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人攫い

翌日、ギルドは大騒ぎだった。

クリスが依頼を受けに来ると既に受付に冒険者や傭兵と違った者が集まっていた。


「この騒ぎは何なの?」


クリスは近くにいた冒険者に尋ねる。


「また、人攫いがあったんだと」


その冒険者の話しでは一月以上前から子供が攫われる事件が起きてたらしいが、祭りの前という事で人が増え、それにちなんで人攫いの件数が増えてるらしい。

あの受付に集まっているのは子供達の親御さんで、ギルドの受付に助けてくれるよう頼んでる。


「それとその犯人が攫うのは決まって幼い男子しか攫わないらしい」

「それは質が悪いわね」


クリスはその親達を掻き分けてカウンター前までやって来る。


「依頼かい?悪いね。今はそれどころでは・・・」

「依頼書を発行してくれないかしら、内容はそうね。人攫いの調査依頼といったところかしら」


クリスのその言葉に子供の親達はクリスに視線を向ける。


「あ、あんたがうちの子を助けてくれるのかい?」

「そうは言ってないわ。人攫いについて調べるだけよ。でも、そうね。もし、捕まっていて可能だったら助けてあげる。でも、期待しないでね。最悪のケースということもあるから」


クリスは絶対に助けるとは言わない。

それで、何かあった時に何か文句を言われたら面倒だからである。

だからこういう回りくどい依頼内容にしたのだ。


「だから、助ける気は無いとかそういう訳じゃないから安心しなさい。助けるにしてもまずは人攫いの情報が必要でしょ。助けることも重要だけど、これ以上被害を増やさないことも大切よ」


クリスは自分とは別に子供達を探して助ける依頼を出すように頼む。

これは有志によって行われる。

クリスは自分一人だけでは不可能だと判断したからである。


「おい、まさか、あいつ・・・」


クリスが受付から離れると冒険者や傭兵達に視線を向けられる。


「『消滅の魔女』クリス・スロットじゃないか?」

「『エディノーツの守護者』か!!」


クリスはエディノーツの治安を守り街を綺麗にしている。

クリスはギルド内でも、有名になっていたのだ。


「マジかよ。だが、奴は学生だったはずこんなところにいるはずが・・・」

「人違いだろ」


クリスだと思う者や人違いと思う者、それぞれだった。

クリスはあえてそれを無視してギルドから出る。


『まさか、ここまで有名になっていたなんて。本当、面倒ったらないわ』


クリスにとって有名になるのは邪魔でしかなかった。

有名になればいいこともあるが当然悪いこともある。

自分のしたいことが疎かになるのだ。

そんなことは前の世界で間に合っていた。

ここでは誰の指図も受けず自由気ままに生きると決めたのだ。

その思いは変わらないが、逆に知名度を下げる方法を考える。


『・・・この手しかないわね。ライチェス、悪く思わないでね』


クリスの考えはライチェスを有名にする事で自分の隠れ蓑にするという考えだった。

ライチェスの知名度を上げれば自然とクリスの知名度は無くなっていく。

そうクリスは考えた。

ライチェスは調子に乗っているが自分の力は弁えてる男であるため、自分の身の丈以上の依頼は受けない事を知ってるからだ。

それにあの男はちょっとした気遣いが出来る男である。

それは出店のお菓子を欲しがっていたのを見ると自分の分と一緒にアシュナの分も頼んでいたのだ。

本人は自分が食べたかっただけでアシュナのはついでで買っただけだと言っていたが、あの男はアシュナの至らぬところを全てサポートしているのだ。

実は守っているのはアシュナじゃなくてライチェスではないのかとすら思ってしまう。

しかし、それが逆に疑問だった。

何故、ライチェスはそこまでアシュナを助けるのか。

アシュナのライチェスに対する好意は分かるが、ライチェスのアシュナに対する好意がアレだとはクリスには思えなかった。


ーーーーー


ライチェスとアシュナは一緒に街を見学していた。


「シュナ、あまり引っ張らないでくれないかい。それとそんなに急ぐと危ないよ」


「ライちゃん、アレは何?」


アシュナは半壊した鉄の塊を指を指す。

その鉄の塊には翼のようなものがついている。


「魔力で空を飛ぶ乗り物を作ろうとしたのさ。でも、どうしても回避できない問題が浮上して研究は凍結これはその時に途中まで作られた物の慣れの果て」

「どうしてできなかったの?」

「問題はアレかな。その刀を使う君なら分かると思うけどね」


ライチェスが指を指す先には沢山の石が空中に浮いている。

空石と呼ばれる鉱石で、それ自体に重力を持っており、その中で最も純度が高い鉱石がアシュナの刀、超重刀『黒曜』に使われる超重鉄である。

その為、その空石に近付くと空石の重力場の干渉を受け空石にぶつかり墜落するという意見が出たのだ。

その問題を解決しない限り、空での移動は夢のまた夢なのである。


「いつか、出来るといいね」

「そうだね」

「その時はライちゃんも一緒だよ」


ライチェスは困ったような優しい憂いを秘めた微笑みを浮かべるが答えない。

その時は既に自分はいないかもしれないからだ。


「ライちゃん?」


アシュナは不安になる。

ライチェスが自分に普段は見せないような表情をしているからだ。


「どうしたんだい?」


アシュナは黙ってライチェスの胸に顔を埋める。


「何処にも行かないで」


消え入りそうな声でアシュナはライチェスに話す。


「・・・君が僕を守ってくれるんだろ。君は僕の知る限り最強の剣士だ。誰が何と言おうと僕の中では最強の剣士なんだ。そんな最強な剣士が守ってくれるんだ。君が守ってくれる限り、僕はどこにもいかない。もしかして、僕を守りきる自信が無くなったのかい?」


ライチェスは自分自身に対して、無責任なことを言う・・・自分で自分が嫌になると感じていた。


「そ、そんなことないよ!!ライちゃんは私が守るからね」

「それは心強いや」


ライチェスは自分のことでアシュナに心配をかけたくなかった。


「さて、移動しようか。だいぶ歩いたからお腹がすいたよ」

「ライちゃんも!?実は私もなんだー」


ライチェスは知っていた。

アシュナがライチェスの胸に顔を埋めた時に、小さな腹が鳴る音が聞こえたのだ。

もちろん、ライチェスは聞かないふりをしていたし、出店で散々食べたのでお腹は空いていない。

アシュナに気を遣ったのだ。


ーーーーー


クリスは街で聞き込みをしていると子供と一緒に親を探している女性の話をしていた。

それが一度や二度ではないらしく迷子を見つけては親を探しているらしい。

クリスは間違いなくこの女が怪しいと思ったが、証拠もなしに犯人にはできなかった。

囮を使って犯人を釣ろうと考えた。

犯人が男の子供を狙うなら、ライチェスを使うのが適任かと思ったが、よく考えれば自分がやればいいじゃないかと思ってしまった。

まさか、いつも男と間違えられるのがここで役に立つとは思わなかった。


「流石にデート中に呼び出すのはアシュナに悪いわね」


クリスはライチェスではなく、アシュナを優先したのだった。

クリスが考えてると後ろから声をかけられる。


「もしかして、僕迷子かしら?」


例の女だろうかとクリスは思った。

その女は赤い髪に丸眼鏡、見た感じおそらく伊達だろう。耳からして魔人だった。

黒いローブを見るからに魔法の研究者だろう。

大体の魔法の研究者は黒いローブを着ていたからそうだろうとクリスは思っていた。


「そうね。人は人生という名の道で迷子になっているのかもしれない。そういう意味では迷子かもしれないね」


クリスは哲学的な返答をする。


「随分と難しい事を知ってるわね。要するに迷子なのね」

「そうとも言う」


そうとしか言えないのである。


「良かったら、お姉さんも一緒に親御さん探すの手伝おうか?」

「怪しい人にはついて行くなと言われてる」

「しっかりした教育を受けてるわね。ご両親からの愛を感じるわ」


クリスは「残念ながらそんなものはない」と思っていた。


「でもね、今はこの辺は人がたくさん増えて悪い人がたくさんいるのその中を一人で探させるなんてお姉さんとても心配なのよ」


それでもこの女は食い下がって来る。


「迷子になったらあそこに行きなさいと言われてるからいらない」


クリスが指を指したのはギルドで距離として十メートルくらいしかない。

流石にクリスはこれで引き下がると思った。


「あそこは子供が入ってはいけないわ。悪い大人がたくさんいるところよ。いいからお姉さんと親御さんを探しましょう」


しかし、これでもしつこく食い下がって来る。

ここまでしつこいといつも通り服を脱いで性別という名の現実を見せつけてやりたかったが、証拠が欲しいのでここは我慢する。


『確かにこれは、益々怪しくなって来たわね』


クリスは徐々に人通りが少なくなって行くのに気付く。


「人がいなくなったけど探す気ある?」

「・・・ここまで来ればいいわよね」


クリスが後ろを振り返ると女は片手に注射器を持っていた。

しかし、その注射器はクリスの手によって打ち払われる。


「!?」


女は何が起きてるのか分からない状況だった。


「悪いけど、私をそこらの子供と一緒にしないことね『氷結監獄(フロストプリズン)』」


女はクリスの氷の監獄に閉じ込められ、クリスに呼ばれた兵に捕まった。

そして、子供達は彼女の研究室を捜査すると地下への隠し扉があり、そこで捕まっていた。

しかし、全員目が虚ろだった。

命に別状はないが洗脳を施されてるようだった。


『これは『魂魄魔法』!?確か、これって限られた者しか使えないはず』


クリスはあの女がなんの研究をしていたかは知らないが、『魂魄魔法』はサトリの秘術だとエリンが言っていた。

ミュラーの話でサトリについてはある程度は知ってるが、何故、その魔法がここで使われていたのか気にかかったのだ。


『・・・まぁ、終わった事だし気にしたところでね』


クリスは捕まえてしまえば、後は終わりだった。

クリスは子供達の洗脳を解いてから親元に返した。


そして、親達からの報酬はクリスの想像した以上に多かったのである。


「ふふーん」

『まさか、こんなに稼げるとは思わなかったわ。やっぱり、いい事はするべきね』


クリスはかなり上機嫌で鼻歌までする始末である。


ーーーーー


その夜、街は静かだった。

兵の詰所の地下には、明日中央に送られる犯罪者が捕らえられている。


「・・・」

女はかなり落ち込み項垂れている。


「・・・私の天使達・・・あ、ああああ」


女は突然泣き出す。

女が泣き止むと目の前の見張りが首から血を吹き出し倒れる。


「お前は・・・」


女の目の前にはハットを被り薄汚れたスーツの上にグレーのトレンチコートを着た無精髭をたくわえた中年の男が立っていた。


「お前とはご挨拶だな。お前が捕まったと聞いたから助けに来たっていうのによ。帰るぞこの野郎」

「『狩人』か・・・私を笑いに来たの?」

「本当なら、笑い飛ばしたいところなんだがな。慈悲深い『冥王様』が助けてやれと、言われたからわざわざ助けに来た訳だ。お前にはまだやって欲しい事があるんだとよ」


『狩人』という男は牢屋の鍵を針金と鉄の細い板状のもので開けようとしているがなかなか開かない。


「あれ、確かこうじゃなかったか?『夜叉』の奴、一体どうやってたんだ」


男はかなり不器用だった。


「貸しなさい!!」


男が道具を渡すと鍵をあっという間に開けてしまう。


「えっ!?こんなあっさり!?」

「あなたが下手糞なだけね。どうして、あの脳筋に出来てあなたに出来ないの?」

「悪かったな。下手くそで!!」


『狩人』は鍵を投げつける。


「これは?」

「隠れ家を用意したから使え、俺からの餞別だ。街から距離はあるがな。後は任せたぜ、『学徒』さんよ」


『狩人』はそう言うとその場を去る。

それに続き、『学徒』と呼ばれた女は牢を抜け隠れ家に向かう。

兵を殺し女が脱獄し逃走したという情報がその直後広まることになる。

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