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堕ちた龍

ミュラーとジンク、ゲイズは特訓の為、山を登っていた。


「おい、こんな危険な崖を登るとは聞いてないんだが」


ジンクがまさか崖を登るとは知らなかった。


「堕落龍を倒すと言いだしたのはお前だろうが!!」


ゲイズはジンクのいう文句にツッコミを入れる。


「だから、俺は言ったんだ。そんな装備で大丈夫かと、お前らときたら大丈夫だ。問題ないというから実際はこれだ」


ミュラーは呆れて仕方ない感じだった。

三人は前途多難な登山をしており、命綱すらなしで細い道を進んだり崖をよじ登っている。


「そもそも、俺っちとゲイズはともかく、お前はいいのか?堕落龍とはいえ同族じゃないのか?」


ジンクは、ミュラーにとっては同族の相手となるので断ると思いきや快く了承したのに未だに腑に落ちなかった。


「同族ではあるが、同類ではない。そもそも、堕落した龍は我々にとってみれば、もはや魔物や魔獣と変わらん。神への信仰を失い、理性すら失った龍人の慣れの果てが堕落龍だ。理性すらない龍など災害と変わらん。我々の中には狩ってやるのが一番の救いだという奴もいる。だから、俺に遠慮はいらんぞ」


ミュラーは堕落龍を同族だとは思っておらず、狩る者という認識の方が強かった。


「遠慮したわけじゃねえ。いざという時に動けないと言われると困るから再度確認しただけだ」

「フン、無用な心配だ。お前こそ堕落してるとはいえ気圧されるなよ」


ジンクとミュラーは互いに言いたい事を言いながら悪態をついている。


「そういえば、お前の龍で飛んで行けば楽じゃねえか?」


ゲイズはミュラーの『召還魔法』で『ガルファルグ』を呼び出して運んでもらった方が早い事に気付く。


「「馬鹿かお前は!!」」


ゲイズの案にジンクとミュラーが同時に答える。


「『ガルファルグ』の気配を感じ取られて逃げられる方が面倒だ」

「堕落してるとはいえ龍は魔力の変化に敏感な生物だという事は常識だぜ」


ジンクとミュラーはゲイズの意見を否定する。


『こいつら本当は仲いいんじゃねえのか?』


ゲイズはふとそう思ってしまった。


ミュラーは当然知っているとして、ジンクは天敵という意味で龍に対する理解がある。

堕落した龍を狩る事は鬼人にとっては名誉なことなのだ。


「ふと思ったが、ゲイズは得物はないのか?」


ジンクは見て分かるように鎖で繋がっている鞘と刀を持っているが、ゲイズは丸腰である。


「収納魔法でしまってるから持つ必要がねえんだ。それに獣人は人間や鬼人のようなまともな戦い方はしない、中には卑怯者という奴もいるが言いたい奴には言わせておけばいいんだ」


獣人は主に罠や暗殺術を得意としており、幻術や忍術を得意としている。

その最高峰が『幻獣種』なのだ。


「昔から、主人の影武者やら暗殺やら所謂、汚れ仕事を一番上手くこなして来た種族で、主君へ最も忠誠を尽くすと言われている」


ジンクは昔から獣人は鬼人や人間と友好なのは知っている。


「この男がそんな忠犬だとは到底思えないんだが」


ミュラーにはゲイズが、そこまで主人に忠誠を尽くすとは思わなかった。


「俺にだって尽くすべき主人は選ぶ権利くらいはある。だが、まぁ、なんだ、俺は退学してもおかしくない事をした。それなのにあの会長は俺を庇ってくれた事に関しては感謝してる。それくらいの恩は返す」


ゲイズはエリックには忠誠を誓ってるが、それ以外に関してはどうでもいい。


「それに関してはあの女の便宜もあるんだがな」

「会長は兎も角、俺はあの女には一切感謝するつもりはない!!下手に出たら何を要求されるか分かったもんじゃないからな」


ゲイズにとってクリスは何を考えてるか分からない為、怖いのである。


「それは正しくその通りだな。アイツに弱みを掴まれた結果がこれだ。アイツには借りを作った時点でどんな無茶振りを要求して来るか分かったもんじゃない」


それに関してはミュラーも同意だった。


「だが、どうして『堕落龍』を特訓相手にしたんだ?特訓したいならもっと手頃な奴がいたと思うが?」


ミュラーはこの二人では、『堕落龍』は出会ったら逃げる事すら厳しいと思っている。

『堕落龍』は一度獲物を発見すると死ぬまで追いかけて来る危険性があり、当然としてその鱗が硬く、店に並んでるような量産品では弾かれ、まともに攻撃が通らないのである。


「理由は簡単だ。あのライチェスとかいう奴が倒せたんだ。俺っちが負けるような相手じゃない。それに弱い相手じゃ特訓にならんだろ」

「一人じゃ厳しいだろうが、二人がかりならいけると判断した!!」


ジンクとゲイズは自信たっぷりに答える。


「お前ら、それが出来るのはおそらく、うちの生徒じゃ、あの女とライチェスぐらいだ。忌々しいが、あの鬼人の娘も出来るだろう」

『なんたって、奴は『堕落龍』二体を同時に相手出来たからな。その力を継いでる娘が倒せない訳がない』


ミュラーはアシュナの父親を思い出している。

あの男は正しく武に関していえば地上最強の生物と言っていい。

あの男は俺の嵐巨斧(ヘルベルク)を指先一本で止めた事をミュラーははっきりと憶えている。


「お前らでは、『龍圧』で身動きが取れなくなった瞬間に殺される」


『龍圧』は主に『覇龍種』が持つ力で、龍より下の生物を昏倒させる力がある。

意志の力でのみ防ぐことができ、弱い意志を持つ者は問答無用で昏倒させる力なのだ。

『覇龍種』以外でも一応、『龍圧』を使えるが昏倒まではいかず、相手を一時的に竦ませる程度である。

しかし、それだけでも危険極まりない能力なのだ。

龍とは一瞬の隙が命取りとなる相手である。


「その力に負けない意志の力を得る事が特訓の目的だからな。俺っち達にとっては魔法云々より一番厄介な龍が持つ能力だ」

「我等にとっては大した力ではないのだがな。まさか、これが鬼人に警戒されてるとは」


ミュラー達、龍人にとっては魔法に満たない能力なのである。


ミュラー達が山を登っていると霧が立ち込めて来た。


「さて、そろそろいてもおかしくないところだが!!」


ジンク達の目の前には『堕落龍』が横たわったいた。


「魔力を感じない。既に死んでるな」


ミュラーは『堕落龍』の死亡を確認する。


「おいおい、まさかここまで苦労して登ったというのに」


ゲイズは落胆している。

それ以上に情報を得たジンクの方がショックが大きかった。


「あら?」


霧でよく見えなかったが、『堕落龍』の背後に空色のローブを着た青髪の眠たそうなジト目の幼い少女がいた。


「・・・この感じもしかして、ミュラーかい?」


幼い少女はミュラーの名を呼ぶ。


「・・・人違いだ」


ミュラーはその少女と視線を合わせようとしない。


「さて、ここまで来て残念だが・・・」


ミュラーは後ろを振り返り帰るぞと言おうとするとジンクとゲイズは昏倒していた。


それは『覇龍種』が持つ『龍圧』の力である。


「つれないこと言わないでよ。あたいの顔を忘れたの?ほら、濃霧のミスティ・ネイルスを!!」

「知らん」

「それで、まだあのろくでなしの『智の神』の神徒候補を探してるの?無駄無駄、だってあのろくでなしは神徒を作る気ないからね。そういえば『技の神』が第一候補を他の神に横取りされたと愚痴ってたって聞いてるけど知ってる?」


これはおそらくライチェスの事を言ってるのだろうとミュラーは察した。

龍の国には、神と対話する力を持つ者『神龍種』と呼ばれる存在がおり、その者から聞いたらしかった。


「知らん、お前は王を放っておいて何をしている?」


このミスティという少女は『財の神徒』の側近である。

主に王が不在時の国の守護をしているため、彼女の国では守り神的な扱いを受けている。


「所謂、ガス抜きって奴ね!!流石に王の相手ばかりでは疲れるわ。そもそもあたいが王の側近なんて柄じゃないの!!お前はどうしてこんなところに?」

「こいつらの特訓に付き合っていた感じだったが、目的がその『堕落龍』だったんだ」

「へぇ、それじゃあ。あたいが鍛えてやろうか?」


ミュラーはミスティの特訓の方が『堕落龍』と戦う事よりもキツイことを知っていた。

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