツはメニューを開くと、最初にスキル蘭の『ダブルエッジ』が目に入った。
「やったぜ! ダブルエッジをゲットだぜ」
アネストは悶え苦しみ、ランツは大声を上げて興奮する。
周りが一斉に騒ぎ出した。
「見たか? あれが呪いだ。男は常に興奮状態になり、女は悶え苦しむらしい」
「マジかよ」
「あぁ、ちょっと前もアネストがギルド前で突然に失禁したらしい」
二日前も突然にレベルが上がって、しばらく立ち上れないようになった。
顔を真っ赤に昂揚していたので、失禁して立てなくなったと勝手に思い込まれた。
赤っ恥もいい所だ。
アネストは魔力感知に優れ、多彩な魔法を習得できると才能も持っている。
しかも魔女はステータスの上がり方は魔力にほとんどが振られるのです。
つまり、レベルが3つ上がると魔力も6つ上がり、MPは60も上昇します。
魔力の上昇は感覚を一時的に鋭敏にし、触れる息すらも敏感に感じてしまう状態を生み出します。不足するMPを急激に補充しようと体が魔素を吸い込み易く感覚が全開され、魔力が集まる波にアネストはしばらく悶えることになってしまうのです。
簡単に言ってしまえば、快楽にイキ続ける訳です。
人目が気になる酒場でこの醜態を晒すのは、生娘のアネストにとって恥ずかしさで死んでしまいたいくらいでしょうが、今はそれすら考える余裕もなく、全身の感覚が襲っていたのです。
「ニーサは大丈夫なの?」
「儂は上がったと言っても1つじゃからなぁ。気を張っておれば、問題はない」
「アネストちゃん、いくつ上がったの?」
「む、六つ」
完全なレベル酔いです。
魔女じゃなくても気を失うほどの感性が襲ってくるレベルでした。
「レベル酔いって伝説って思っていたわ」
「儂もじゃ」
「たぁ………ひぇ」
「私は軽い眩暈くらいですんだけど、ちょっと可哀想ね」
「思い出した時にアネストは平常心でいられるかが心配だ」
「あぁ、ははは」
アネストはレベル酔いの上に魔法使い特有の魔法酔いが平行して起こしているのです。
ソフィアも納得です。
「魔女も大変ね!」
「おねぇ………あっ、あん」
「普通はレベルが2つも上がることは稀じゃからのぉ」
「だね!」
アネストはそんなこと言っていないで助けて!
そう思い、声を上げようとしますが、巧く声を出ないのです。
「あぁ、あぁぁぁぁぁぁん」
酒場が嘘のように静かになっていました。
誰もがアネストの悶える姿に息を呑んでいるのです。
小さな声でつぶやきます。
「強くはなりたいが、あぁはなりたくないな」
「そうですね」
「俺、見ました」
「何を?」
「騎士団がオーク300体を嬢さんが一人で300体を倒す所を!
「一人でか?」
「一人です」
「狂ってやがる」
騎士団は6人くらいで見回りを行っており、その1つがオークを発見したのだ。
オークは豚肉のようにおいしく、食用素材として貴重な魔物であり、討伐隊と同じく、回収隊が組まれた。そして、オークの発見地帯に戻ると、一人の少女がオークの群れを蹂躙していたのだった。
オークはレベル4からレベル10程度であり、恐ろしい魔物ではない。しかし、群れると人のように連携する知能があり、レベル30の魔物に匹敵すると言われているのです。
それを一人で蹂躙する姿は神々しく。
竜騎士の軍団長はこう呟いたのです。
『あの戦い方は人じゃない。魔人族の戦い方だ。魔人だ』
回収隊はE級冒険パーティで組織されていました。
多くの冒険者が隊長の言葉を聞いていたのです。
「俺も聞きました」
「何を聞いた!」
「ギルド長から平原に大魔人の像が設置されたって」
「あぁ、それなら俺も聞いた」
「俺も聞きました。黄金の像だそうですぜ」
「黄金か!」
「結局、その大魔人って何ですか?」
「そりゃ、お嬢ちゃんのことだろう」
「「「「「「「「「だよな」」」」」」」」」
魔人国に生まれた美しい人種のお嬢ちゃん、それが『大魔人』とささやかれたのです。
◇◇◇
そんな不穏な噂が流れているなんて知らない私は、テスト期間に入って浮かれていました。
試験が終われば自由時間です。
異世界の日没前にちょっと狩りをして、早寝早起き、早朝からみんなで冒険だ。
今日も町娘レベル99のカンストを目指して、がんばるぞ!
第1章『大魔人、現る』(終)