第77話 キョウシロウ
雫が地面に落ちる音が響き渡る、それ程までに静かな洞窟の中をアルセリスは何の武器も構えず歩いて行く、時折飛んでくるコウモリの群れを眺めながらアルセリスは大きく欠伸をした。
キョウシロウ……名は和風、プレイヤーにも思える、だが万が一にもプレイヤーだとするのならば……悲しい事だった。
マールは右腕を斬り落とされた、理由はどうであれ仲間を傷つけると言うのは敵対行為、それを王国の王が許すなんて事はあり得なかった。
ふと、地面に目線を向けるとマールが逃亡の際に流したと思われる血が地面に付着して居た。
幸いにもリリィとウルスの技術を持ってすれば腕の一本など造作も無かったが……精神的恐怖の方はどうしようも無かった。
マリスが立ち直ったと思えば次はマール……勘弁して欲しかった。
薄暗く少し肌寒い洞窟の中を鎧が擦れる金属音を立てながら奥へ進んで行くと何か……金属を研ぐ様な音が聞こえて来た。
「今宵は……来客が多いな」
「うちの部下が世話になった様でな……キョウシロウとやら」
長い髪に和服……まるで江戸時代の武士が転移させられた様な風貌だった。
「マールとやらの言っていたアルセリス殿か……これは、予想を遥かに上回る魔力だな」
依然として刀を研ぎ続けるキョウシロウ、目を瞑ったまま開かず此方には見向きもしなかった。
アルセリスは剣を出現させ鞘から抜こうと手を掛ける、そして少しだけ柄を動かすと次の瞬間、キョウシロウの手がアルセリスの剣を抜こうとする手を抑えて居た。
「抜けば戦争……私に貴方を殺させないでくれ」
まるで瞬間移動の様な速度、アルセリスのアバターで無ければまず見逃して居た……だが視認できる、プレイヤーだとしても問題は無い強さだった。
だが……いくつか疑問はあった。
「何故こんな所に居るんだ?」
「性格の所為でね……」
そう言い刀を鞘に収める、今の所彼に抱く印象としては争いをあまり好まない武士と言った感じだった。
「あんたは六魔なのか?」
アルセリスの言葉に頷くキョウシロウ、やはり六魔は守護者補佐より強く守護者よりかは弱い程度の様だった。
守護者と守護者補佐の壁、同じSSRにも関わらず高く厚いものだった。
実力的にはウルスがずば抜けて強く、その次にアルラが少し抜け出て居る……そほしてフェンディル、オーフェン、マリス、アウデラス、そしてリリィと言った順番の筈……一番弱いリリィで女神に少し苦戦する程度、戦力的には問題無いが新加入のリカの強さがイマイチ分からなかった。
位置付けは守護者と守護者補佐の間と言った所、一応守護者にしてあるが……正直新参者にその待遇は不満を呼ぶ、実績が欲しい所だった。
「リカ、任せるぞ」
そう言いアルセリスは黒いゲートを出現させると近くの岩に腰掛けた。
「貴方……フィルディア大陸のナムラ村出身じゃ無いですか?」
「この風貌を見れば察しがつく辺り、あんたもフィルディアの出身か、どこの国だ?」
「レクリスア」
リカの言葉にキョウシロウは初めて目を開いた。
「これは……驚いた!全てを凍りつかされた死の村出身者か!まさか生き残りが居たとはな!!」
先程までの物静かな性格とは打って変わり、突然激しく喋り出すキョウシロウ、性格の所為……彼が言った言葉の意味がようやく分かった様な気がした。
「村の生き残り……貴方はあの村の何を知ってるの?」
「沈黙は金、雄弁は銀……少し喋り過ぎた様だ」
指を口に近づけるとキョウシロウは刀をゆっくりと抜き去る、そしてゆらゆらと身体を左右に揺らしながら構えた。
魔法を使った様子は無い、リカは剣を抜き地面に刺すと辺り一面が凍り付き、氷のステージが出来上がった。
「……!?」
リカの魔法に何かを感じ取ったかの様に反応するキョウシロウ、だが先ほどの言葉通り沈黙を貫くと一歩足を踏み出した。
「この地面では踏み込んで刀を扱えない筈、貴方……不利よ」
リカの言葉にキョウシロウは不敵な笑みを見せた。
アルセリスの目線から見ても魔法無しで氷のフィールドは厳しい……だがそれはリカも同じの筈だった。
「行くよ」
剣をかざし氷の波状攻撃で視界を防ぐと外側から回り込もうとする、そのスピードは氷上とは思えない程に速く、そしてスムーズだった。
「何も……分かってないな、烈火の太刀」
キョウシロウの言葉が聞こえた瞬間、爆発音と共に氷は砕け散る、そして氷塊となった氷がリカ目掛け飛んできて居た。
「いつ炎魔法を!?」
咄嗟に氷の壁で防ぐがキョウシロウは既にその場から消えて居た。
「白雷の太刀」
真後ろから聞こえる声……それと同時に鳴り響く雷鳴、だが見える雷光は白だった。
咄嗟に氷で身を覆うが雷を纏った太刀はそれすらも切り裂き、リカの腕を斬り裂こうとする、だが骨で止まるとアルセリスの居る方へと下がった。
その直後、白い雷がリカのいた場所を焼き尽くした。
「強い……」
息を切らするリカ、確かにキョウシロウは強い様だった。
下手すれば守護者レベルはある……魔法では無く武器に力があるパターン、しかもそれを上手く使い分けて居る、厄介な敵だった。
炎がある以上リカとの相性は最悪、ランスロットの様な死者を出さない為にも一旦引いた方が良さそうだった。
何事にも相性はある……リカの実力は大したもの、だが火には敵わない、ただそれだけだった。
「リカ、お前は一旦引け」
「で、ですが……」
アルセリスの言葉にリカは戸惑いを見せた。
活躍が出来なかった、落胆させてしまった……その思いがリカを押しつぶそうとして居た。
「下がれ……」
「申し訳……ありません」
そう言いゲートを通過して帰ろうとするリカ、だがふとある考えが頭を過ぎった。
『王国従者に告ぐ、映像水晶を持ち待機せよ、持っていない物は食堂へ行け』
通信魔法を使いそう告げるとアルセリスは懐から水晶を取り出しリカへ手渡す、自身の強さを見せる良い機会だった。
予めボロボロのリカを映すと映像を切り替える、そして剣を抜いた。
「リカやマールの仇だ」
「受けてたつ」