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勇者なる者

人間が治る都、帝都ガラーディンそこには勇者の伝説がある。


勇者の扱う剣は七つの星の力を持ち災いを打ち払う力があると呼ばれている。

その力は神の如き力を持ち、人々に希望を与える存在が持つには相応わしい剣であった。

しかし、いつの日か勇者の扱う剣は力を失い、勇者という存在は『神徒』という存在が取って変わった。


その勇者の剣を模倣しようとした魔法が人間の扱う『付与魔法』だと言われている。

プロの職人になると武器に複数の付与を永久につけられるようになる。


その『付与魔法』をクリスは何度も試しているが成功したことが一度たりともないのだ。

クリスはこの『付与魔法』を理解する事で天穿槍『ロンド・グラン』の性能を更に引き伸ばせるのではないかと思っている。


「先生、いつまで自分の武器を見つめてるんですか?いい加減仕事してください」

クリスの助手であるライチェス・クロムスは溜まった書類を一人で処理している。

「そもそも、どうして生徒会の仕事が私の所にきてるの?おかしくない?」


クリスは書類の山を見ながら、自分達の仕事じゃない気がしている。


「・・・先生、書類にしっかりと目を通してます?これ生徒会ではなくこの学園が委託を受けてるギルドの依頼についての書類ですよ。以前はこれ生徒会で処理をしていたらしいですが、先生のこの事務所?が学園に送られる依頼が適正かそうでないかの確認する所になっていることをご存知ないんですか?」


ライチェスは呆れながらクリスに説明する。


「成る程ね。確かによく見ると危険な奴があるわ。これはうちで受けるからキープしておくわ」

「先生、もしかして生徒会の仕事を押し付けられたと思ってたんですか?」

「当然じゃない」

「あの学園抗争騒ぎの時に学園長を助けた時に報酬と一緒にギルドからの依頼の斡旋をお願いしていたとお聞きしてますが?」

「ああ、そういえばしたわね。もしかしてこれがそうなの?」


クリスはこれがその斡旋だとは考えていなかった。


「先生ってお金が絡むと後先考えずに行動することが多いので少し自重して下さい」


ライチェスは呆れたような冷めた視線をクリスに向ける。


「善処するわ。ところであんたって『付与魔法』って使える?」


クリスはとりあえず気まずいので話題を変えることにする。


「ミュラーに聞かなかったんですか?」

「あいつの説明でできないからあんたに聞いてるんじゃない!!」


クリスは既にミュラーの言う方法を試したが成功する兆しが見えないからライチェスに聞いてるのである。


「ちなみにどんな説明をされたか教えていただいてもいいですか?」

「あいつの話しだと、武器に魔力を込めることで出来るようになるって言うんだけど全然できないのよ」

「ああ、成る程。龍人や魔人では『付与魔法』の認識ってその程度なんでしょうね。そんなんじゃいくらやったところで永遠に出来ませんよ」


ライチェスは半ば納得したように答える。


「あんたはできるの?」

「見てて下さい」


ライチェスはアシュナからもらった白いナイフを取り出す。


「『付与魔法』で大切なのは魔力よりも素材だと言われています」


ライチェスが話しながら『付与魔法』を実践する。


「素材って言われてもね」

「これは鬼人、人間、獣人といった力の民の共通認識なんですが、あらゆる万物に魔力が宿るという考えがあるんです。それを引き出す力こそ『付与魔法』の正体です」


ライチェスはナイフに風を纏わせる。


「この考えが、龍人、鳥人、魔人の認識の違いですね。彼等、力の民は魔力の『干渉力』が弱いのでそれを補う工夫が必要だったんです。その一つが『付与魔法』という訳です。そもそも、その武器の素材が分からないと『付与魔法』は発動しません」


ライチェスは『付与魔法』を解除してナイフを鞘にしまう。


「そもそも、どうして素材が大事なの?」

「それは素材自体が持つ魔力には偏りがあるからですよ。火山で取れる素材には炎の魔力が多く含まれるので炎は当然纏えますが氷は纏えないのです。龍人や鳥人、魔人が扱う『干渉力』を有する魔法はその『干渉力』で空気中の魔力を無理矢理書き換えてるに過ぎないんです。これは秘密にして欲しいんですが、鬼人が扱う『魔封祓神力樹』についてご存知ですか?」

「アシュナの鞘に使われてる素材で、発動した魔法を魔力に戻して無効化するんじゃなかった?」


クリスは当然のように答える。


「それってもしかしてミュラーから聞いた情報ですか」

「当然じゃない」


クリスにとっては魔法に関しては頼りになると思っていた。


「それは確かに龍人らしい見解だと思います」

「えっ!?もしかして違うの?」


ライチェスは黙ってうなづく。


「その答えだと一つの矛盾がありますからね」

「鬼人の『神通力』ね」


それはミュラーも疑問視していたことであった。


「あの樹をだいぶ大層な樹だと魔の民は思ってますが、『干渉力』の影響を無くす程度の力しかありませんからね。なので『干渉力』を必要としない『神通力』には通用しないんです」

「随分と詳しいわね。流石、鬼人の彼女がいることだけはあるわね」


クリスは更にライチェスの評価を上げる。

むしろ、これからは魔法についての相談はライチェスにしようと決めた。

それと同時にミュラーの評価が当然の如く下がり、いい加減なことしか教えないという印象がついてしまった。


「昔、シュナがこっそり教えてくた事がありましてね。鬼人にとっては『神通力』と己の力を高めることが最大の武器だとシュナは話していましたよ。だから『干渉力』を封じてしまえば何も出来なくなる龍人や鳥人、魔人は人間や獣人に比べて弱いと思ってる鬼人が多いらしいです。特に力の民は魔の民より結束が強いことでも有名ですから」

「それってやっぱり」

「当然、『干渉力』が弱いからこそ互いに協力し合い切磋琢磨して来た歴史があるからですよ。魔の民は秘密主義ばかりでそんなものありませんから、むしろ相手を出し抜く事ばかり考える者の方が多いです」


ライチェスは自分の叔父が正にそうだったので頭が痛かった。


「そもそも、魔の民は自身を鍛えることを嫌う者が多いですらね。知識から力を得ようとする者が多いんですよ」

「そう考えるとあんたって鍛えるの大好きよね。よくあのアシュナの特訓についていけると関心しちゃうわ」


クリスもアシュナと同じ特訓をしているが、身体がもたないのでアシュナの特訓量を半分くらいに減らしてやっている。


「あれはまだマシなくらいです」


ライチェスにしてみればゼファードの特訓の方がキツかった記憶がある。


「そういえば、私の真似をして付けてたサングラスどこやったの?」

「ああ、アレですか。アレを付けたところをシュナに見られ、「全然、似合ってないよ。ライちゃんは普段通りが一番カッコいい」というのでミュラーに譲りました」

「あの格好であのサングラスって、もはや洒落にならないんだけど、間違いなく小さい子は泣くわよ。ただでさえ強面なんだから」


ミュラーが真面目な生徒だから、誰も何も言わないのか、あまりにも怖いから何も言わないのかクリスは未だに分からなかった。


「先生はミュラーのことをどう思ってるかは知りませんが、自身が強面なのを本人が一番気にしてるようなので言わないであげて下さい。先生だって、目付きのことを言われるのは嫌ですよね」


その発言によりクリスはこの男こそ真の聖人なのではと思ってしまった。

あのどうしようもなく救いようの無い駄目男を庇ったのだ。


「本当、あんたを見てるとアイツがどうしようもない奴だとしか思えなくなってくるわ。最初からあの龍を出しとけば二ヶ月もかけて行く必要無かったじゃない!!それをアイツに言ったらなんて返して来たと思う?」

「さ、さあ?」


クリスが質問するとライチェスは困ったような表情をする。


「「あの鬼人が納得するか分からないから黙っていた。帰りなら、置いて行かれる可能性が大だから言うことを聞くしかなくなるだろ」って答えたのよ!!ふざけてない?」

「ふざけてはいないと思いますけどね。龍人と鬼人が仲悪いのは今始まったことじゃないから仕方ないですよ」


ライチェスはわざわざ怒ることではないと付け加える。

クリスも何となくライチェスがこの程度で怒る人物だとは思っていない。


「とりあえず、粗方見たけどなかなか美味しい依頼ってないわね」


クリスは書類を粗方片付けると座りながら伸びをする。


「仕方ありませんよ。所詮は学生が受けるものですからね。それに一般生徒も受けられるようになったことで無理はできなくなったこともあります。見たところCランク以上なんてほとんどありませんからね」

「仕方ないわ。たまにはあんたがギルドから仕事をもらって来なさい」


クリスは普段一人でギルドに行って仕事をもらっている。

ギルドに行った方がより高いランクが多く、当然報酬も高いからであった。


「それはいいんですが、最近なんか変な視線を向けられるので怖いんですよ」


それは当然、ライチェスの噂が冒険者を通してギルドに伝わっているからである。


「気のせいじゃないの?でも、あんた腕が立つから案外有名になってたりしてね」


クリスはその噂に一役買っているためさらりと流す。


「そんな簡単に有名になるなら誰も苦労しませんよ」


ライチェス自身はそんな有名になったつもりはなかったが、クリスは知っている。

ライチェスは単身でクリスが消滅の力を使わないと倒せなかった準接触禁忌種であるスケイルグリズリーを圧倒する力を持つ。

スケイルグリズリーは身体の鱗が兎に角硬いので大抵の攻撃は通らないが、ライチェスの操る『断魔の力』の前ではその鎧のような鱗は意味を成さず、内側から破壊され息絶える。

ライチェスが極力、対人戦で『断魔の力』を使わないのは相手の魔力を利用し、相手の内側から破壊する魔法だからという理由である。

それと自分にとっての奥の手なので極力見せたくないとクリスに話していた。

どうやってるか聞いてみたが、『神通力』と『断魔の力』については黙秘を貫いている。

そもそも、どちらも生半可な覚悟では体得出来るようなものではないとライチェスはクリスに言ったのだった。


しかし、『断魔の力』は自分の意志を継ぐ者に継承したいと話す顔が恥ずかしそうだった辺りで、ライチェスが誰に継承しようとしてるかクリスは理解した。

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