魔を狩る者
ライチェスは死んだ。
死因は自分自信よく分かってる。
『断魔の力』を使ったことにより命が尽きたのだ。
暗黒が支配するこの世界は死後の世界だろうかとライチェスは思う。
「見せてもらったぜ、お前さんの勇姿・・・しばらく見ないうちにいい男になったじゃないか」
ライチェスの目の前に紅いコートを着た長髪の男がいた。
その男は白目の部分が黒く瞳の部分が白い目をしている。
「ゼファード・・・」
「ゼファードさんだ!!さんをつけろさんを!!」
ゼファードという男はその場に腰掛ける。
「まぁ、座れや」
ゼファードはライチェスにその場に座ることを勧める。
「それで、死んだ僕に何のようだい?ゼファードさん」
ライチェスはさんの部分を投げやりに言う。
「なんか棘があるなぁ」
「ところでお前さんが愛する子はもう抱いたのか?」
「愛していないし、どちらかというと抱きつかれて困ってるよ」
ライチェスは面倒くさそうに答える。
「お前さんは、分かってないな。お前さんのそれは紛れもなく愛だよ。お前さんは愛する者のために命を投げ打った結果がこれだ。どうだ?満足か?俺の賭けは当たったろ。ギャンブルでは負け続きだった俺もこういう勘だけは鋭いんだ。な、俺の言う通りになったろ。お前には壊すことは出来ても誰かを救おうなんて無理に決まってるってな。これで分かったろ。お前は気ままに自分のためだけに生きてりゃ良かったんだ。どうして、あの女に執着する必要がある?この世界には女は腐るほどいるぜ。どうして一人の女に拘る必要があった?」
「彼女は僕に・・・何もできない僕をいつまでも待ってくれた。僕はそれが嬉しかった。誰にも期待されなかった僕を・・・そして、今も待ってくれている。僕みたいな駄目な奴をいつまでも待ってくれているんだ。僕は甘えてるんだ。彼女の優しさを利用してありもしない未来まで言ってしまった!!何があろうと僕は彼女の味方であり続けると心に誓った。だから、それを言ってしまった自分が一番許せないんだ!!」
「・・・もし、叶うなら謝りたいか?」
今まで茶化していたゼファードは真剣な表情になる。
「謝っても許してもらえるか分からないけどね」
「もし、許してもらえて次があるなら何がしたい?」
「変わらないよ。僕は彼女の側で同じ景色を見たい、昔も今も・・・きっとこの先もこの気持ちは変わらない。僕は彼女さえいてくれればそれでいい彼女を助けられればそれでいい、彼女を支えられればそれでいい、彼女を護れればそれでいい、死が二人を別つまで・・・」
ライチェスは自分の望みをゼファードに話す。
「・・・お前の抱く愛こそ、完全な愛っていうんだろうな。お前の覚悟は昔も今も変わらないということか、それならあの時した質問にもう一度答えてもらおうか?」
ゼファードはライチェスに銃を向ける。
『断魔の力』を持つ断魔銃『ライネル』と対になるもう一丁の銃、絶魔銃『エデルガ』と呼ばれる銃である。
「お前は愛のために命を投げ打つことができるか?」
ゼファードはトリガーに手をかける。
ーーーーー
ライチェスがアシュナと再会の約束をして五日後、彼は家を出た。
彼は彼女に会う為にはまず、力を付けないといけないと思ったからだ。
その為にはやはり、家族というのが足枷になった。
だからこそ、彼は必要最低限のものを持ち家を出た。
しかし、ライチェスが思うほど外の世界は優しくなかった。
襲い来る魔物や猛獣、野盗などにも襲われる。
逃げ惑う毎日で寝ることすら出来なかった。
それでも不思議と帰りたいとは思わなかった。
それは彼女に会う約束が彼の中にあったからだ。
だからこそ、負けていられなかった。
日を追うごとにライチェスは上達していき気がつくと上級の炎魔法と中級の光魔法、初級の風魔法が使えるようになっていた。
しかし、それでも調子に乗ってはいられなかった。
一瞬の油断が命取りになるからだ。
敵わないと思った場合、光魔法で相手の目を眩ませて逃げていた。
しかし、今回ばかりはそうはいかなかった。
『準接触禁忌種』ではないがそれに近い魔物に出くわしたのだ。
見た目は狼のような姿をしているが鋭く長い前脚の爪には呪傷があり、視覚よりも嗅覚が発達している『ハウンド』と呼ばれる魔獣である。
影の中を潜る力を持っており何処から襲撃されるか分かったものではなかった。
その為、ライチェスの光魔法が効かず逃げられない上に影の多い森の中で駆け回り逃げている。
「うわあああ!!」
影の中から突然ハウンドが奇襲を仕掛ける。
「あがっ!!」
爪で背中を切られてしまい、呪傷により動くたびに傷口が広がる。
「ああああああ!!」
呪傷は掠っただけでも重傷になるかなり厄介な傷である。
ライチェスは周囲の影を光魔法で照らす。
「ハァハァ・・・」
呪傷は超級以上の力がなければ治癒させるのは難しいと言われている。
出来ない訳ではないが一日かけないと直せない。
流石にそこまで敵も待ってはくれない。
聖水があれば傷口を広げることを抑えることができるが子供の自分に手に入れることが出来るような代物ではない。
聖水は限界まで蒸留したアルコールに『儀式魔法』による祈りを行なって完成する。
その為、聖水は神聖で高級なのだ。
「・・・約束・・・したんだ。こんな所で・・・」
ライチェスは傷口が広がる痛みを耐えながら、ハウンドに反撃する。
避けることすら考えていない、相討ち覚悟のその爆炎の槍はハウンドを捉え命中させる。
致命傷を受け、ハウンドは影に逃げようとするが、ライチェスは閃光により、その思惑を阻止する。
「残念だけど、逃す気はないよ。『連爆華火』」
ハウンドはライチェスの爆発の乱射を受け死体すら残さず灰となった。
「・・・嘘、だよね」
ハウンドを倒すと次はブラッドグリズリーという赤い熊が現れる。
一度戦って苦戦したので戦いを避けていた相手がこの状況で現れた。
ライチェスはどう考えても逃げ切るヴィジョンが見えなかった。
光魔法を使っても血の匂いで追いかけて来るので意味がなかった。
ブラッドグリズリーは血の匂いに敏感なのだ。
それでも、ライチェスは立ち向かおうとする。
彼女とした約束、それだけが彼を突き動かす。
ライチェスは爆炎の槍を放つがブラッドグリズリーはビクともしない。
それは魔力が足りず、魔法の威力が落ちていたからであった。
『ここまでか』
と彼は思うとブラッドグリズリーがその場に倒れる。
「まさか、こんなところにガキがいるとはな」
ブラッドグリズリーが倒れた背後に目の前の紅いコートを着た胡散臭さ抜群の男が酒瓶片手に立っていた。
「まったく、ハウンド相手でよくこれで済んだな」
男はライチェスの傷口を見ながら感服する。
「しかも、生きてるということは撃退したわけだ。その歳の割には良くやったと褒めてらりてえが、ガキ一人がお守りもなしにこんなところをうろついてるのはあまり褒められたことではないな」
男は酒を飲みながらライチェスに説教する。
「親とはぐれたと言うなら近くの街までなら案内してやるが・・・」
「そういう訳ではなく、僕は自分の意思でここにいるんです。あんな家に今更、帰る気はありません」
ライチェスは早く強くなる必要があった。
その為に家を出てここにいるのだ。
「お前さんの事情なんか知ったことじゃないからどうでもいいが、このままじゃ近いうちに必ず死ぬぜ。何度も同じラッキーが起こると思わない事だ。俺もギャンブルで勝っていたからと調子に乗ってたら一気に転落だ。森の外までは送る。そこでこれからどうするか考えろ」
男はまるで自分のことのように話していた。
「ところで、さっきのは魔法ですか?」
ライチェスには男が何をしたか分からなかった。
「その質問に答えたら、帰るって約束できるか?」
「それなら、教えてくれなくていいです」
「あのなぁ、俺はお前さんの為を思ってだな」
ライチェスの頑なさに男は呆れるしかなかった。
「それなら、僕を弟子にして下さい。二人なら簡単に死ぬことはありません」
「それならじゃねえよ。どうして上から目線なんだよ。それを決めるのは俺って分かってるか?」
ライチェスの余りの無茶振りに男は困惑する。
「悪いが俺は弟子は取らねえ主義だ。第一面倒くせえ」
「そこをどうかお願いします」
ライチェスは頭を深く下げる。
「だから、嫌だと言っている」
「お願いします」
ライチェスは土下座して懇願する。
「・・・はぁ、仕方ねえ。まず話しを聞こうか、それをどうするかは俺が決める」
「わ、分かりました」
「それと、男がそう簡単に土下座なんかするな」
「は、はい」
ライチェスは何故自分がここにいるかその男に包み隠さず話した。
「つまり、女の為か、ガキが色気付きやがって」
「約束を果たす為ただそれだけです」
「まったく、素直に女の為と言えば可愛いと思うんだがな。だが、お前がどうして強くなりたいかは分かった。だからこそ俺はお前に何も教えられない」
「どうしてですか?」
ライチェスは理解してるなら問題ないでしょうと思っていた。
しかし、その男は理解したからこそ教えるのをやめたのだ。
「分かった。それなら、テストをしよう」
「テスト?」
「簡単な質問だ。お前は愛のために命を投げ打つことができるか?」
男自身子供にする質問ではないと思っている。
だからこそ知りたかった。
「愛がどういうものかは分かりませんが、彼女の為に命を投げ打つ覚悟はあります!!」
まあ、こんなものかと男は思った。
「でも、今の僕には彼女の為に投げ打てる命はありません。それは彼女と並び立てる時にできることです。僕よりも強い彼女を守る力が欲しいそれだけです!!」
しかし、この言葉で男は確信した。
というよりも、面白いと思ってしまった。
魔を滅ぼすことしか出来ないその力をどうやって使うか見てみたくなった。
「分かった。だが、俺は厳しいぞ。俺はゼファード・クロムスだ」
「僕はライチェス・フロスです。ご指導よろしくお願いします」
これが魔を狩る者とライチェスの出会いだった。




