表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/266

第81話 些細な事

何も無い森、静寂に包まれそよ風に木々が揺れる、空に浮かぶ月明かりが森を、自分を幻想的に映し出して居た。



22時を回っても帰らないオーフェンを待ちながらレクラはふらふらと水浴びした湖へと歩いて行く、月が水面に映し出される……真っ暗な空にポツンと一人、寂しそうだった。



まるで自分の様……自分はオーフェンなのか、誰なのか……時間が経つにつれて不安は大きくなる、故郷へ帰った時にカラスは言っていた、まるで騎士に殺された妹と瓜二つだと。



背中に負った大きな傷……それはこの身体にもある、自分はオーフェン・アナザーでは無い……此処まで条件が揃うと薄々気付いては居た。



ガサガサと茂みが揺れる音が聞こえ咄嗟にレクラは後ろを振り向く、其処にはオーフェンが立って居た。



「こんな所に居たのか!飯買ってきたぞ!!」



右手に握られた食材の入って居るかご……何も知らない、何も理解して居ない彼を見ると怒りがどうしても抑えられなかった。



「要らない」



背を向け答える、最大限に怒りを殺す努力をした……唇からは血が滲み出ていた。



「貧相な身体なんだからもっと食ってでかくなれよ!だから食え!」



彼は何も悪くない……何気無い一言なのは分かっている、だがもう我慢が出来なかった。



「全部てめーの所為だろ!この身体、この声……この力!!何もかもがその身体の時よりも劣っている……俺は何者なんだ!?教えてくれよ英雄!!」



溢れる涙が止まらない、自分はオーフェンとして生きて来た……だが目の前には本物が居る、自分は何故オーフェンの記憶を持って居るのか、何故この少女の身体なのか……何者でもない自分が怖くて仕方がなかった。



泣きながら叫ぶレクラの姿にオーフェンはかごを置いた。



「お前はお前じゃいけないのか?」



「分かってない……俺はオーフェン・アナザーの記憶を持って生きて来た、死んでこの身体に生まれ変わったという記憶でな!!なのに目の前には数十年前に死んだ筈の身体でお前が生きている……それじゃあ俺は一体誰になるんだ!?何者でもない俺はどうすれば良いんだよ!!」



「レクラが俺の記憶を……?どういう事だ」



「分からない……目を覚ませばアンタの記憶があった、だから俺はオーフェンなのだと、この身体に転生したのだと理解した……だがアンタは何故か生きて居る、もう訳が分からん」



髪を掻き毟るレクラ、自分が何者なのか、もう分からなかった。



だからこそ、自分の存在を証明する為に……彼には死んでもらうしか無かった。



ゆっくりと剣を抜き構える、力では完全に負ける……それなら技術で上回れば良いだけだった。



アルカド王国で様々な技を目にして盗んで来た……負ける訳が無かった。



「頼む……俺が、誰か教えてくれ」



レクラから溢れる涙が月の光に照らされ光る、その言葉にオーフェンはゆっくりと剣を抜いた。



「殺意を向ければ最後……例えお前でも容赦はしない」



完全に雰囲気が変わった、踏み出そうとした足をレクラは止めて出方を伺う、辺りは静寂に包まれ風が葉を揺らす音が鮮明に聞こえてきた。



10秒ほどの睨み合いが数時間に感じる……緊張で汗が額から零れ落ちた。



レクラは剣を強く握り締めると少し構える位置を変える、そして時は来た。



一羽の鳥が木から羽ばたく音を合図にする様にオーフェンはレクラ目掛け駆け出す、まるでクマが突進して来るかの様な威圧感だった。



刀身を横に傾け斬りつけて来るオーフェンの攻撃を下からすくい上げる様に軌道を変えると腹部に蹴りを入れる、だが彼の体は微動だにする事もなく、逆にレクラの体を蹴り返した。



子供の様な体格のレクラの体は簡単に宙へと舞い上がる、逃げ場の無い空中に居るレクラへオーフェンは剣を縦に振り下ろす、迫る剣に対して判断する時間があまりにも短かった。



ノーガードは論外……とは言え彼の筋力では片腕でガード出来るか怪しい……だが時間は無かった。



構えていない左腕を咄嗟に剣と顔の間に出しガードする、だが剣は骨すらも軽々と斬り裂いた。



「やっぱり力の差があるか……」



地面に足を付け剣を地面に刺す、数秒後には左腕が宙から地面へと落ちて来た。



レクラの額から下に掛けて斜めの痛々しい切り傷が出来、血が止めどなく溢れる……だがあの状況では最低限に抑えられた筈だった。



依然としてオーフェンは無言のまま、此方の出方を伺っている様子だった。



服を腹部辺りまでちぎり左腕を止血すると余った布で顔の血を拭く、勝ち筋が見えてこなかった。



負ける訳がない……そう思っていたが流石アダマスト級の英雄、強かった。



「屈辱的だな……」



自分に圧倒される……この身体で無ければ、そんな思いが何回も脳裏を過ぎった。



だがそれは言い訳に過ぎなかった。



片腕で剣を構えるとゆっくりとオーフェンに近づく、レクラの雰囲気が少し変わった事にオーフェンは少し警戒をしていた。



フラフラと近づくレクラ、一見隙だらけに見えるがオーフェンは躊躇していた。



隙が大き過ぎるからこそ、何か裏があるのでは無いのかと深読みをしているのだった。



強い相手ならば必ず戦闘において裏を読む、つまり深読みをする……賭けに近い状況だった。



レクラはオーフェンの数メートル前に辿り着く、そして漸くオーフェンは剣を振りかざした。



だが迷いに満ちた剣は遅く……スローに見えた。



軽々とレクラは剣を去なすとオーフェンを斬りつける、だが……涙が止まらなかった。



「こんな事……なんの意味も無いじゃないか……」



「気は……済んだか?」



レクラの手から剣を奪うと地面に刺す、オーフェンの傷は驚く程に浅かった。



分かっていた、こんな事をしても自分がオーフェンと認められる訳では無いと……勝っても負けても変わらない……自分は何者でもない事は。



「俺を……殺してくれ」



オーフェンの持っていた剣を喉元に当てる、だがレクラの力ではオーフェンの持つ剣は動かなかった。



「別に何者でも良いじゃないか、お前自身を知ってくれている人が居るはずだろ?」



「俺自身を知ってくれている……人?」



オーフェンの言葉に首を傾げる、オーフェンとしてでは無い自分……王国に来てからの自分の事だった。



守護者や補佐の皆んな……そしてアルセリス様、確かに皆んなオーフェンとしてでは無く、この姿の自分として接してくれていた。



自分にとって王国が全て……自分が何者かなど些細な事の様な気がした。



「しかし腕を切り落として悪かったな、本気の奴には本気で……それが俺の信念だからな」



そう言い腕を拾い上げらるオーフェン、だが腕の一本や二本、特に気にはしなかった。



「知ってるさ、記憶があるんだからな」



そう言い剣を鞘に収めるとオーフェンの肩を借りてレクラは小屋の方へと帰って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ