第87話 日常の些細な変化
今日も始まる、父を怒らせぬ様バレない程度に手を抜きながらの稽古、木剣を打ち込まれる身体はアザだらけ、12歳の身体とは思えない程にシャリエルの身体はボロボロだった。
だが自分が怪我をすれば妹の負担が増える……それだけは何としても避けたかった。
父から地獄の様な特訓を受け始めてから間もない頃、ユエルは私が守ると言った……その約束だけは何があっても破りたくなかった。
シェルドも言っていた、約束だけは何があっても守り通せと……必ず妹は守る、例え死にそうになってもだった。
「立てシャリエル!!」
疲労と痛みで震える足を抑えながらゆっくりと立ち上がる、だが立ち上がった瞬間顔面めがけ木剣が振り下ろされれる、何とか手でガードするもバキッと鈍い音が聞こえた。
音と共に吹き飛ばされるシャリエル、父の木剣を見るが折れて居ない、そしてガードした右腕から感じる尋常では無い痛み……完全に折れて居た。
妹は完全に怯えきって居る、此処で折れた、痛いなどと泣き叫べば次は妹が標的になる……妹の負担は出来るだけ減らす、その為にも倒れて居る場合では無かった。
「立てないのか」
父の威圧的な声が聞こえる、すぐ側でシャリエルの様子を見て居た。
「まだ……出来ます」
折れた腕で木剣を握り締める、痛みで意識が飛びそう……だが堪えれば何とかなった。
「戦場でも生き抜ける為だ、行くぞ!!」
父の怒声と共に木剣が振り下ろされる、両手を使いやっと片手から放たれる一撃を踏ん張りガードする、30後半の父と12歳のシャリエルでは当然の如くパワーが違い過ぎた。
それに加えて父は元傭兵……シャリエルでは剣を受け止める事すら奇跡だった。
両手で剣を受け止めたシャリエルの隙だらけな腹部に蹴りを入れる、衝撃で嗚咽するともう次の攻撃には反応出来なかった。
殴られ、蹴られ、殴打され……気が付けば意識を失い、目を覚ますと夜空を仰いで居た。
「お姉様……動けますか?」
「ユエル……何で泣いてるの?」
ボロボロと大粒の涙を流し肩を貸すユエルにシャリエルは首を傾げる、変色し動かなくなった右腕を見てユエルは泣いて居た。
それに気がつくと急に痛みが襲う、だがユエルを心配させない為にも微笑んだ。
「こんなの大丈夫よ、寝たら治るわ……それよりシェルドの所に行こ?」
「そう……ですね」
シャリエルが気を遣った事に気が付いたのかシェルドに合うのが楽しみでなのかは分からないがユエルは微笑む、彼女は笑って居る顔が一番似合う……その笑顔を奪いたくは無かった。
いつも通りに夜ご飯を作り父に渡そうと部屋へ入る、だがそこにはいつもの父では無く、涙を流し書斎に向かう父が居た。
「父……様?」
見たことの無い父の表情に戸惑う、何か怒らせる様な事をしてしまったのか……弱すぎて呆れて居るのか、様々な考えが脳裏を過ぎった。
だが父から発せられた言葉は一言だけだった。
「すまない……」
震えた声でそう呟く、何に対しての謝罪なのか……混乱するシャリエルは部屋を後にするしか選択肢は無かった。
地獄の様な訓練に対しての謝罪なのか、不自由な生活を強いられて居る現状への謝罪なのか……怒りや呆れ、様々な感情が湧き上がってくる、だが今はグッと抑えシェルドの元へと向かった。
小屋へ入るといつも通りユエルが先に話しを聞いている、だがシャリエルの傷を見た途端シェルドの表情が変わった。
「例の特訓てやつか?」
見たことも無い表情で詰め寄るシェルド、あまりの威圧感に声すら出す事が出来なかった。
「前々から思っていた、12歳の少女に多少の怪我なら訓練で起こる怪我の範囲を遥かに超えて居ると……だがもうこれで確信した、訓練じゃ無い……虐待だ」
そう言い壁に立て掛けてあった剣を持ち立ち上がるシェルド、その姿にシャリエルは二つの理由で困惑して居た。
まず一つは何故家族でも無いシェルドがこれ程に怒っているのか、屋敷外に出た事があまり無いシャリエルにとっては理解し難かった。
そしてもう一つ、シェルドが戦えるとは思っても居なかったからだった。
正直後者の驚きの方が大きかった。
シェルドは冒険談をする時必ず『友人』や『知り合い』と語頭に付けていた、その所為でシェルドが戦えると言うイメージはシャリエルの中で全く無かったのだ。
「なるべく小屋から出るな」
そう告げ足早に小屋を後にしようとするとシェルド、だが12歳のシャリエルでも分かる……止めなければ行けなかった。
シャリエルは咄嗟に手を伸ばすとシェルドのズボンを掴む、何故行っては行けないのか……12歳の語彙力では上手く伝えられない、だが何とかジェスチャーで伝えようと試みた。
姉の姿を見てユエルも危機感に気付き真似をする、それを見たシェルドは我に帰ったのか優しく微笑んだ。
「そうだな……剣なんて要らないな、ただ話しに行くだけ……安心して今日はこの小屋で寝ていい」
いつもの優しい笑顔で告げるシェルドの声、妙に安心感があった。
「うん、気を付けてね」
突然襲い来る眠気と戦いながらシェルドを見送る、今日の疲れが安心してどっと出て来た様だった。
「あぁ……大丈夫だ」
その言葉を残し小屋を後にするシェルド、彼が居なくなり静かになった小屋には先に力尽きたユエルと何とかベットに辿り着き横たわるシャリエル、二人の少女のイビキが響き渡って居た。